また会う日を楽しみに 華餓鬼3
続き
今年もこの季節がやって来ました
赤く不気味なあの花が咲く季節が
私は20代初めに婦人病で子宮を切除しました
私を溺愛していた会社経営の父はひどく悲しみ、今まで以上に私を大事にしました
跡取り娘として最高の婿を迎え,子供は養護施設から男の子を引き取ると考えていました
父が選んだ男は父の信頼厚い部下からの推薦
営業部のエースだと言う私の3歳上の男でした
「将来有望な若者でお嬢さんとも歳の近い男です」
との事で私は見合いをしました
男は見た目は真面目そのもので、女性の扱いに慣れた軽薄な人物でした
まあ父が信頼している部下であっても彼の私生活は知り得ないのでしょう
恋などした事もない小娘だった私など夢中になるのに時間はかかりませんでした
私は彼の悪癖を受け入れ、彼もまた私が不妊である事を受け入れてくれました
彼にとっては性欲を満たすことが出来れば
満足だったのでしょう
しかも出世も確実となる優良物件
彼は付き合っていた女にそう言っていたそうです
今となってはどうでも良い事です
私達は表面上は仲睦まじい夫婦でしたから
夫の浮気癖は結婚後も当然続きました
私は自身の身体の事もあり、火遊び位は赦していました
所詮はただの遊び過ぎません
父も彼の浮気癖は調査をしていました
「お前も知っているかもしれないが」
複数の女性との逢瀬の写真
いかにも夫の好みそうな派手な女性達
既に知っていた女性から見知らぬ女性まで
「お前が望むならこの男はクビにして多額の慰謝料を請求する事も出来るぞ」
父は言ってくれましたが
「構いません。あの人は私のような女と結婚してくれたのですから。多少の火遊びは目を瞑ります」
どうせ長続きしないのだから
私の想定通りどの女性とも長続きはしませんでした
所詮遊びにしか過ぎず、女性も夫の所持する金銭目的でしたから
そうした遊びを続けながらも養子を迎える準備を進める中
夫はよりによって浮気相手を妊娠させました
相手は24歳の女
田舎から出てきたばかりと言った純朴そうな娘
夫の好みとはかけ離れた容姿の女
私はしばし呆然としていました
浮気には多少目を瞑っていた父もこれには激怒しました
「君はじぶんの立場をわかっているのか?良くも私の顔に泥を塗ってくれたな」
今にも殴りかかろうとする父を抑え
「それであなた方はどうしたいのですか?私と離婚してその女と再婚しますか?それともその女と別れますか?」
夫は女の肩を抱きあり得ない事を言い始めました
「離婚も彼女とも別れる気はない。彼女には俺の子供を産んでもらう。お前の子供でもあるんだ」
何を言ってるんだ
父の怒号が遠くに聞こえました
女はニコニコとしたままで下腹部を撫でていました
「俺も本来ならこの家の後継者を作る機能はあるんだ。本能として子供が欲しいのもある。お前が産めないのが悪い」
夫の勝ち誇った表情に耐えきれなかった父が夫を殴り、女は悲鳴を上げました
異変に気付いたほかの社員が駆けつけ、父は落ち着きましたが、この騒ぎはあっという間に社内に広がってしまいました
奥さんが不妊だからと浮気相手を妊娠させるなんて
順番は間違ってはいるが、子孫は残したいと思う人間の本能だけはどうしようも無い
賛否の声が飛び交う中、夫は厚顔にも出社し,通常の業務を行なっていました
父はそれにも怒りを見せていましたが、夫は更に浮気相手を自宅に連れ込み住まわせました
「お前の代わりに子供を産んでくれるんだ。しっかりと世話をしろ」
私も流石に腹を立てました
しかし妊婦を放り出す訳にも行かず、私は家政婦に彼女の世話を任せました
