夜間警備23
昨今のハロウィーンブームは仮装をした大人が酒を飲んで騒ぐお騒がせ行事となってるが、本来はケルト民族が先祖の魂を迎えるお盆の様なものであり、一緒に現れる悪霊から身を守るために火を灯したり、仮面をつけて過ごした
またかぼちゃ提灯ことジャック・オ・ランターンも元々はカブであった
ハロウィーンが発達したアメリカではこの時期になると採れる作物がかぼちゃの為にかぼちゃを鬼の姿に似せたものとなった
仮装はアメリカから始まったものであり
子供たちが悪霊から身を守るためにお化けの格好をし、祖先に備えるソウルケーキ(お供物)を集める行事から始まった
嘆かわしいことに日本ではただ仮装して馬鹿騒ぎをする祭りになってしまった
とは物部先輩の学生時代の英会話の教師であるスコットランド人のジャック先生の言葉だ
「今年のハロウィーンは平日だから博物館の方はハロウィンの行事はないでしょうね」
多分大人の方は翌日有休を取って馬鹿騒ぎをするのだろうな
とも皮肉なことを考えてしまう
「ああ、だから11月の連休にハロウィーンウィークと称して夕方にイベントを行う」
「へえ」
子供嫌いの潮来君は大変だなと思っていると
「そこでな.博田さん.お願いがあるんだが」
11月2日土曜日
「あれ?博田さん早いですね」
いつもより早めの出勤に潮来君がうれしそうに駆け寄ってくる
あれから私と潮来君は特に挨拶も何もなくなしくずしに付き合っている状態になった
いわゆる彼氏彼女の関係だ
と言っても休みの日にデートをする健全な仲だ
カフェでおしゃべりをしたり、映画を観たり、美術館めぐりをしたり
学生デートのような至って健全なものだ
そこにたまに源さんが混じる
潮来君だけだと話題も尽き掛け流のでありがたい
ただ、潮来信者にバレると大騒ぎになり、仕事がし辛いので私達の仲は秘密のものとなっている
「先輩から連絡があって、雇われ先への奉仕活動の一環です」
うちの警備会社だけの活動らしく、雇われ先の企業の行事に有志が集まっている
つまりはボランティア
しかも希望者のみと言いつつも実際は強制で
「先輩から飲み物を奢るからと言われて渋々参加しています」
「そうなんですね.通りで衣装が多いと思ったら」
職員控え室に案内され、テーブルに置かれたものを確認する
オレンジの被り物に黒マント
「これを着ろってことですね」
「はい。博田さんが着ると知っていたらもっと可愛いものを用意しました」
残念そうにマントを差し出す
「別になんでも良いですよ。私達はあくまで裏方ですから」
黒いマントを羽織った後、お化けかぼちゃのマスクを被ろうとしたが
「手を離してもらえますか?」
何故かかぼちゃを持ったまま潮来君がかぼちゃを離さない
「だって博田さんの顔が隠れちゃうじゃないですか」
どんだけ私の顔が好きなんだこいつは
まあ私もイケメンは嫌いじゃない
「一分一秒でも眺めていたのに」
甘えん坊な大型犬のような潮来君
こう言うのに潮来信者は惚れたんだろうな
と思いつつも仕事に入らなければならないので、私はマスクを奪い取り被った
「おう、似合ってんな博田」
正面から来た物部先輩は骸骨の仮装で
「先輩も似合いますね」
「ちょっと暑いな」
ふうとため息をつき、ジュースを差し出す
「ほれ、水分を取っとけ。すぐそこのジューススタンドで売ってた流血ドリンクだ」
真っ赤なジュースを受け取る
「すぐそこで出店がいっぱい出ていた。ハロウィンスイーツとか色々売っているから今のうちにもらってこい」
食券を渡してきた
「あ、博田さん」
スイーツの出店で売り子をしていたドレス姿の源さんが笑いかける
黒いドレスにマント姿の源さんは流石にプロポーションが良いだけあって似合っている
しかし
「口元から血が出てる」
血のリメイクに牙が付いている
「はい。吸血鬼カーミラです」
「とても綺麗です」
「ありがとうございます。博田さんも可愛いです」
そう言えば潮来君もタキシードを着てオールバックにしていたがあれは吸血鬼だったんだ
「きゃー潮来きゅん!」
「吸血鬼ステキ!」
「私の血も吸ってー」
同僚に連れられ現れたのは吸血鬼の仮装の潮来君で
女性から黄色い悲鳴が上がる
「これから彼も売り子をする予定ですが握手会会場になりそうですね」
はあとため息をつく源さんに多少同情した
というかこう言う仕事も学芸員の仕事に入るのだろうか?
