「ゆっくり茶番劇」の商標登録を巡る騒動について
「ゆっくり茶番劇」の文字商標が商標登録され、その商標権の管理者が「ゆっくり茶番劇」の使用に対して使用料を課す方針であることを表明したことに対し、大きな反発が巻き起こり、特許庁のウェブサイトが一時アクセス不能になったり、商標出願を代理した特許事務所に対して爆破予告がされたりする事態にまで発展しました。
この記事を書いている現時点(2022年5月18日)では、商標権の管理者は、方針を転換し、無償での使用を認める方針を打ち出していますが、なおも、商標権の管理者に反発する人達からは、商標権者に対して商標権の放棄を求める声が上がっています。
騒動の概要
問題となった商標登録は、「ゆっくり茶番劇」の標準文字からなる商標の登録(登録番号第6518338号)で、「オンラインによる映像の提供(ダウンロードできないものに限る。)」を含む第41類の役務が指定されています。この商標は、2021年9月13日に出願され、拒絶理由通知を受けることなく2022年2月21日に登録査定がなされ、2月24日に商標登録されています。
その後、商標登録異議の申立ての期間が2022年5月4日までありました(ただし、同日およびその翌日が祝日であったため、5月6日まで申立てが可能でした)が、その期間も既に過ぎています。
なお、出願人は、熊本県在住の個人となっています。
他方で、「ゆっくり茶番劇」という名称は、YouTubeなどの動画投稿サイトに投稿される動画の一種の「カテゴリー名」として、多くの動画投稿者により使用されてきた、という経緯があります。
ここでいう「ゆっくり茶番劇」とは、同人サークル「上海アリス幻樂団」が展開するゲーム・音楽などの作品群「東方Project」の、二次創作として制作・投稿される動画のカテゴリーの一つです。「ゆっくり茶番劇」の特徴として、物語の朗読が、合成音声(いわゆる「ゆっくり音声」)により行われる点が挙げられます。
2022年5月15日、「柚葉 / Yuzuha」を名乗るTwitterアカウントが、「柚葉企画」なるウェブサイトを公開しました(ただし、5月18日の時点ではアクセスできない状態となっています)。(以下では、同Twitterアカウントおよび同ウェブサイトの管理人を「柚葉氏」と呼びます。)
同ウェブサイトには、
YouTubeをはじめ、Twitter、Google検索等で毎日頻繁に利用されている「ゆっくり茶番劇」という名称は、柚葉企画の商標です。この商標を無断で使用することは原則として認めておりません。
当該商標「ゆっくり茶番劇」及び類似語句を使用する場合は、当社の許可が必要になる場合が御座います。
との記載がありました。
また、同ウェブサイトに掲載された「ゆっくり茶番劇の商標使用に関する要綱(ガイドライン)」には、
本件商標を使用しようとする者は、あらかじめ「ゆっくり茶番劇」商標使用許可申請書(中略)を提出し、当社の許可を受けなければならない。
ただし、次の申請を除外される事項のいずれかに該当する場合は、この限りでない。
申請を除外される事項:商用利用以外の使用(媒体問わず金銭の発生しない利用に限る。
但し広告及び宣伝への利用の場合は、商用利用と見なし申請を必要とする。
と記載され、更に、使用料について、
本件商標の使用料は、有料とする。
商標の使用料は年単位とする。年間使用料 100,000円(税別)
との記載がありました。
このように、これまで多くの動画投稿者によって使用されてきた「ゆっくり茶番劇」という投稿動画のカテゴリー名について、柚葉氏が、今後は「ゆっくり茶番劇」の商標の商用利用に対して年間10万円の使用料を課す方針を表明したことから、柚葉氏に対する大きな反発が巻き起こりました。
2022年5月15日には、特許庁のウェブサイトが一時アクセスできなくなる状態に陥りましたが、これは、「ゆっくり茶番劇」に商標登録を付与したことに反発する人達(あるいは、それに便乗した愉快犯)が、特許庁のサーバーに対して攻撃を仕掛けたことによるものではないかと言われています。
また、「ゆっくり茶番劇」の商標出願を代理した特許事務所に対する爆破予告がなされ、5月16日には、特許事務所がウェブサイト上で謝罪するという、異例の事態になりました。
その後、柚葉氏は、2022年5月16日の夜に、「皆様からのご意見を受け、関係各所と再検討しましたところ、使用料のお支払いは不要と定めることに決定致しました。」というツイートを投稿しました。