彼女は徐々に膨らむお腹を私に見せつけ勝ち誇った笑顔を向けました
しかし父が連れて来た人物により女は追い出されることとなりました
「この恥晒しが!」
我が家に父と共に入って来た中高年の男性がいきなり女を殴りました
「何すんのよ!私妊娠してるのよ!」
頬を押さえる女に
「不倫で出来た子供なぞ流れてしまえ!」
男性は尚も拳を振り上げましたが父が制しました
「いくら何でも妊婦に手をあげるのは良くない」
父に宥められた男性は私に向かい土下座しました
「この度は私の娘がとんだことをしてしまいました」
「何で父さんが謝るのよ!私は子供の産めない奥さんの代わりに産んで‥」
言い終わらないうちにまた女の父親が女を殴りました
「お前という奴は!母親と同じ道を歩みたいのか!」
「はあ?あんたの本当の母親だって不倫してあんたを産んだんでしょ?あんたが偉そうに説教できるの?」
腫れた頬を押さえながらも父親に言い返す女
顔が歪み、醜い本性を現した姿は正に
ケダモノ
でした
忌まわしい獣は気味の悪い笑顔で
「父さんはアレを見てないからそうやって母さん達を穢らわしい物だと思ってるんでしょ?」
父親を見下ろします
「アレはおぞましい怪物だ。化け物だ。お前もああなりたいのか!」
女の父親が叫びます
アレと何であるのか?
そんな事を考えていたらまた父親が女を殴ろうとし
「お父さん落ち着いて下さい」
駆けつけた夫が女の父親を止めていました
「お前も彼女を守らなきゃダメだろうが!」
何故か夫に怒鳴られ
「ふざけるな!こうなったのはお前達が原因だろうが!」
父が代わりに怒鳴ってくれました
「本当にご迷惑をお掛けしました。このバカ娘は連れて帰って堕胎させます」
女の腕を引く父親の腕を夫が掴む
「俺は彼女とも本気なんです。妊娠させてしまった責任は取ります。妻とも離婚しても良い!」
夫はこの女に心を奪われたのでしょう
父の会社で働いるというのに私と離婚すれば全て失う
それすら構わないのでしょう
「そうだな。お前みたいなクズは娘の側に置けない。会社も辞めてもらう。子供の養育費が稼げる再就職先も簡単に見つかると思うな」
「‥‥覚悟の上です」
夫の台詞に感動する女
拳を握りしめる父
このくだらない三文芝居の間、私ははずっと置いてけぼりでした
夫と女は自分に酔っていて
「気持ち悪い」
としか思えませんでしたが
「離婚はしません」
それだけは決めていました
「なっ!」
「くだらないメロドラマに酔いしれているようで申し訳ありませんが、私は離婚する気はありません」
「何でだよ!」
夫が声を荒げるも私には効きません
「加害者である貴方が離婚だと騒いでも私に離婚の意思がなければ離婚出来ません」
まさかこんな事も知らずに離婚を言っていたとは情けなくもありました
「お前はそれで良いのか?」
私は頷きました
このまま離婚をしても僅かな慰謝料のみで
夫とあの女が幸せになるだけですから
それよりも夫はこのまま飼い殺し
女は父なし子を抱えての苦労
私なりの復讐です
女は何か叫んでいた様ですが、私は全員を追い出しました
「奥様、娘が大変ご迷惑をお掛けしました。慰謝料は必ず支払わせます」
私よりも疲弊した女の父親が改めて頭を下げて行きました
彼の事だけが気の毒でありませんでした
それからは毎日の様に夫に離婚を懇願されました
膨らんでくるお腹に焦った女からも責められました
「本当にこの子が父親のいない子になっちゃうの!頼むから離婚してよ!」
その度に女の父親連れ戻しに来ていました
「お前は本当にハナガキになりたいのか」
そう怒鳴る父親に対し
