あの日本当にタイムカプセルを埋めたのか?【2】
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【mixi】に送られてきたメッセージの続きはこうだ。
『ぼくは、真人くんと同じクラスだった【金橋 恵(かなはし めぐむ)】です。ユーザー名は【めくる】となっていますが、それは小学生の時のあだ名です。いちどだけ真人くんの小説(タイトルは…魔法のゆびわ…だったかな)を読ませてもらったこともあります。ぼくは、同じクラスだったみんなを探して、小学校に関するお知らせを送っています。真人くんの連絡先がうまく調べられなかったところ、こちらのサイトで目に留まった次第です。よかったらお返事ください。あと、もし人違いだったらゴメンナサイ!』
【金橋 恵】という字面だけ見たら、誰だったか全く思い出せなかったに違いなかった。クラスメイトの名前なんて全然記憶にないし。ただ、【めくる】というあだ名…これはよく女子のスカートをめくってからかっていたことから【めぐむ】くんが転じて【めくる】になったという強烈なあだ名で印象的だった。後にも先にもこんなあだ名のやつはいない。
【めくる】のプロフィールにアクセスしてみる。顔出しの写真はあるが小さくて面影はわからない。札幌在住で同年代。卒業校が書いてある…小学校と中学校がオレと一緒。間違いなく同じ学区だ。
あと、恵くんが読んだというオレの小説…【魔法のゆびわ】だが…よくそんなもん覚えてたな!確かに書きました。
当時のオレは、趣味の小説をクラスの誰にも読ませたことがなかった。特定の先生にだけ、【国語の自習と称してノートを見てもらい、添削し点数をつけてもらう】という体で読ませていたりしたけど…クラスのやつらに読んでもらったところで馬鹿にされるだけじゃないかと思ったからだ。
しかし、恵くんだけはなぜかオレが小説を書いていることをどこからかかぎつけて、ある日の放課後「小説読ませてほしい」と頭を下げてきたのだ。俺は動揺した。小説を書いていることは、クラスの誰にもばれていなかったはずなのにと…だが、恵くんはいつものおちゃらけた雰囲気とは違い、真剣にオレの作品を読みたいという顔をするもんだから、その時一番自信のあった作品を読ませた。それが短編小説【魔法のゆびわ】だったというわけだ。
あの日、恵くんは【魔法のゆびわ】を一気に読んだ。そして、読み終わって「うっ」とひと言いうと、声を上げずに涙を流していた。
いつもスカートめくりでいやらしい顔して走り回っていた恵くんからは想像もできない反応だった。小学生のオレはただただびっくりしておろおろし恵くんの背中をさすった。
「ど、どうしたの?恵くん…大丈夫?」
すると恵くんは、絞り出すように言った。
「や…やさしい…すごく優しいお話し…真人くんらしいや!」
クラスメイトの清らかな感動の涙と率直な感想を受けて、オレはうれしくなった。胸がいっぱいになった。
それ以来、恵くんに小説を読ませることはなかったが、恵くんはオレが小説を書いていることをクラスメイトには秘密にしてくれたんだった…そうだ、あれからだ、いろんな人にオレの作品を読んでもらいたいと思ったのは…
少ないヒントにもかかわらず、勇気を出して送ってくれた恵くんからの1通のメッセージで、深く深く心の底にしまい忘れていた記憶の小箱を開けられた感覚だった。オレは恵くんにすぐ返信した。
『めくるさん、いや恵くん。メッセージありがとう。よくわかったね。まぎれもなくオレは佐倉真人です。小説のこと覚えていてくれるなんてびっくりしたよ…』
メッセージのやり取りを数回続けて、オレに連絡を取ろうと思った経緯を聞いた。恵くんがお知らせしたい内容とは、とあるプロジェクトだった。なにやら、卒業した小学校で、学校や近隣の歴史をまとめた冊子を作ろうという動きがあり、在校生・卒業生から小学校にまつわる思い出話や作品を募集しているという。恵くんはとっさにオレのことを思い出して探したらしい。
『真人くん、文才があるから、ぜひ寄稿してほしいな。忙しいと思うけどご検討よろしくお願いします。もし、真人くんが連絡とれるクラスメイトがいたら、この話を伝えてください!また連絡します!』
後日、オレが連絡の取れる数少ない友人たちにそれぞれ電話・メール・手紙で連絡をした。【mixi】で恵くんと再会したことを伝えると、みんなすぐさま【mixi】にユーザー登録した。インターネットの中でプチ同窓会のようになり、とりあえず【コミュニティ】を作って、その中であれこれやり取りをすることにした。
同窓会コミュニティのなかで、まずは【めくる】がスレッドを立てた。
自己紹介しましょうスレッド
みんなは、コミュニティのスレッドに自己紹介を交えつつ、近況やら当時の思い出話やらひたすら投稿しまくった。しかし、オレが不思議に思ったのはみんながあまり【タイムカプセル】のことを覚えていないってことだった。スレッドはまた続く。
みんながあまり【タイムカプセル】のことを覚えていないので、だんだん自分の記憶にも自信がなくなってくる。いや、でも確かにオレは【タイムカプセル】に土をかけた覚えもあるし、メッセージも書いたという記憶があるが…いや、まてよ?オレはどんなメッセージを書いたんだ?未来の自分へメッセージを書いた気がしたが…全く思い出せない。
その後、みんなからいろいろな情報が寄せられて、恵くんは記念誌の準備をしながら、【タイムカプセル】の行方を捜してくれた。もし発見できた時には、中に入っているメッセージを記念誌に掲載したいという思いがあったらしい。
あと、オレの記憶にあったエゾヤマザクラ、恵くんが見に行ってみたらしい。中庭にいまも立っていたと教えてくれた。毎年綺麗な花を咲かせているそうだ。エゾヤマザクラの周りに目印がないかだいぶ探してみたらしいのだが、それらしい痕跡はなく、当てがないまま勝手に掘り返すこともできず、【タイムカプセル】の発見は記念誌発行に間に合わなかった。
ただ、記念誌に協力してくれた卒業生や先生方にも話を聞いたところ、【タイムカプセル】に全校生徒のメッセージを入れる、というイベントはあったはず…という声はいくつか上がっていたという。だが、どこにどうやってタイムカプセルを埋めたかを確実に覚えているひとはおらず、決定的な証言は得られなかった。先生方の記憶だと、オレたちの担任であったサワダ先生をはじめ、5名ほどの先生が【タイムカプセル】担当だったらしく、その先生方と連絡が取れればすべてがはっきりするのかもしれない。恵くんは数年前からサワダ先生とのコンタクトを試みているが、連絡先が分からずお手上げ状態とのこと。
しかし…1993年、みんなが体験したはずのイベントなのに、記憶があやふやになっているなんて不思議だ。
オレの中に、ひとつの疑惑が浮かんだ。
あの日、オレたちは本当に【タイムカプセル】を埋めたのか?
(つづく)