しかしながら、柚葉氏が商標権自体は存続させる意向を示したことから、なおも、柚葉氏に反発する人達からは、使用料を課さないだけでは足りず、柚葉氏は商標権を放棄すべきである、との声が上がっています。
過去の似た事案について
世の中に既に出回っており、一般的に使用されている名称・キャラクター等について、ある企業が商標出願をして商標登録を得ようとした結果、世間から大きな反発を招いて「炎上」するという事案は、これまでにもありました。
2005年には、エイベックスの関連会社が「のまネコ」に関連する商標出願をして、大きな反発を招く事態が発生しました(後に出願取下げ)。
また、最近では、2020年6月に電通が「アマビエ」の商標出願をして、やはり大きな反発を招きました(後に出願取下げ)。
若干の検討(私見)
今回の「ゆっくり茶番劇」の件については、既に広く使用されている投稿動画のカテゴリー名について、後から商標登録を取得して使用料を徴収しようとしていた柚葉氏の方針が批難されていますが、それ以外にも、特許庁が商標登録を認めたこと自体がおかしいとの声が上がっています。
また、「ゆっくり茶番劇」の商標登録については、無効審判により無効とすべきではないか、という指摘もあります。
さらに、柚葉氏が「ゆっくり茶番劇」について商標登録を取得したことにより、今後、柚葉氏から許諾を得なければ、「ゆっくり茶番劇」の動画を投稿することはできないのではないか、という心配の声も上がっています。
これらの点について、以下では、若干の私見を述べたいと思います。なお、以下はあくまで筆者の私見であり、筆者が所属する事務所または事務所の依頼者の見解とは無関係です。
(1)「ゆっくり茶番劇」の商標登録を認めた特許庁の判断は誤りだったのか?
商標法には、どのような商標が商標登録を受けることができ、どのような商標が商標登録を受けることができないのかが、詳細に規定されています(商標法第3条1項、第4条)。
商標出願がなされると、特許庁の審査官は、その商標が商標登録を受けることができない商標に該当するか否かを検討し、いずれかに該当する場合には商標登録を拒絶し(通常は、まず拒絶理由を通知して、出願人に反論の機会を与えます)、そうでなければ商標登録を認めます。従って、今回の「ゆっくり茶番劇」の商標登録が認められたということは、特許庁の審査官が、「ゆっくり茶番劇」は、特許法第3条1項および第4条に列挙されている、商標登録を受けることができない商標には該当しない、と判断したことになります。
今回の「ゆっくり茶番劇」が関係する可能性がある条項としては、以下の3つの条項が挙げられます。
その役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標(商標法第3条1項3号)
需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標(商標法第3条1項6号)
公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標(商標法第4条1項7号)
このいずれかに該当する商標は、商標登録を受けることができません。
「ゆっくり茶番劇」が商標法3条1項3号に該当するという議論としては、例えば、「ゆっくり茶番劇」の語は、「東方Project」の二次創作である、合成音声を使った動画の一カテゴリーを意味するため、出願人が「ゆっくり茶番劇」の語を使って動画配信を行ったとしても、「ゆっくり茶番劇」というカテゴリーに属する動画の配信であると認識されるに留まり、役務の性質・品質を示すものに過ぎない、という議論が考えられます。
ただ、この議論が成り立つためには、「ゆっくり茶番劇」の語が「東方Project」の二次創作である、合成音声を使った動画の一カテゴリーを意味する語として、需要者(サービスを受ける人)に認識されている必要があります。