「あんな美しい鬼を怖がるなんておかしいんじゃ無いの?それにあの人の子供を産めるなら私は死んでも後悔しない」
ハナガキという聞き慣れない単語でしたが、どこかで聞いた様な気もしました
気になった私は女の生まれ故郷を調べてみました
偶然にも私の亡き母の実家と同じ場所でした
なので母の実家に電話をし、聞いてみました
私の母の先祖はその土地を支配していた領主の親族で、領主が愛人を孕ませました
その後正妻派と愛人派による後継者争いで愛人による正妻の子の毒殺、愛人の子の服毒自殺
後継者のいなくなった領主の元には先祖が養子として来ました
愛人が住んでいた集落にはその後不思議な鬼が出る様になったという事でした
名前は華餓鬼
主に不貞を働いた人間が死後になると言われ
見た目は普通の人間と言うか幽霊
男は福寿草
女は彼岸花のみを食すそうです
亡くなった領主の妻の呪いもしくは愛人に殺された子供の祟りとも言う説があるそうです
華餓鬼は普段は燃え盛る炎若しくはドロドロに溶かされた鉄を飲まされていますが
女は彼岸花の時期には彼岸花
男は福寿草の時期には福寿草を食べることが許されるそうです
どちらも人間にとっては毒でしかありませんが、それでも普段食べさせられるものに比べればましなのでしょう
そんな恐ろしい話を聞きながらもあの女が憧れる華餓鬼
その業の深さに身震いしました
あれから半年
とうとうあの女の出産が始まりました
丁度夫は出張中で、こちらに急いで向かっているとの事でした
女の父親も電話に出ず、私は父と一緒に女のいる産婦人科で彼らの代わりに待合室で待機していました
「あの女の産んだ子供は我々で引き取らないか?どうせ父親にも勘当された身だ。経済力もないから弁護士を雇えばどうにかなるだろう」
父の話に私はぼんやりと聞いていました
少なくとも夫の遺伝子を受け継いだ子供です
赤の他人を育てるよりも愛情は湧きそうです
「それも良いかもしれない」
返事をしていると目の前を着物姿の女性が通って行きました
着物を着た女性珍しくはないのですが、時代劇の武家の女性の様な姿でした
音もなく通り過ぎた女性に呆然としていると入れ替わりに看護師がこちらに来ました
「あの人が出産中に心肺停止状態に陥りました。こちらもしておりますが、他のご家族の方にも連絡をお願いします」
看護師に言われ、一応夫にも連絡を入れましたが、夫にも通じません
「もしもし、お宅の娘さんが心肺停止状態です。すぐに病院へ向かって下さい」
父が女の父親に連絡が行ったと同時に私のスマホに警察から連絡がありました
夫が事故に遭って同じく心肺停止状態との事でした
「お父さん、あの人事故に遭ってここに搬送されるそうです」
あの女の父親も現れ、医師から説明を受けている最中に元気な泣き声が響きました
私にとって最も罪深く愛しい存在が誕生した瞬間でした
「残念ですが‥」
それぞれの担当医の説明があり、亡くなった夫とあの女は同じ霊安室に搬送されました
父は会社の人間や夫の親族に夫が亡くなった事を連絡するために外に出て、女の父親は気を遣い外に出て、霊安室には2人の遺体と私のみとなりました
ひんやりとした空間
静寂の中線香の香りが充満して行きます
ふと遺体を見るとそれぞれから透明な夫と女が起き上がりました
2人は見つめ合い、互いに手を握り合っていました
死んでも2人の愛は永遠だとばかりに抱き合っていましたが
不意に私の後ろから先程の女の幽霊が現れました
女幽霊は2人に近付き口から炎を吐き出しました
炎はあっという間に2人を包み、真っ黒になり骨となりました
そんな恐ろしい火力の炎でしたが、私はちっとも熱くはありませんでした
