静かな憤りとともに、確かにある希望を
誰かに届け、そう思いながらも
結局は自分のために言葉を綴っている。
ドタバタ過ぎてゆく時間の中で、目を閉じて考えてみる。
ずっと言葉がつっかえて、出てこなかったけど
ほんとうは幸せで幸せで仕方がなくて
だから無理やり、悲しい言葉を引っ張り出してきて
なんて、そんなことは出来なかった。
全部ここにあったけれど
もともと、あったのだけど
信じてみたから出会えたのだ
こころをひらいたからまた会えた
それがどんなに尊いか
それを噛み締めながら、
そしてまたそれを広げるために
精一杯、生きてみようかな。
渦中
いつも通り、喫茶店でアイスコーヒーを頼んでは、ラブレターのようなものを書き始める。この空間を選んだのは確かに自分なのに、いつの間にか想定外のことが起きているのだから 人生は面白いなと思う。
わたしは来年、2024年の2月で22歳になるし、同い年の子達はほとんど、春から就職するのだろう。
休学したり留年したり、そもそも大学を選んではいない友達も居て、でもどんな選択をした人だって、今が大きな節目になるような気がしてやまない。
そんな数年間を、社会に出る前の猶予期間という意味で「モラトリアム」だと言ったりもする。
10月の朝は肌寒くて、お母さんが用意してくれた毛布に体を包めながらゆっくりからだを起こした。
最近は、夜遅くまで起きていることが増えた。
22歳を100人集めてサーカスをする、01 circusというキャンプ型イベントを開催するためにミーティングが続いている。
無人島へ行く。
同い年の、22歳のみんなと。
それだけが決まっていた。
達成したいゴールは世界平和で、それに向けたイベントであり、そのためのコンテンツを用意する。
朝6時頃まで運営メンバーで(わたしは21時から6時まで、みんなはもっと長かったよね。お疲れ様。)とにかく話し合ったりもした。その中で、あれ、本当に伝えたいことって何だっけ、とおもったりした。違和感があった。
それぞれの表現がある。
伝えたいことが同じでも、それを伝えるすべは違う。
それを、痛いほどに感じた。
それが楽しくて仕方ないし、その違いこそが、その違いを認識することこそが、平和への一歩なのだとおもった。
誰かとともに創り出すということはとても難しくて、だけど、大きな大きな掛け算になることを信じている。
そう言えばわたしは、自分の悲しみや絶望を語ることを、自分でそれに触れてあげることを、すこし恐れている。そんな個人的な話をするよりも、もっと、誰かの心にポジティブな感情を与えられるような表現ができたら、といつも思ってきた。
でも確かに、わたしは現実と直面し、その度に絶望し、そしてそれからまた、この世界に期待し続けている。
そしてその絶望こそが、この世界を知り、ほんとうの意味で愛することのできるチャンスなのだと思っている。
サーカスを創ると決まったとき「奇跡を設計しよう」と彼は言った。設計なんていうと、それは果たして奇跡なのだろうかと言われそうなものだが、感覚を共有する仲間を集め場所を作り、そこまでは設計できるかもしれないが、この3日間のサーカスがどう終わるのか誰も予測できない。
どこまでも未来のの我々にかかっている。
じゃあ、それを奇跡以外の何だっていうんだろう。
これは、自分の命をまっとうするために必要な絶望と、仲間と希望に出会うためにやる。
これからもこの世界で生きてゆくことになる同志を集うのが目的だったりもする。理不尽がはびこる世界で、今日を生きるために必要なのは、自分の絶望を共有できる誰かの存在なのだとおもっている。
現実
我々は、というと怒られるだろうか。
わたしは、良くも悪くも、現実社会と空想の中を行き来しながら必死でこの22年を生きてきたようにおもう。 だけど空想から科学へ、しっかり移行していきたいとわたしは考えている。
過去を辿れば絶望があって、でも愛や希望だって以前からあったはずで、でもそれに気づけたのはやっぱり、絶望した後だった。
現実を知るということは時に残酷だけど、
自分の足で歩き始めるためには必要な工程であり
この社会を変えるためにも科学(=事実)から
始めるがいいのではないかと、思う。
運営メンバーがわたしを含めて6人いるので、使う言葉や表現の手段は違うが、わたしの言葉で説明するとこんな感じになる。
さて、こんなノートを読んで少しでもわくわくしてくれたのなら、いやわくわくする要素があったかは分からないけれど、この先になにかがあると思ってくれたのなら、ぜひ参加してほしい。22歳じゃないのなら、ぜひ喋りかけてほしい。
▼ホームページから申し込めるよ!