「ゆっくり茶番劇」という語それ自体は、「動きが遅いさま」を意味する「ゆっくり」の語と、「結末や意図が分かりきっているようなばかばかしい行い」を意味する「茶番劇」の語を組み合わせたものであり、辞書をいくら読んでも、「『東方Project』の二次創作である、合成音声を使った動画の一カテゴリー」という意味にはたどり着きません。そうすると、辞書に書かれている意味を離れて、「ゆっくり茶番劇」が前述のような意味を有する語として需要者に認識されている必要がありますが、もし、特許庁の審査官が「東方Project」や、「ゆっくり」の語の元ネタとなった「ゆっくりしていってね!」について何も知らなかったとしたら、審査官がインターネットで「ゆっくり茶番劇」について検索したとしても、前述のように認識されている語であると審査官が理解するのは、相当に難しいと思います。筆者としても、「東方Project」や「ゆっくりしていってね!」について何も知らない人に、一から「ゆっくり茶番劇」とは何かを説明するとなったら、相当に苦労すると思いますので、ましてや、何も知らない特許庁の審査官がノーヒントで前述の理解に到達するのは、かなり難しいのではないでしょうか。
商標法第3条1項6号については、例えば、「ゆっくり茶番劇」という語は既に大勢の人によって幅広く使用されている語であり、特定の誰かが独占的に使用している訳ではないから、出願人が「ゆっくり茶番劇」の語を使ったとしても、需要者は、特定の誰かが行っている動画配信であるとは認識できない、という議論が考えられます。
こちらの議論の方が、「ゆっくり茶番劇」の意味を探求する必要がない分、商標法第3条1項3号に基づく議論よりも、ハードルは低いかも知れません。ただ、今回の「ゆっくり茶番劇」の出願に対しては、審査官は商標法第3条1項6号に基づく拒絶理由も通知してません。従って、審査官としては、「ゆっくり茶番劇」という語が既に大勢の人によって幅広く使用されている訳ではない(少なくとも、商標法第3条1項6号に基づく拒絶理由を通知する程に幅広く使用されている訳ではない)と考えたのではないかと推測されます。
筆者の個人的な感想としては、インターネットで検索すれば「ゆっくり茶番劇」がヒットした以上、商標法第3条1項6号に基づく拒絶理由を通知した上で出願人に反論させるのが、特許庁の審査官の仕事のあり方としては、より丁寧だったのではないか、と思わなくもありません。ただ、これも、今回の騒動が実際に起きてからの後知恵であり、一人で多数の商標出願の審査を抱える特許庁の審査官が、一件一件の出願についてそこまで丁寧に対応することが果たして現実的なのか、という問題もあるかと思います。(なお、特許庁の審査官は慢性的な人手不足であることを指摘されています。)
商標法第4条1項7号については、例えば、「ゆっくり茶番劇」という語は既に大勢の人によって幅広く使用されている語であるにも関わらず誰も商標登録を受けていなかったところ、出願人はその点に着目して金銭を得ようと考え、不正な利益を得る目的で今回の出願をしたのであるから、公序良俗に反する、という議論が考えられます。
ただ、この議論は、商標登録後に柚葉氏が商標権に基づいて使用料を徴収しようとした、という、商標登録後の事情も考慮すればそれなりの説得力はあるものの、商標登録前の、特許庁による審査の段階(その時点ではまだ、柚葉氏は使用料を徴収する方針であることを表明していません)において、出願人が不正な利益を得る目的で今回の出願をしたと審査官が認定することは、かなり困難ではないかと思われます。
以上からすると、今回の「ゆっくり茶番劇」の出願に対し、特許庁の審査官が拒絶理由を一切通知することなく登録を認めたのは、疑問に思う点が全くない訳ではないものの、その判断が完全な誤りであったとまでは、必ずしも言い切れないように思われます。
なお、特許庁の審査官が、「ゆっくり茶番劇」の語は商標法第3条1項3号、第3条1項6号および第4条1項7号に該当せず、商標登録を受けられると判断したからといって、その判断が完全に確定した訳ではありません。
今回の「ゆっくり茶番劇」の商標登録に対しては、商標登録無効審判を請求することができ、その中で、「ゆっくり茶番劇」は上記の条項のいずれかに該当する、と主張することが可能です。無効審判では、審査官とは別の、特許庁の審判官3名からなる合議体が、そのような主張の是非について判断し、主張が認められると判断した場合には、商標登録を無効にします。
ちなみに、商標法第3条1項3号・6号に基づく無効審判は、商標登録の日から5年以内に請求する必要があります(5年を過ぎると、無効にするハードルが飛躍的に上がります)。これに対し、商標法第4条1項7号に基づく無効審判は、そのような期間制限はありません。
(2)無効審判ではどのような主張が考えられる?
