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最高の幸せとは…

私が働いている
介護施設に
Tさんという女性がいます。
年齢は60歳ぐらいだったと思います。

以前
記事の中でも
少しだけ
紹介したことがあるのですが
私はTさんとお話しするのが
大好きなのです。

最近
T さんの夜の食事介助を
させていただく機会が多いのですが
食事中も
ついついおしゃべりに
夢中になってしまいます。

Tさんは
現在と過去
事実と妄想が
入り混じっています。

私は
Tさんのこれまでの人生を
知らないので
今話していることが
事実なのか
妄想なのか
区別が尽きません。

先日は
旦那さんの話になり

「一年も会っていないから
 顔を忘れてしまったわ」

「ここに来てもね、
 あの人、私に会わずに帰るのよ」

旦那さんの話で
盛り上がっていたその時

「あの人ね…」
と少し真面目な顔で
Tさんが言いました。
 
「旦那がいるみたいなのよ」

「えっ?!」
驚いて
もう一度聞き返すと

「あの人ね  
 旦那がいるみたいなのよ」

旦那さんに旦那さんがいる…
いや違う…
あの人って
誰なんだろう…

まあいっか。

何より
Tさんが楽しそうなのだから。

「あの人ってね、こうなの」

茶目っ気たっぷりに
旦那さんの顔真似をする
Tさんを見て
私は笑いが止まらなくなりました。

Tさんが
時々会う私のことを
認識できているかは
正直分かりません。

でも
こうして
Tさんが楽しそうにしていることが
私は嬉しくてたまらないのです。

「今は
 ご家族やお友達に
 なかなか会えませんけれど
 誰といる時が一番幸せですか?」

私が質問すると

「そうね…」

と少し考えてから
にこっと笑って
こう答えました。

「あなたよ」

「えっ?!
 私ですか」

「そうよ。あなたよ」

「Tさん…
 嬉しくて
 泣いちゃいそうですよ」

喜ぶ私を見て
Tさんは
まるで観音様のように
静かに微笑みました。

私が誰なのか
分からなくても
今この瞬間
Tさんが
幸せを感じてくれているのなら、
それで十分…
そう思いました。

目の前の人が
自分といることで
幸せを感じてくれる。
なんて幸せなことだろう…。


さて、この日
帰りの車の中では
槇原敬之さんの『赤いマフラー』が
流れていました。

ずっとそばにいると思うと
どうして人はいつでも
その人への思いを全部
後回しにしてしまうのだろう

リボンなど掛けなくても
特別な時じゃなくても
君に言えばよかった
「ありがとう」と

例え自分が寒くても
寒そうな誰かに気付いたら
自分のマフラーを外し
やさしく巻いてあげるような君だった

曲を聴きながら
私は
この日見た
ある一枚の写真のことを
思い出していました。

それは
Rさんという
70代の女性のお部屋で見た写真。

昨年の秋の終わりに撮られた
その写真には
Rさんと旦那さんが
二人並んで写っていて、
写真には
結婚記念日
これからも仲良しね

と書かれていました。

背景から想像して
Rさんの自宅で
撮られた写真のようでした。

この写真を撮って間もなく
Rさんはこちらに入居されました。

ここにいるRさんしか
知らなかった私は
二人の写真を見て
はっとしました。

それは
ほんの2,3ヶ月前まで
Rさんにとって
当たり前だったであろう
日常の風景…。

今この部屋で一人
ベットに横になりながら
Rさんは
何を思って過ごしているのだろう…

後から後から
涙があふれてきました。

と、その時
心の奥の方から
ぶわっと
ある感情が沸き起こってきました。

大切な人たちの幸せを願いながら
生きていきたい

施設の方や
日々かかわっている子どもたちも
もちろんだけれど
誰よりも
一番身近な家族の幸せを願いながら…。

早く主人と息子に会いたい…

心からそう思いました。


「ただいま~」

玄関を開け
二階で勉強している息子に向かって
叫びました。

「お帰り~」
部屋の方から
息子の声が聞こえました。

間もなく
帰宅した主人に

「お帰り」

笑顔でそう言いました。

その時思いました。

誰かの幸せを願って生きる…

それ以上の幸せが
この世にあるだろうかと。

私は
心から満たされていました。




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