あの日本当にタイムカプセルを埋めたのか?【6】
2021年―オレ、40歳。タクシー内。
ヒデキの手紙はまだ続く……
もう一人のオレ=小説家・桜真実が書いた【タイムカプセル】という小説。【さくら先生】とオレのことをモデルにしている……と恵くんにも指摘されていた。
小説はmixiで今も読めるので、オレも再読してみた。
作品には【ヨシノ先生】という女性が登場する。先生が「結婚して好きな人のお嫁さんになりたい」と主人公男児の前でぽろっと本音をこぼしているシーンがあった。
あまりにも古い作品なので自分の書いたものではないような感覚があったが……自分で読んでみてわかった。確かに”モデル”がいる時の書き方をしていた。
【さくら先生】がオレに対してそんな話を実際にしたことがあったのか…それともラブホテルから出てきた【さくら先生】をどうにか理由づけるために「ちゃんと将来を約束している恋人と出てきた」と、無意識に彼女を正当化したかったのか…?
頭の中でまとまらない考えをこねくり回しながら、ヒデキの手紙を読み進める。
オレは驚いた。
【さくら先生】だけなく【サワダ先生】も失踪?
最後に書かれた言葉をみてオレは一瞬気を失いそうになった。
そして、その文章を読んだ瞬間
オレがずっと思い出せなかった【さくら先生】の笑顔が、脳裏に浮かんだ!
「うううううっ!」
オレは前かがみになった。
激しい頭痛で、吐きそうだ。
でも吐き出すものはない。
肚から憎悪と悲しみが上がってくる、そんな感覚だ。
「お客様!?大丈夫ですか!?ちょっと車、寄せて止めますね!」
タクシーの運転手が、オレの様子にびっくりして気を遣ってくれる。
「病院行きましょうか?大丈夫ですか?」
「すみません……大丈夫です……びっくりさせちゃってすみません。落ち着かせますから……大丈夫……」
寒気がして、変な汗が出ている。
オレがずっと思い出せなかった【さくら先生】の姿。いまオレの瞼の裏に、はっきり映っていた。
その姿……なんて美しいんだろう……夕日の図書館で楽しく語り合ったあの日々……ときめく胸の高鳴り……思い出が堰を切ったようによみがえる。
あれだけ懸命に思い出そうとしても思い出せなかった場面が、フラッシュバックする。
そして……隆夫と、紫陽花公園で遭遇した夏の日の出来事も。
すべて思い出した。
あの日、あの時、【さくら先生】はたしかにあのラブホテルから出てきた。
そして、【さくら先生】の隣にいた男……
【サワダ先生】だった。
【さくら先生】がそんなことをする女性だと認めたくない。
相手は自分の担任……ましてや既婚者……白昼堂々……
自分が心底あこがれていた女性が、
そんなふしだらな女性だったと認めたくない!
あの日の真人少年は、そう思って、記憶を消し去った。
……真相は、そういうことなのだろう。
オレは顔を手で覆う。嗚咽が止まらなかった。タクシーの運転手に多大な心配をかけてしまったが、そのまま事務所まで送り届けてもらった。
◇ ◇ ◇
2021年―オレ、40歳。事務所にて。
事務所に戻ったはいいが、こんな心境で仕事など、できない。
いや、過去のことではないか。子供のころのなんて事のない出来事だ。そう自分に言い聞かせてはみたが、心はさざめき、落ち着かない。
真っ暗な事務所の中、長い時間、ひとり机に突っ伏して、頭痛と戦いながらまとまらない考えを整理しようとしていた。
どれくらい時間がたったのかもわからない。ふと、頭痛が止んだ。
(そうだ、隆夫……)
頭の中に、隆夫のことが浮かんだ。
オレがこの記憶を持っているということは、隆夫もあの場面をしっかり目撃したということになる。しかし、札幌であいつはその事実を言わなかった。その男が誰か、一目瞭然だったはずなのに。オレに気を遣って……知っていたのに言わなかったということなのか?
隆夫と話がしたい。
時計を見た。
深夜3時を回っていた。
もう眠っているだろうと思いつつ、オレは電話をかけた。
2コールで電話がつながる。
「真人?!こんな夜中にどうした?!」
オレは普段、隆夫にめったなことでは電話をしない。だからびっくりしたのだろう。隆夫の声が上ずっていた。
「オレ、思い出してしまった」
「ん…?何を?」
「……さくら先生のこと」
「えっ?」
「ヒデキから手紙をもらって……それで…オレ」
「待て。落ち着いて話してくれ」
激しい胸の痛み。
息が荒くなる。
オレはとにかく隆夫に話を聴いてもらいたかった。
(つづく)