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守るための呪い

こちらは12月14日で大分で行われたあめや怪談会で配布した小冊子と同じ内容の物です
呪いはかけてはいけない
これは拝み屋がよく言う言葉である
「人に呪いをかけるなら自分の命は捨てろ」
それほどまでに危険なものである
だが、それを生業とする人間もいる
拝み屋の知り合いに人に呪いをかける呪い(まじない)婆さんと呼ばれるお婆さんがいた
仮にまじない屋と呼ぶ
気性は激しく乱暴な物言いだが、優しいおばあさんで、目の見えない拝み屋を心配してよく様子を見にきていた
拝み屋はこのまじない屋の物言いが苦手だったが、有難い存在ではあった
まじない屋は普段は子供の病気平癒や知恵のための祈祷安産のお守りなど、子供関係のおまじないを生業として言うが、時々相談者から呪いを頼まれることもあるという
いじめや犯罪者の炙り出しがメインで呪いを使って怪我をさせたり脅したりと言ったものだ
近所の住民は悪いことをしたら呪いの婆さんに呪いをかけられるとおばあさんに畏怖の念を抱いていた
そんなまじない屋がある日拝み屋の師匠を訪ねてきた
「実は人の命に関わる呪いを引き受ける事になりそうだ」
依頼者は隣の市に住んでいる独居老人の蒲田さん(仮名)
蒲田さんの孫である真美ちゃん(仮名)が実の両親である息子夫婦に虐待を受けているという
幼稚園児の真美ちゃんは毎日のように殴る蹴るの暴行を加えられ、食事も満足に与えられなかった
当時の児童相談所は虐待を訴えても
「家族で話し合ってください。不介入です」
と受付もせず、ましてや警察も家族の問題だから児童相談所に行ってほしいと役に立たなかった
かと言って蒲田さんが引き取りを希望しても年金暮らしで自身の生活を支えるのが精一杯
公務員で社会的信用のある息子世帯の方が養育に関しては優位だった
しかも外面の良い息子両親はうまく虐待を隠していた
躾のため、子供は知的な障害があるのでこうやって大袈裟に叫ぶ
怪我も自傷行為だと誤魔化されてきたらしい
「このままでは孫が死んでしまう」
エスカレートしていく虐待に蒲田さんがまじない屋に助けを求めたという
「あんたの気持ちは分かったし、呪いをかけても良い。だがあんた自分の子供を殺すことになるが構わんのか?失敗したらあんたが身代わりになって死ぬことにもなるよ」
まじない屋の呪いの種類は本人を脅かすものから軽い怪我をさせるもの
一番強いものは人を殺すこともできるという
しかし人を殺せる呪いは返しも強く、まじない屋はその返し避けに依頼者を使うという
「命懸けでやるからには依頼者にも命をかけてもらわんと命がいくつあっても足りん」
とはまじない屋は言っていた
蒲田さんは自分の命をかけて息子夫婦を呪い殺してほしいと頼んだ
「老い先短い子の命ならなんぼでもくれてやる。あの子らの性根は死なんと治らん。真美の命が助かればそれで良い」
という必死の願いに引き受けることとなったが
「両親も誰もいなくなったら残された子供は施設行きになってしまう。それは避けてやりたいんだ」
と言うまじない屋に
「そう言う事情なら俺も手伝ってやりたいがあいにく俺は隠居の身だ。俺じゃ役に立たん。これ(拝み屋)を貸してやる」
と言うことで拝み屋が手伝うこととなった
「爺さんいつも風(呪い)は吹かしちゃいかん言うとるやん。なんでこんな事俺にさせるん?」
と拝み屋は抗議したが
「お前ー。俺の跡を継いだんだからこれくらい出来んと困るぞ。ついでにあのばあさんは凄腕だ。失敗はない。勉強して損はない」
と半ば強引にまじない屋の手伝いをさせられた
詳細は拝み屋が語らなかったのでざっくりとした説明になるが決して真似はしないで欲しい
呪いの儀式は神様の力を頼るため精進潔斎の必要がある
肉を断ち、禁酒禁煙を1週間前から行う
白湯をたくさん飲み、腹の中も綺麗にする
その間まじない屋は祭壇に供物を供え毎日大願成就の祈りを捧げる
当日は白い着物を着て白湯以外口にせずまじない屋と共に祈りを捧げる
そして呪いたい相手への呪いを作成する
腹の中から湧き出でる不浄のものを集めるようなイメージをとり、口から吐き出す(腹式呼吸のような物?)
それをかき集め対象者に向かって吹きかける
今回の呪いの媒体は蒲田さんが持ってきた写真だったという
勿論拝み屋は目が見えないので写真の人物を見ることはできないが、触った時から流れてきたのは対象者である息子夫婦から出た人間の悪意の塊と実の子供への蒲田さんの憎しみの念だった
「1ヶ月だけ待て。それで何も変わらなかったからこれは失敗だ。その場合あんたが死ぬ事となる」
まじない屋の話に蒲田さんは何度も礼を言いながらまじない屋に何かを渡していた
蒲田さんが数少ない年金からかき集めた財産だったとのこと
「こっちも命懸けなんだから報酬は必要だ」
拝み屋にも紙の様なものが渡されたが返したという
「そんなもんはいらん。酒が良い」
と拝み屋は答えた
その日のうちに解禁された酒の味は
「身体中にしみた。あんなにうまい酒はこの先ないだろうな」
としみじみ語っていた
それからわずか1週間で効果は出始めた
蒲田さんの息子夫婦は体調の不良を訴え始め、真美ちゃんは蒲田さんに預けられた
それからは仕事中に奇声を上げる
何かに怯えたように逃げ惑うような奇行に走る
倦怠感が体を支配し、病院に行く事も敵わなくなる
息子夫婦は妻側の両親に懇願し、病院に連れて行ってもらうもストレス性の疾患ということで薬を処方されるも効かず
口コミで霊能者を尋ねるも
「己の行動に何かやましい事はないか?残念ながら私の手には負えない」
と拒絶される
そのうち妻側の両親にも実の子供への虐待が知られ、息子夫婦は絶縁され、孤立した
最後にはもがき苦しみながら自宅のベッドの上で亡くなった
皮肉にも息子夫婦の死後に児童相談所から真美ちゃんへの虐待が認められ、妻側の両親が引き取って行った
「嫁さんの両親は遠方かつ連絡も取れなかったが、こうして孫の行く末も安泰になりました。ありがとうありがとう」
蒲田さんは再度お礼に来られ事の経緯を話した
蒲田さんは結局真美ちゃんと離れることになったが時々真美ちゃんから幸せに暮らしていると連絡が来るのだという
「孫が幸せでいてくれるのならそれで良い」
と語った蒲田さんはその後体調を崩し、老人ホームに入居後病気で亡くなった

「呪いはよくないことが前提だ、だが命を賭けても呪いたい奴はいる。それがいる限り私みたいなのが必要とされるんだ」
拝み屋の好きな塩辛い漬物を差し入れてきたまじない屋は語り、そのまじない屋も老衰で亡くなられた
後継者もなく廃れたこの職業だが、今も同じ様な職業は続いているのかもしれない
命をかけて守りたいものがある限り


終わり

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