ボランティアだとしたら気の毒だ
「おーい、そこにいたら人の波に飲まれるぞ。商品を買ったらこっちにこい」
物部先輩が見知らぬ外国人と共に手招きしていた
外国人は先輩よりも背が高く、190はありそうな高身長
何故か株を持っている
「やあ、初めまして。君が噂のスーパーガールだね」
わざわざしゃがみ込んで握手を求める外国人にちょっとムカついた
「博田、この人は俺の高校時代の英会話の先生でジャック先生だ。ニュースでお前のことを知ってぜひ会いたいとな」
「私はただ通報しただけなんですけどね」
「いやいや、あのニュースも凄かったが、現役時代だよ。地方大会の個人戦。君の対戦相手が我が校の生徒だったんだ」
「ああ、それはなんかすみません」
「いやいや。あの小柄な体格からどこにあんな力があるのか?と驚いたよ。東洋の神秘だね」
「はあ、恐れ入ります」
楽しそうに話すジャック先生の首が突然落ちる
「ぎょえええっ!」
思わず叫んでしまった
「ははははは!引っかかったー」
首を抱えたジャック先生が笑う
「ジャック先生の特技だ。凄いよなこのマジック」
「よくテレビであってるあれですか?趣味悪いな」
「ごめんごめん。愛らしい女性を見るとついやりたくなるんだ」
握りしめた拳を開くとお菓子が現れる
「ソウルケーキをどうぞお嬢さん。天国に行けなくなるよ」
ジャック先生がくれたのはスパイスとドライフルーツの香りのするカップケーキのようなもの
十字の形の切り込みが入っている
「ありがとうございます」
そのまま受け取る
「それは祖先へのお供物だから食うなよ」
物部先輩がビニールを差し出す
「グーッド!ちゃんと覚えていたんだねモノノケ君」
「お供物?」
「ハロウィーンは元々ケルト人のお盆のようなものです」
ジャック先生によると
ハロウィーンは古代ケルトのサウィン祭りで、祖先の霊が帰ってくるのを出迎える祭りだという
その時に備えるのがこのソウルケーキで、子供達は家を巡って
「ソウルケーキをくれなきゃ天国に行けないぞ」
と声をかけ、ケーキをもらうという
「日本にも同じ行事がある。北海道で七夕にローソクをもらいに家を回る。その時に一緒にお菓子ももらえるらしい」
「へえ。子供にとってはお菓子がもらえる行事としかインプットされませんね」
「博田さんのおっしゃる通りです。子供はそれでも良いのです。自国の、郷土の文化を知る機会ですから。楽しかった思い出と共に後世に受け継ぐ」
「昨今はハロウィーンだからと見知らぬ家に何も知らせずにお菓子をたかりに行かせる親がいたり、仮装パーティーと勘違いして路上で騒いだりとかしていますからね」
何か被害にあったのか先輩がうんざりとした表情を見せる
「まあ、それは改めてルールが作られていくだろう。そこまで人は愚かではないはず」
苦笑しながら袖口を漁るジャックさん
この人のイタズラの後では信用も先ほどの良い話も消えていき、ただの変なおじさんになっていく
「搏田、俺は一応日勤の奴らの手伝いに行ってくるからお前はジャック先生と一緒に出店で遊んでてくれ。潮来と源の店は人が捌けたら行ってやれ」
と先輩はこの変なおじさんと私を残して行ってしまった
「久しぶりに日本に来たからモノノケ君と話がしたかったのだが」
残念そうなジャックさんに
「なんかすみません」
思わず謝罪した
「いや君のせいはありません。モノノケ君は仕事で忙しいのですから。それに君ともお話がしたかったのです」
「そうですか」
なら良いけど
「君とは高校の柔道大会で会ったと言ったよね。試合前にも君に出会っていたんだ」
「すみません。記憶にありません」
正直この変なおじさんに出会った記憶はない
「私が会場がわからなくて困った時に君だけが助けてくれた。私が外国人で、自分は英語が話せないからと声もかけない人達の多いなか。君は私に声をかけてくれた」
そう言えばそんなことがあった気がする
地図を見ていたから大会の関係者だと思って普通に日本語で声をかけた
他の部員はお前英語が話せるのか?