「ゆっくり茶番劇」の商標登録に対して無効審判を請求する場合、どのような主張が考えられるでしょうか。
この点、(1)で説明した商標法第3条1項3号、第3条1項6号および第4条1項7号は、いずれも無効審判で商標登録の無効理由として主張することができますので、これらの規定に該当する、という主張が考えられます。
また、(1)で説明したのとは違う観点からの無効理由として、今回の出願人が、柚葉氏に名義を貸していた点を主張することも考えられます。
すなわち、柚葉氏は、2022年5月16日のツイートで、「名義人を依頼している方の賃貸物件に実害(犯罪行為)が及びました。」と呟いており、出願人とされている熊本県在住の個人は、実際には柚葉氏に名義を貸していたに過ぎないことを認めています。
他方、商標法第3条1項柱書は、
自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、(中略)商標登録を受けることができる。
と規定しており、出願人が自分自身の業務に関する商品・役務について商標を使用している、または使用する意思を有していることが、商標登録を受けるための要件となっています。
柚葉氏に名義を貸しているに過ぎない人は、「ゆっくり茶番劇」を自分で使う意思はないでしょうから、今回の出願は商標法第3条1項柱書に違反する、という議論が考えられるところです。
仮に、筆者が、「ゆっくり茶番劇」に対して無効審判を請求することを依頼された場合には、商標法第3条1項3号、第3条1項6号、第4条1項7号および第3条1項柱書を全て、無効理由として主張することになると思います。今回の「ゆっくり茶番劇」に商標登録に対しては、無効理由をどれだけ主張したとしても、無効審判請求にかかる印紙代は55,000円であり、いずれかの無効理由が成り立てば商標登録は無効になりますので、なるべく様々な観点から無効理由を主張することになると思います。
なお、無効審判を請求して前述のような無効理由を主張した場合に、「ゆっくり茶番劇」の商標登録を無効にすることができるか否かについては、「実際にやってみないと分からない」というのが正直なところですが、筆者の個人的な感想としては、無効にできる可能性は十分にあるように思われます。今回の件がここまで大きな騒動になってしまった以上、無効審判が請求された場合には、特許庁としても、相当に真剣に審理・検討を行うのではないでしょうか。
(3)柚葉氏から許諾を受けないと「ゆっくり茶番劇」の動画を投稿できないのか?
まず、注意すべき点は、今回、商標登録されたのは「ゆっくり茶番劇」の文字商標であり、商標権者が差し止めることができるのは「ゆっくり茶番劇」またはこれに類似する商標の使用に留まる、という点です。
従って、合成音声を使った「東方Project」の二次創作の物語動画を投稿すること自体は、今回の商標権を侵害するものではありません。
それでは、「ゆっくり茶番劇」の文字を、例えば動画のタイトルに使用した場合には、商標権を侵害するのでしょうか?
実は、この点は、必ずしも黒であるとはいえません。というのも、商標権侵害となるためには、商標の使用が「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様によ(る)使用」(商標法第26条1項6号)である必要があり、そのような使用(商標的使用)でない使用は、商標権侵害とはならないためです。
例えば、「ゆっくり茶番劇」の語を、動画のカテゴリー名であることが分かるような態様で使用した場合には、そのような使用は商標的使用ではないと考えられます。動画のカテゴリー名は、多くの動画投稿者が、自分が制作した動画がそのカテゴリーに属することを示すために使用するものであり、ある特定の人が提供する役務であることを示すものではないからです。
ただ、実際に、「ゆっくり茶番劇」の語が、動画のカテゴリー名であることが分かるような態様で使用されているか否かは、動画投稿者の主観的な意図で決まる訳ではなく、客観的な事情に基づいて、裁判所がケースバイケースで判断しますので、商標的使用であるかの否かの判断が微妙なケースも存在すると予想されます。
そのような意味では、「ゆっくり茶番劇」の商標登録が残っている限りは、「ゆっくり茶番劇」の使用が100%安全になる訳ではなく、商標権侵害とされるリスクは残ることになりますので、注意が必要です。
なお、商標法第26条1項6号以外に、商標登録が無効であること、あるいは商標権の行使が権利の濫用であることを、併せて主張することも考えられます。
商標登録が無効であるという主張については、(2)で説明したとおりです。
また、権利の濫用であるという主張は、例えば、「ゆっくり茶番劇」という語は既に大勢の人によって幅広く使用されている語であるにも関わらず誰も商標登録を受けていなかったところ、出願人はその点に着目して金銭を得ようと考え、不正な利益を得る目的で今回の出願をし、商標登録を受けたのであるから、そのような商標権を行使することは権利の濫用である、という主張が考えられます。
ただ、これらの主張が認められるか否かも、やはり、裁判所の判断次第ですので、「ゆっくり茶番劇」の商標登録が残っている限りは、商標権侵害とされるリスクは残ることになります。
(文責:弁護士・弁理士 乾 裕介)