きっとあれは亡者を焼き尽くす炎なのでしょう
しかし骨になった2人はまた元の姿に戻りました
特に何をする事もなく
ただ私の側にいます
何故か父にも女の父親にも見えていないこの亡霊達は自身の葬式にも、赤ちゃんを見に行くとき無表情で私の側に立っていました
「あの子はどうされるんですか?」
直ぐにでも特別養子縁組の手続きをしたかったのですが、彼にとっての孫ではあったので一応聞いてみました
「この子は施設に預けます。私には育てる義務もない」
寂しそうな横顔
「良ければ私が引き取ります」
迷わず彼に言いました
「しかしこの子はあなたにとっては辛い思い出しかありません」
気を遣い続ける彼は本当に優しい方です
「大丈夫。子供が望めない私にはあの人の血が入ったあの子は希望なのです」
「あなたがそれを望むなら」
こうしてこの子は私の正式な娘となりました
幸いにも父親似の娘は可愛くて、たくさんの愛情と共に大切に育てています
「ママー!お花ー!」
「そうねえ、でもそのお花に触っちゃダメよ」
おしゃべりが大好きな娘私をママと呼んでくれ、子を育てる幸福を与えてくれます
そして
「じーじのお友達だー」
彼もたまに会いに来てくれています
「こんにちは。ほら、お誕生日プレゼントだよ」
娘にプレゼントをくれる顔は微笑んでいて優しい祖父の顔です
「いつもありがとうございます」
「こちらこそ。施設に預けるなどと言った私にあの子を会わせてくれて感謝しております」
あの子に会う資格はないと頑なだった彼を説得して面会を何度かしました
悪いのは不貞を働いた夫とあの女であって、この子と彼には関係のない話なのですから
「大きくなりましたね」
「ええ、毎日おしゃべりで賑やかです」
愛おしそうに眺める彼に
「おじいちゃんだと名乗っても良いのではないですか?」
何度も説得してみるも
「私とあの子の距離はこれくらいで丁度良いのです」
悲しげに笑って返すのみです
「ここいらは赤い彼岸花が多いですね」
彼にとっては忌まわしき花
ですが私にとっては幸福の花です
あの女
死後は夫と共に口から炎を吹き出し何も食べることはできず
この時期のみ女は彼岸花を
夫は冬に福寿草を食べる事を許されます
しかし、炎を吐き出した口元は焼け爛れ、毒性のある彼岸花は口にした瞬間耐えがたい痛みと共に血を吐き出します
白い着物は赤く染まり、見事な彼岸花の模様になります
「ママー!あのお姉ちゃんお花を食べてるー!」
娘にも私と同じものが見えているのでしょう
彼は唇を震わせ、拳を硬く握ります
「こっちへいらっしゃい。あれはこわーいお化けなの」
娘に言い聞かせ場所を移動します
空腹に耐えきれなかったのでしょう
夫が白い彼岸花を掴み食べようとしますが、その手は彼岸花をすり抜けます
「あなたにはあの鬼が見えるのですか?」
私の視線が娘と同じ方向を向いているのに気付いたのでしょう
彼が苦々しげに吐き出しました
「いいえ。何も」
彼に笑いかけ、改めて娘の手を握ります
「私はあの白い彼岸花が大好きなんです」
毒々しいあの女の性根の様な赤い彼岸花でなく
爽やかで純潔を守る清楚な
あの女が口にすることが出来ない
あの花が
「私はこの季節も好きです」
苦しそうに彼岸花を口にしもがき苦しむ亡者を見る私の顔は般若でしょう
それを慈愛に溢れた菩薩の顔に戻し娘に向ける
「さあ、そろそろ帰りましょう。こわーいお化けに追いつかれる前に」
この子だけはあの女の様に引きずり込まれない様に
彼との逢瀬を楽しみに
自業自得の亡霊はうち捨てて行きましょう
白い彼岸花の花言葉
想うはあなたひとり
そして
また会う日を楽しみに
終わり