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【双子生活】双子に同じ格好をさせることに関心のない僕が、それでも同じ格好をさせる意味について考えてみた。
街で双子を見るとき、比較的同じ格好をしていると思いませんか?他の家庭はわかりませんけど、僕が双子と外出するときは特に同じ服装に「したい」とは思ってません。同じ服装でも「いい」とは思っています。
昨夜、双子(4)が着替えのために洋服を持ってきました。二人で相談した感じもまったくないのに、着替えさせてみるとまったく同じコーデ!
「なんで同じ洋服選んでるの?」と聞いてみると、
三男:四男が俺のマネをした
四男:三男が俺のマネをした
どうもどちらかが好きに選んだ姿を見て、もう一方が自分のマネをしたんであって、一緒に同じものを選んだわけではない、ということです。どうでもいいんですけど、写真を見せたら手に持っている道具が違うので全部一緒ではないと注意を受けました。
自宅には双子でお揃いの服もありますし、全然バラバラのものもたくさんあります。長男(8)次男(6)からのお下がりもあれば、親族からいただいたり、そういうのもあります。
保育園に毎日登園しますが、あえて同じ服装にすることはありませんし、結果として同じ服装になることもないように思います。後者は感覚値です。
しかし、それではなぜ外出するときには同じ服装にしてしまう(なってします)のでしょうか。僕なりに理由を模索してみました。
・リスクを回避するため(視認性を高める)
双子に限らずですが、子どもが複数いると視認性を高めることでさまざまなリスクを回避したくなります。迷子であったり、ひとりがトイレで、もうひとりが外で待っているときなども同じです。
混雑する駅や遊戯施設では、二人を同時に見続けることは難しく、他にもきょうだいがいれば全員を視野に収めたい。しかし、人間の目は複数の動きを同時同等に確認し続けることは困難です。
その場合、視野を広く取って俯瞰するか、視点を特定のところに集中させず、全体をぼんやり見る形に切り替えます。そうすると同じ服装であることで、目の端々で双子を捉えやすくなります。
視認性を高めることで、リスクを回避していく。そのために同じ服装に意味が出てくるわけです。
・本人たちが喜ぶ
年齢や(特に)気分に左右されますが、双子自身が「同じ服を着て外出したい」ということがあります。なんでなのかはよくわかりません。それでも彼らなりに、何か一緒であった方がいいんだ、という感情がどこかにあるのかもしれません。
ただ、同じ洋服が目の前に二枚あるのに、片方を取り合って喧嘩している意味はよくわからず、取り残されたもう一枚の洋服が不憫です。何一枚取り残されない世界を希求します。
・何気に親としても喜び
双子に同じ洋服を着させることに関心はないものの、やっぱり、同じ顔、同じ背丈、同じ雰囲気で、同じ洋服を着ている姿は面白く、喜びでもあります。
あの小さかった姿の二人、正直、疲弊することもあった日々ですが、写真を並べて、「あぁ、双子も大きくなってきたんだ」とひとりgoogle photoを眺めることがあります。
誰かに「双子だね」とか「かわいいね」と言ってほしいわけではありません。純粋に、僕と妻が一生懸命育ててきた双子(長男も次男も)が少しずつその身体が大きくなり、洋服も大きくなり、草履も大きくなり、そんな成長の軌跡を追うのに、同じ洋服というのはひとつの喜びなのだと思います。
なぜ、双子に同じ洋服を着させるのか、という理由はざっとこんな感じです。もちろん、僕だけの価値観なので、その関心どころはひとそれぞれだと思いますが、基本的には内発的動機や内的喜び(とリスクヘッジ)であり、外部に向けた発信の総量や意図はあまりないように思います。
ただ、一点、一回で購入する洋服はどうしても二人分になってしまうため、コストの観点からはダブルはなかなかつらいなと思うことは、これから先も喜びの裏側に存在し続けるのでしょう。さて、どうしたものか・・・
現場からは以上です。