3日間のメインコンテンツ
1日目:ペンジー / 過去を振り返り、絶望や悲しみに触れる。
2日目:LOSTof12 / 現状整理のための自己分析ws、自分の大切なものを知る。
3日目:自分の大切なものを手放す。
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出来るかわからないことをやるのは、初めてなんです。
やりたいと声に出した時、それは実現可能だと頭で理解しているんだと思う。いろんなところに散りじりになった記憶やさまざまなパーツが、パズルのように脳内で勝手に揃えられている。
だから、まだ言語化できていなくても「できる」から「やりたい」と思えるんだと思っている。
逆に言えば、現状の自分では実現不可能だと思っていることを「やりたい」と言うことは、これまでの人生でわたしにはあり得なかった。だって恥ずかしいじゃん。
散々ノートという媒体でありのままに想いを書き連ねておいて嘘だろうと思われるかもしれないけれど、わたしにとって「できるか分からないことをやってみる」ということはあまりにも怖いのだ。できる状態まで、ゆっくり持っていって、途中で挫折したり近道したりしながら「できる」に持っていく。あるいは別のルートから、繋がっていく。
でも、今やってるのは、そう言うことじゃない。
自分ではかなりびっくりしている。
できるか分からないことなのに、やりたいからやってみている。大きすぎる挑戦である。
「同い年を集めてイベントをしよう。100人集めて、出来るだけ多くの人と、わくわくを共有したい。」と本気なやつがいる。いつも本気な彼が、一緒に作りたいと言ってくれたことが嬉しくて、当然、やろう!と言った。
そして、それをやるには仲間が必要なんだと知った。
3ヶ月前に「これを一緒に作りたいんだ」と言ってくれた時、うれしかった。この3カ月間を通して、やりたいと思わせてくれるやつが居れば、そして、どうやれば出来るかなんてわからないくせにこの人とやりたい、と、ただ走り出してしまうような人間がいれば、みんなが助けてくれて、何でも出来てしまうんだと言うことも知った。
まだまだ実力の伴わないわたしたちが描くのは、どんな景色なのだろう。
不完全で、口が達者で、いや決して口だけが達者なわけではなかったな。そんなの、知らなかった。多分わたしは彼らを馬鹿にしていたんだろう。
足も動けば手も動かす。
やり方もわからないくせに猪突猛進に動くから、
人の心まで動かしてしまう。
そんな人間がいる。しかも、同い年だったからさ。
わたしには理解できないな、と思う彼らのエネルギーみたいなものに魅了されている。
けれど、他人から見たらわたしだって似たようなもんなのかもしれない。
光のような彼等に期待をしてしまっているのだと思う。
自分勝手だなと思うけれど、彼らと生きる明日に期待している。
三日目の朝、私たちは一番大切なものに気付いたと思ったのに、それを失うという経験をする。
わたしはそれに耐えられるのだろうか。
あなたとなら耐えられるだろうか。
わからない。
静かな憤りとともに、確かにある希望に気付けたらいいな。
comcept
この地に生まれて20年以上が経って
わたしは、この世界を信じてみたいと思った。
ときめきと揺らぎ、そして絶望を知っても
あなたと生きる明日に期待している。
まだ何者でもないわたしが、あなたと出会う日。
初めて言葉にする、まだ夢ですらない何か。
二度と足を踏み入れないであろう地に集う、同い年の仲間。
時にはひとりで、
時にはそこに咲く花と、
時にはこのサーカスを共に作る仲間と、
存分に語り合おう。
人生の岐路とも言われる、22歳。
ちがう人生を歩んだ友と話しているうちに、
明日がもっと、楽しみになるでしょう
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