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学習参考書の愉悦 第九回「おはなし推理ドリル」シリーズ

 みなさん、ミステリは好きですか?
 私は好きですね~、ミステリ。中学校1年生のとき、はやみねかおるさんの代表的シリーズである「名探偵夢水清志郎事件ノート」シリーズに出会って以来、中高を通して現在に至るまでもっとも多くの点数を読んだ小説のジャンルはミステリだったはずです。
 何ってたぶん、謎があって→解決されるという明快な展開、よほどのことがない限りクローズドエンディングであるという安心感、そして何より名探偵たちのキャラクター的魅力……。
 夢水清志郎、電子探偵団、犀川創平、瀬在丸紅子、中禅寺秋彦、後動悟、鳴海雄一郎、龍宮城之介、九十九十九、鴉城蒼司、刃仙人、螽斯太郎、天城漂馬などの名探偵たちの活躍をわくわくしながら読んでいたものでした(ラインナップについて、分かる人だけ突っ込んでくれればと思います)。

 ケン・ウェーバーの「5分間ミステリー」なんてシリーズも流行っていた記憶があります。私も中学時代に何冊か図書館で借りて挑戦してみたんですけどね、うぅ~ん、むずかしすぎてよくわかんないや!ってな感じで投げだしてしまいました。僕はもとから犯人やトリックを作中の探偵に先んじて暴いてやろうという視点でミステリを読んでいくタイプではありませんでしたし、解決編の講釈に「なるほど!」と感動することはあっても「やっぱりね」と思ったこともなく、自力で事件を解決してみたいという欲は多少なりあっても、それよりは「謎が解かれていく様を眺めるのが好き」って感じでした。

読むことをいかに動機づけるか

 話を今回紹介する本に繋げます。「おはなし推理ドリル」シリーズ。そう、タイトルから“推理”できるとおり、推理がテーマになっています。学研から出ているこのシリーズは、全編がごく短い推理物語から作られているという小学生向けの読解問題集なのです。

 シリーズ概要はのちほど紹介するとして、なぜこのような形式の問題集が作られたのか、その狙いはどの辺にあるのか、ということを考察してみましょう。
 小学生向けの参考書・問題集でいちばん難しいことって何でしょう。
 そのうちのひとつは、「どうやって読んでもらうか」ってことだと思います。だってそうでしょう、相手は小学生ですよ。男子だったら、いまプレイしているゲームをどうクリアするかとか、好きな漫画の必殺技を真似するにはどうやったらいちばんカッコよく決められるかとか、まぁ高学年にもなってくればあの子のスカートの中はどうなってるんだろうとか、そんなことにしか興味ない生き物ですよ(ステレオタイプ)。女子だったら……うぅ~ん、どうなんでしょう、非常に残念ですが、私には女子小学生だった経験がないのでよくわかりません。専門家の見解が待たれるところです。
 とにかく、「興味があるもの以外は無視」というのが小学生の基本的な行動理念です。というか人間の行動理念なんてその程度のもんなのかもしれませんが、そこはそれ、大人になれば「興味がなくても取り組まなきゃいけないもの」があるということも知ってしまいますし、また、「取り組まなきゃいけないものには取り組まなきゃいけない」ということを受け入れるだけの強さ(あるいは鈍さ)も身についてくるもんです。
 そんな小学生に、国語の読解問題を「解きたい(少なくとも、解いてやってもいい)」と思わせるにはどうしたらいいのか。読解問題自体に、何かしら別のゲーム性を持たせたらよいのではないのか。
 そうだ 推理に、しよう。
 ……ってなことが、学研内部の企画会議で話されていたんじゃないですかねえ。想像だけど。
 やっぱりね、自分の力で事件を解決するって、ある種の子どもたちにとっては強烈なモチベーションになると思うんですよ。普段見ているアニメなんかだと、それは「特殊デザインの変声機を装備したメガネの少年探偵に与えられるもの」ですから、自力で解決編ができるってのは快感じゃないかなあと想像します。少なくとも少年時代の僕だったら嬉々としてこのシリーズに取り組んでいたことと思います(そのころはまだ出版されてませんでしたが)。

シリーズ構成と事件の構成

 では、具体的な内容紹介に入っていきましょう。
 小学4~6年生向けに展開されているこのシリーズは、現在「科学事件ファイル」「生き物事件ファイル」「歴史事件ファイル」「都道府県事件ファイル」「算数事件ファイル」「百人一首事件ファイル」の6冊。タイトルにある科学・生き物・歴史などのトピックが各回のテーマになりながら、その知識を学べる物語を読みつつ、そこで起きる事件を解決していく、という流れになります。
 ほとんどの回は「事件編」と「推理編」がそれぞれ見開き2ページずつという二部構成になっていて(たまに両者が同じ見開きの中で完結することもあります)、事件編でトピックに関しての知識を確認したあと、推理編でその知識を使えば解ける謎が提示されます。

