1分半の人生
空手の試合時間は2分しかない。東京の駅のホームで、電車を待たなくてはならない時間の平均とたいして変わらない。あっという間に過ぎてしまう時間だ。だが、そんな時間の1秒1秒を大切にしなくてはならないのが空手の試合だ。
ここまでは師匠の口癖で、僕の言葉じゃない。
空手では仮想組手(シャドー)という練習を通じて、限られた時間内でいかに自分を追い込み、身体の回転を上げるかを学ぶ。見えない相手に向かって突きを出し、蹴りを入れる。反撃を交わし、カウンターに移る。
「準備はいい?」
「はい、お願いします」
後輩は律儀にそう言い、腰を据えて構えた。
僕はストップウォッチを2分間に設定し、スタートボタンを押した。
「はじめ!」
試合開始。
最初の30秒、後輩は素早く、力強く動いた。瞬発力のある突き蹴りがしゅっしゅっと空を切り、間に器用なかわしが入る。後輩は真剣な顔つきを崩さない。
「残り1分半だ。このまま1秒、1秒を大切に」
1秒、1秒を大切に……。
僕は無意識のうちに、師匠の口癖をそのまま使っているらしい。
1秒、1秒を大切に、か。試合では確かに、1秒気を抜いただけでそれが致命傷になり得る。人生の1年間に相当する、とも言える。
そこで僕はふと、1年間を1秒に置き換えるなら、人間は何秒生きるだろうかと考えた。僕はまだ24歳だが、長生きしたいと思っているし、それなりに長寿の家系に生まれた。せめて、90歳までは生きたい。
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