ハンマーで殴られた事なんてなかった僕たちは。
『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』
小学生編 -2
そう、先に言っておくと僕らの通う小学校は小高い山のてっぺんに建っていて、階段を300段(!)ぐらい登らされるうえに住んでる家も山の上だから、つまり山から山へと3km近く歩いて移動しなきゃいけないっていう、わりとクレイジーな学校なんだ。
そんなわけで僕らは、はやる気持ちを抑えきれずダッシュで吉岡の家に向かった。(それでも通学路はしっかり守っているところが小学生だ)
「ただいま帰りました。」「おじゃましまーす!」ランドセルをぶん投げて(吉岡はきちんと壁に掛けている)、息つく間もなくリビングに通される。
「そこら辺、適当に座ってくれる?」
遠慮なくソファに腰を下ろして部屋を見回すと、豪華なオーディオセットや大量のレコード、アップライトピアノまで置いてある。
(吉岡んち、音楽一家なんだな。)
「兄さん、アレある?」
いつの間にか吉岡の兄ちゃんが手に何かを持って入ってきた。
「ありがとう兄さん。さぁ、何はともあれコレを観てくれたまえ。」
「ん、観る…? レコード聴くんじゃないのかよ。 」
吉岡はそれには答えず、「フッ」と口角だけで笑うと、ラベルに英語が書かれたVHSテープを手慣れた手つきでビデオデッキに押し込んだ。
その仕草がやけに大人びて見えて、いつもの吉岡とは別人みたいだ。
なんで天沢聖司にキャラ変してんだ。
デッキが再生を始めるとVHSテープ特有のノイズが走って、映像が暗転する。
(…ごくり。)
僕は何が起きるのかと、目を見開いて画面を凝視した。
そして、映像が流れ出した。
(ん、漫画…??)
(え、ドラムの音が鳴りだした…)
(わ、映画…?!? )
「 な、なんだコレ…!!」
「音 楽 と 映 像 が 一 体 に な っ て る っ っ ! ! ! ! 」
ぶっとんだ。
衝撃だった。
よだれが垂れてたかもしれない。
無理もない。
1980年代その当時、ミュージックビデオなんて概念を知る由もなく、音楽に目覚めきれていなかった11歳の少年(何なら日本の音楽シーン自体でも)が、よりによって現代に至っても超名作と謳われている a-ha のこのMVを何の先入観なく観てしまったのだ。。
それは例えるなら、
キリスト教を伝えるべくフランシスコ・ザビエルが渡来しようとしているところに、イエス・キリストがまちがって先に島に流れ着いてしまったかの様な、
…いや違うか、
卵から孵った生まれたてのひよこが、親鶏を見るより先にKFCを見つけてしまう様な、
…これ違うな、
とにかく! それは頭をハンマーで殴られたような
ハンマーとは、金づち,ゲンノウなどの総称で鉄工・造船・鉄道・産業・機械・自動車・電機・建築土木等あらゆる分野の産業になくてはならない工具であり,また家庭に於いても生活必需品と言える。大別すると金属製ハンマと相手に傷を付けにくい用途に使用する樹脂製ハンマーとがあり,叩くものによって鉄製,木製,真鍮製,プラスチック(ナイロン)製と使い分けられる。100~500g位までの片手で使う片手ハンマーから1kg~15kg位までのスレッジハンマーと呼ばれる大ハンマーがある。
ではない。殴られたことはない。ぜったいやだし。
とにかく。
これは僕にとって今まで経験をした事のない、
「事件」だった。
「どうだった。最高だろ?」
勝ち誇った様な顔でやつがこっちを見てくる。
「これをお前に見せたかったんだ。」
(おれは雫かよ)
「ああ、お前の言ってた事が正しかったな。俺の負けだ、一杯奢らせてくれ。」
(B級洋画の吹き替えモード)
しかし。
洗礼はそれだけでは終わらなかった。
♪ ポロ〜ン
「!?」
♪ タタタタン タンタンタンタタタタタ
「!?!」
♪ タタタタンタン タンタンタタタタタ
え!
同じの!?
弾いてる!!
「 か っ け ぇ ー ー ー っ っ ! ! ! 」
ピアノの前で、吉岡の兄ちゃんが事もなげに指を動かしていた。
鳥肌が立った。
音楽で鳥肌が立ったのはこの時が初めてだ。
すげぇ、、、でしかなかった。
マジで。
ついさっき聴いたばっかで感動したものを、そのまま弾くことが出来るんだ。。
楽器ってすごい。
音楽って最高だ。
この瞬間、自分の中の何かがカチリと音を立てて動き始めた。
そんな気がした。
まさかこのたった数分間が、その後の人生を方向付けるなんて。
思ってもみなかったよね。
ありがとう、吉岡。
ひと言だけ。
お前さ、天沢聖司はやめた方がいいと思うよ。
ーつづくー
<次回予告!>
洋楽に目覚めたマタヒコを快く思わないカースト上層部との全面抗争が勃発?!
体育館裏の決闘に向け、300階段ウサギ跳びに挑むも転がり落ちて骨折…?
見知らぬ天井、病院のベッドで語られる吉岡の知られざる過去
そしてあくる朝、クラスに転校してきた謎の帰国子女とは
次回、『アスカ、来日』
この次もサービス、サービスゥ!