先生に知らせてこようか?
と言っていたのを無視した
当時は困っている人を見捨てきれない性分だった
「あの時は考えなしでした」
「うん。私がこうして爆弾を持ったテロリストなら君は皆を危険に晒した傍迷惑なおせっかいだ」
袖口から出したのはクラッカーの形をしたチョコレート
この人は一体どれだけあの袖口に食べ物を隠しているのかと呆れる
「でも君のその親切心は忘れられない。後あの小柄な体から繰り出した大技とかね」
「はは‥」
笑いながらクラッカーチョコを受け取る
「あの時は本当に助かりました」
改めて礼を言われて少し恥ずかしかった
ニコニコとコチラを見つめるジャック先生から恥ずかしくて視線を外すと
「あれ?お店がない」
いつの間にか出店が消え、空は曇り、怪しい森が出現していた
「シット!もう奴らの時間か」
ジャック先生が急に私を抱きしめる
「ジャック先生?」
「ゴーストタイムだ。今回の博物館の展示物に魔法陣があっただろう?ハロウィーンウィークリーの展示物の」
「あ、はい。先輩が骨董市で黒服のおばあさんから五百円で買ったって」
「それは私のマジックの道具だったんだ。ウィッチ‥あー魔女が私の下着タンスから盗んでいったんだ」
なんでそんなところにマジックの道具を入れる
「モノノケ君は無機物に魂を吹き込む男だ。魔女もそれを知っていてモノノケ君に渡したのだろう」
つまりは先輩のせいでこうなっていると?
「博田さん、私から離れないように」
私を庇いながら地面に魔法陣を描く
「この魔法陣の中ならば魔物達は襲って来ない。このゴーストタイムをやり過ごせば元の時間に戻れる」
「その時間てどれくらいですか?仕事の時間もあるのですが」
できればすぐにでも帰りたい
目の前を涎を垂らした狼男が通り過ぎていく
「この砂時計の砂が落ちるまでだ。残り約1時間」
「そんなに待てるか!モノノケのやつ!」
思わず怒鳴ってしまい、慌てて自分の口を塞ぐ
「すまない。モノノケ君の能力はあの界隈でも有名でね。魔法陣が盗まれてから危惧していたんだが。我々の想像以上に彼の能力は強かった」
甲高い笑い声をあげ、ランプを手に持った魔女が上空を旋回する中私たちは成り行きを見守った
近くの湖からは水面から馬が顔を出しいななく
遠くからは木を切り倒す音
「湖には馬の姿をした怪物ケルピーに木を切り倒す音はヨナルデパズトーリ。教科書通りのメンバーだ。おっと、ブギーマンまでおいでなすった」
目の前を横切る黒い影にひっと声をあげる
「大丈夫だよ。君には一切近づけさせない」
とは言うものの鼻をひくつかせ私たちの匂いを追っている狼男の吐息が迫る
「生臭っ!」
「体は人間でも獣だからね。おっとデュラハン(首なし騎士)のお出ましだ」
けたたましい馬の鳴き声とともに首のない馬に乗った同じく首のない騎士が現れる
「いやあモンスター勢揃いだねえ。モノノケ君人気か?それとも博田君、君のせいかな?」
楽しそうなジャック先生に私は
「知りませんよ!てか先輩のせいでしょ!」
涙声で怒鳴る
もう先輩に関わると碌なことがない
「まあまあ。後ほんの30分だ。後30分でこいつらは消える」
まだ30分もあるんかい!
