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知財高裁は職務発明対価請求訴訟で元製剤技術部長を共同発明者と認めず

大阪地裁は、原告を、アンブロキソール塩酸塩の徐放OD錠に関する発明の共同発明者と認め、被告である全星薬品工業に対し職務発明に係る相当の対価として388万8000円の支払いを命じました。しかし、知財高裁は、原告を発明者又は共同発明者であると認めず、被告敗訴部分は取り消されました。
大阪地判令和5年8月29日、令和2年(ワ)第12107号
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/388/092388_hanrei.pdf
知財高判令和6年3月25日、令和5年(ネ)第10090号
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/926/092926_hanrei.pdf

 事案の概要


本件発明2は、先発医薬品「ムコソルバン®Lカプセル」(「Lカプセル」)の後発医薬品である被告の製品アンブロキソール塩酸塩徐放OD錠(「被告製品」)に関する発明です。
被告は、自ら又は販売委託をして被告製品を販売し、本件特許を実施しています。
原告は、被告在職中に製剤技術部長及び顧問として業務に従事し、職務上行い、特許を受ける権利を被告に承継した本件発明2につき、平成20年特許法35条3項に基づいて相当の対価1億5552万円の内金6000万円及び遅延損害金の支払を求めました。

大阪地裁の判断

1)発明者について

裁判所は、本件発明2の特徴的部分は、少なくとも、原告主張の下記①ないし③の点にあると認めました。
①各自高含量の塩酸アンブロキソールを含む制御放出微粒子と速放性微粒子を混合させたこと、
②錠剤を小型化するために制御放出微粒子の平均粒子径を300μm 以下とするために工夫をなしたこと、
③錠剤を製造する過程の加圧圧縮操作に対し割れにくいプロテクト層を形成したこと
 
そして、特徴的部分への原告の関与として以下を認定し、原告は、少なくとも上記①の着想をしたので、この点のみをもっても、本件発明2の発明者であると判断しました。
*先発医薬品であるLカプセル等の服用上の問題点を認識し、カプセル錠よりOD錠の需要が多いことを調査した上で、アンブロキソール塩酸塩の口腔内崩壊錠であるOD錠の開発を発想
*他社製品の調査や技術的検討を行った上で、上記OD錠の開発をPJ会議で提案
*平成20年2月29日の次期開発品目選定会議までの間のPJ会議にすべて出席
*OD錠化に関する瀬踏み実験にも関与
*微粒子コーティングの実現可能性を一定程度具体化させ、同選定会議において正式な開発承認を獲得

2)相当の対価の額について

特許存続期間満了までの間の被告製品の売上高が162億円を下らないこと、超過売上高(超過売上率)は40%、仮想実施料率は5%、本件発明2の貢献度は多くとも60%、原告の共同発明者間における貢献割合は20%、及び、使用者貢献度は90%を下ることはないと認定のうえ、相当の対価の額は388万8000円と判断されました。
計算式 162億円×40%×5%×60%×10%×20% 

知財高裁の判断

1)発明者について

 裁判所は、まず、下記規範を示しました。
「発明者とは、自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者、すなわち、当業者が当該技術的思想を実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成するための創作に関与した者を指すというべきである。そして、ある者が発明者であるというためには、必ずしも発明に至る全ての過程に一人で関与することを要するものではなく、当該過程に共同で関与することでも足りるというべきであるが、当該者が共同発明者であるというためには、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したことを要するものと解される。この場合において、発明の特徴的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち従来技術にはみられない部分、すなわち、当該発明に特有の課題解決手段を基礎付ける部分を指すものと解するのが相当である。」
 
次いで、本件発明2の課題を解決するためには、次の①から③までの構成をとることが重要であること、
①塩酸アンブロキソールを含む制御放出微粒子及び速放性微粒子の混合物を配合すること、
②口腔内におけるザラツキ感を少なくし、水なしで嚥下することができるようにするため、制御放出微粒子等の平均粒子径を300μm以下とすること、
③OD錠が従来のカプセル剤の溶出規格に合致する溶出特性(シグモイド型溶出)を示すように、制御放出微粒子等及びこれらを配合したOD錠の各成分や構造を設定すること

OD錠の開発がPJ会議で提案された当時、上記①及び②は、当業者に知られていたこと、

加えて、原告が④を本件発明2の特徴的部分であると主張し、被告も争っていないこと
④錠剤を製造する過程の加圧圧縮操作に対し割れにくいプロテクト層を形成したこと
 
以上を考慮して、本件発明2の特徴的部分(本件発明に特有の課題解決手段を基礎付ける部分(従来技術にはみられない部分))は、①及び②を満たした上で、③及び④を実現したこと(③と④を併せて「本件各部分」)であり、①及び②は、従来技術にみられた構成であるから、本件発明に特有の課題解決手段であるということはできず、本件発明2の特徴的部分ではないと、原審とは異なる判断を示しました。
 
そのうえで、下記原告の行為が、本件各部分に対する関与であると認めることはできないため、発明者又は共同発明者であると認めることはできないと判断しました。
*市場調査等に基づいて本件OD錠化を提案
*本件OD錠化に関して瀬踏み実験を行った行為
*「今後、徐放顆粒に他の原料を混合して打錠し、錠剤化した場合に溶出に変化が生じるかを検討する」などと発言
*本件発明に係る特許出願をすることを考えている旨の発言及び当該特許出願をするよう提案
*明細書の案を作成
 
なお、原告は、「アダラートCR錠」の後発医薬品であるニフェジピンCR錠の発明(本件発明1)に係る職務発明対価請求も行いましたが、こちらは、消滅時効の抗弁が認められ、大阪地裁及び知財高裁において請求は棄却されました。 

コメント

知財高裁は、発明者の判断規範として、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したことを要すると判示しています。
特許請求の範囲に記載された発明の構成には、しばしば従来技術にもみられる構成が含まれています。しかし、上記の発明の特徴的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち従来技術にはみられない部分であり、従来技術にみられた構成は、当該発明に特有の課題解決手段であるということはできず、当該発明の特徴的部分ではないと判示しています。
発明者認定において考慮が必要な判決だと思われます。
 
(文責:矢野 恵美子)
 

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