 たとえば、「科学事件ファイル」の「ファイル01 宇宙人は、だれだ!?」を見てみましょう。
 舞台は宇宙ステーション。3人の乗組員が、船外で作業しています。ここで、宇宙は真空状態なので音が伝わらない、という知識が地の文で提示されています。ここはのちほど大事になってくる箇所なので、設問にもなっています。さて、3人が作業をしていると「とつ然、まばゆい光が現れ、三人はその光に飲みこまれてしまいました」。このとき何が起こったのかというと、UFOに乗った宇宙人がやってきて、3人に光を浴びせ、さらに強い光で目くらましをしているうちに3人の中の1人と宇宙人がすりかわったのではないか……と。いやあ、事件ですねえ。実に事件です。
 ここまでが事件編。
 推理編では、誰が宇宙人なのかを突き止めるために、3人から事件の瞬間についての証言を聞いていきます。ひと通り証言を聞いたあと、ひとりだけまったくのでたらめを言っているやつがいる、そいつが宇宙人だ……というところで、本文はおしまい。「宇宙人がすりかわっていたのは、だれだと考えられますか。名前を書きましょう」という設問。もちろん、答えにたどり着くためには3人の証言の内容がちゃんと読めている必要がありますから、それを整理するための設問も用意されています。
 ネタバレをしてしまうと、3人の中に1人だけ、「何かが近づいてくるギューンという音がしました。」という証言をしていた者がいるんですね。思い出してください、事件編で確認した科学の知識を。そう、宇宙空間では、音は伝わらないのに、です。
 というわけで事件は無事に解決されました。めでたしめでたし。解答のページには、「解決編」として短い後日談(というか、その回のオチ)が載ってます。

 ……ここまで書いて、ひょっとして公式のサンプルがあるんじゃないのかと思い至って確認してみたら、ありました。学研のサイトです。こちらで現物を確認してもらうのがいちばん手っ取りばやいように思われます。
 どうです、なかなか面白そうでしょ?

その他のアピールポイントと使用上の注意点

 このシリーズのいいところは、解いていて楽しいってことの他に、さまざまな知識が身につくってことが挙げられるでしょうね。たとえば前述の「宇宙空間は真空状態だから音が伝わらない」とか、「植物は日光に向かって伸びる」とか、「古代メソポタミアではシュメール人が楔形文字を使っていた」とか、「伊万里焼は佐賀県の名産品」とかです。こうした知識は事件解決のための大きなヒントになっていますから、目を皿にして何度も読み返すことでしょう。そうしているうちに知識が印象付けられて、頭に残りやすくなるという塩梅です。
 同様のコンセプトで、読解問題を解きながら理科や社会の知識も同時にインプットしようという教材には、たとえば都麦出版から出ている塾用教材の「読解はかせ」シリーズがありますが、推理という道具立てをしていない分、やはりゲーム的な面白みには欠けていると言わざるを得ません。

 使用上の注意点はいくつかあります。
 ひとつは、このシリーズはあくまで補助的な問題集であって、たとえば読解の技法が体系的に学べるような効果は期待できません。普通の問題集よりは楽しく取り組める問題集というだけで。また、解説も非常に簡素ですので、読解問題がめちゃくちゃ苦手な子が力をつけたくて取り組む教材ではないです。少なくとも学校の授業には問題なくついていけている子が、家庭でのプラスαとして教科書以外の文章を使った読解問題を解きたいというときに候補になってくる、というタイプの本です。
 また、「おはなし」推理ドリルですから、シリーズのすべての文は(説明的な記述も多いとはいえ)物語文です。説明文や論説文は出てきませんから、そういったタイプの文章を読む練習をしようと思ったら、また別の問題集が必要になってきます。
 だから、実はこの問題集、楽しいけれども使い方は限られてくるかもしれません。国語の力を伸ばす問題集としてではなく、そういう効果も副次的に期待できるゲーム的な娯楽本として、ミステリや謎解きが好きなタイプの子に与えるのがいちばんハマる使い方なのかも。

 前回まで高校生向けの本ばかりを取り上げてきたので今回からは小学生向けの本を……と思ったんですが、小学生向けの学参・問題集って、この連載で紹介しておくべき本の点数がそんなに多くないのでは、という可能性に思い至ってしまいました(笑)。
 なんとならば、中学受験用の教材はやはり塾用教材の方がいいものがそろっているし、じゃあ公立中学にそのまま進学する子の教材はとなると、別に学校採用のワークをしっかりやっとけば充分なんじゃないの、という思いもあり、市販で良心的な教材もいくつかあれど、一本記事を書けるほどキャッチーな特徴のある本が思い浮かばないということもあり……。
 まぁいいや。次回も小学生向けの本を紹介します。どちらかというと中学受験を目指す子用の教材に分類されるんでしょうか。「おはなし推理ドリル」シリーズは解いてる最中の楽しさを追求したような教材でしたが、ある意味真逆の、淡々と問題だけをこなしていくような、地味な、けれども大事なことを集中的に学習できる、いぶし銀的教材を取り上げたいと思います。

筆者紹介
.原井 (Twitter: @Ebisu_PaPa58)
平成元年生まれ。21世紀生まれの生徒たちの生年月日にちょくちょくびびる塾講師。週末はだいたい本屋の学参コーナーに行く。ビールと焼酎があればだいたい幸せ。

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