飛び交う蝙蝠に次々と巣を張る蜘蛛
「スケアクロウ(カカシ)たちも踊っているよ。楽しそうだ」
暗闇に不気味に浮かび上がる外国製のカカシに思わず悲鳴をあげそうになる
「宴も佳境のようだねえ。ゾンビたちの肉が落ちている。あ、吸血鬼が肉に滑って転んでる」
楽しそうなジャック先生はどことなく先輩に似ている
そして砂時計の砂の落ち方がさっきよりも遅い気がする
私はジャック先生の背中に顔を埋めやり過ごそうとしたが
「あれ?ここどこだ?」
のんびりと先輩が現れた
途端に沸き上げる歓声
中世の貴族の衣装を着たゴースト達が先輩の周りを飛び交い、周りに妖怪達が集まってくる
フランケンシュタインが先輩を捕まえようと襲ってくるが、先輩は素早く避ける
「対テロ訓練なんて聞いてねえ!てかこんな日にするな!」
先輩は勘違いと素早い身のこなしで妖怪達からすり抜けていく
「まずいな。モノノケ君を彼らに渡すわけには行かない。モノノケ君が彼らの手に堕ちたらこの世は永久にゴーストタイムだ」
魔法陣から飛び出したジャック先生は袖口から大量の爆竹を出し、一斉に火をつける
「きゃー!」
「うわあああああっ!」
途端に上がる悲鳴
「ジャック先生!何やってるんですか!」
妖怪達から逃げ回りながらも先輩が抗議の声を上げる
「はぁーはっはぁー!提灯ジャックのお出ましだ!悪魔も退けたこのジャックに手を出す勇気のあるバカはいるか?」ジャック先生の顔の肉はそげ落ち、不気味な骸骨の顔となる
デュラハンの馬を奪いロデオのように暴れ、カブの提灯を振り回すジャック先生に皆が悲鳴をあげ逃げ惑う
「怯むなー!あの人間さえ手に入れば我らの勝利ぞ!」
謎のカラフルな液体を浴びた魔女が妖怪達を奮起させようとするが
「奴はどこにいった?」
「奴がいないぞ」
物部先輩を見失う
「お、博田までなんでここにいるんだ?」
いつの間にか魔法陣に移動した先輩が声をかけてきた
「先輩こそ」
「俺は普通に便所に行って出てきたらこんな所にいた。どうなっているんだ?」
「私が聞きたいです。それにジャック先生」
「ジャック先生はハロウィーンの主役、ジャック・オ・ランターンだ。通称提灯ジャック。生前からいたずら者で、悪魔に嫌われ、ましてや天国に行けない男ジャックがこの世を彷徨う。その時に提灯を持っているから提灯ジャック。だからカブの鬼提灯を持ってるだろ?あれもジャック・オ・ランターン」
「へー‥あ!砂時計が!」
気がつくと砂時計の砂が落ち切り、景色は先程の賑やかな出店が並んだ博物館の敷地に戻った
「やあやあ無事に戻れて何よりだ」
何かの緑のスライム状の液体を頭から被ったジャック先生が帰ってきた
「先生、何かついてます」
紙ナプキンをもらってきた先輩がジャック先生に渡す
「ああ、すまない」
にこやかなジャック先生は普通の外国人に戻っていて
「先生のハロウィーンは相変わらず賑やかですね」
物部先輩は引き攣った笑いを見せる
「授業そっちのけであんな大掛かりなことをやるから受験期は大変でした」
「あれは私のせいじゃあない。まあ良い。これからもハロウィーンを楽しんでくれたまえ」
笑いながら握手をするジャック先生の手の中で何かが当たる
「お土産だよ。魔女の目玉だ」
血に塗れたその目玉がギョロリとこちらを睨む
「驚いた?手作りの目玉グミだよ。美味しい‥ってあれ?」
「博田なら悲鳴をあげて逃げて行きました。セクハラで訴えますよ。後落ちた目玉を拾って食うのはやめなさい」
ハロウィーンなんか大っ嫌いだ
ついでに今度こそやめてやる
終わり