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落としたのは恋心でしたⅠ

「ごめん、もう君とは付き合えない。」

高校生からずっと付き合ってきた彼女と別れることにした。
理由は彼女の浮気だ。

『待って…!私…変わるから…‼︎お願い…!』

「ごめん。もう、信じられない。」

サヨナラ。

そう言い残して僕はその場を後にした―

初めは信じられなかった。
まさか彼女が浮気をしていたなんて。

別れてから数日経った今もずっと好きだった彼女のことをそんなにすぐ嫌いになることなんてできなかった。


友:お前さ。いつまで経っても事実は変わらないと思うけど。

○:いや、まぁそうだけどさ…。

友:認めてもうキッパリ諦めろよ。


未練ばかりの僕に投げかけられた友人からの重い一言は胸にグサリと突き刺さった。

「じゃ、早く帰って寝ろよ。」

そうは言われたものの気持ちの整理をつけるために少し遠回りすることにした。

一人になると夏なのにどこか空気が冷たくて、寂しくて。
心細さを感じていた時だった。


?:あの…!

○:…?

?:これ…落としましたよ?

差し出された彼女の右手には何も見当たらなかった。


○:僕、何か落としました…?

?:はい。

○:すみません。僕には見えないんですけど…。

?:恋心。

○:は…?

?:心ここに在らずという様子で歩いていたので。

彼女は一体何を言っているのかさっぱりわからず何か得体の知れない危ない人に遭遇してしまったのかも知れないと恐怖を感じた。

○:ちょっと…すみません…失礼します。

?:待って…!

○:…?

?:私も今日、彼氏の浮気が原因で別れたんです。

○:…。

?:きっと同じだろうと思って話しかけました。

○:どうして…

?:実はさっきのお店で話を聞いちゃって。

盗み聞きをされていたことに対して嫌悪感を感じて語気を強くした。

〇:それで、本当の目的は何ですか?
まさか傷のなめ合いするために話しかけたわけじゃないですよね。

?:お家に泊めてほしいなぁって…

〇:は…?

?:私彼氏と帰る家を同時に失っちゃって…。
だから、今晩だけでいいので!お願いします…!!

〇:無理ですよ。
大体、名前も知らない貴女のことをどうして泊めなきゃいけないんですか。

?:おかしなこと言ってるのは重々承知なんです!
それでもお願いします!

彼女は深々と僕にお辞儀をした。

〇:無理です。

?:お願いします…!!
なんでもしますから…!

〇:もし泊めるとしても見返りなんて求めませんし、僕は名前も知らない貴女を自宅に泊めるほど軽率な男じゃありません。
失礼します。

逃げるようにその場を後にして自宅へ帰るとすぐに窓に大粒の雨が打ち付けだした。
それがまるであの時の僕の涙みたいだった―

ふと思い立って元カノが置いて行った物品を段ボールの中にまとめ始めた。
同棲していたわけじゃないけれど、休日はよく一緒に過ごしていた。
その記憶を一つ一つ集めるように漫画や洋服を丁寧に段ボールに収めていき、それが終わったころには時計は1時を回っていた。

バタン

大きな物音が玄関のほうから聞こえた。
恐る恐る扉を開くと雨でびしょ濡れの女性が横たわっていた。

〇:え…?ちょっ…!?
大丈夫ですか!?

何度か体を揺すって声をかけてみるものの全く返事がない。
聞こえるのはゼェゼェと荒くなった息遣いだけ。

〇:失礼します…って…あの時の…!?

熱があるかを確かめるためにうつ伏せだった体を仰向けにしたとき、ようやく気付いた。
しかし、今はそんな場合ではない。

〇:うわっ…すごい熱だ…

すぐにでも手当てしなければきっと危ない。
そう思った僕は急いで部屋に運び入れた―

まずはどうするべきか。
おそらく体温の低下を防ぐ為にびしょびしょに濡れた服を着替えさせるべきなのだろう。

〇:くっ…

しかし、どうしても罪悪感から踏み出すことができない。
名前も知らない。ただ道端で話しかけられただけの女性。
いくら手当てという正当な理由があってもそんなことして後で訴えられたらたまったものではない。

?:うっ…ハァハァ…

〇:仕方ない…仕方ないことだから…

自分にそう言い聞かせて恐る恐る彼女の着ていたものを脱がせてすぐさま用意した服に着替えさせてベッドへと運んだ。

あとは濡らしたタオルや氷嚢代わりのジップロックを使って熱が下がりそうな部位に当てて様子を見ることにした。

その間も彼女にずっと付きっきりでしばらくしたらタオルをまた濡らしなおしたり、氷嚢の中の氷が水になってしまったことに気づけばすぐに冷凍庫から氷を持ってきたりとできるだけのことはした。

それから一時間くらいが経っただろうか。
スーッと透き通った寝息を立てて眠るようになった。

〇:はぁ…よかった…

安心感からか一気に体から力が抜けて気を失うようにベッドにもたれかかったまま眠りについてしまっていた―

翌朝

?:あ…

〇:…

?:あ…の…

〇:…

?:あのっ!!

〇:うわっ…!?

?:お、おはようございます…。

○:あ…どうも…。

?:私のこと助けてくださったんですか…?

○:えぇ…まぁ…。

?:ありがとうございました…。

○:いえ…。

グ~

どこからともなくお腹が鳴る音がした。

?:あっ…

○:何か…食べますか?

?:だ、大丈夫です…!!
これ以上迷惑か…

グ~

○:…。

?:…。

?:やっぱり食べます…。

○:わかりました。
お粥作るんでしばらく休んでてください。

?:ありがとうございます…。


お粥を完成させるとすぐにダイニングに呼び出した。
彼女は恐る恐る寝室から出てくるとちょこんと椅子に座った。

○:どうぞ。

?:ありがとうございます…。
頂きます。

○:…。

?:美味しい…

○:まぁ、レトルトなんで。

?:…。

○:聞きたいことがあるんですけどいいですか?

?:はい。

○:どうして僕の部屋の前で倒れてたんですか?

?:昨夜別れた後に後ろからこっそりつけて来ちゃいました…。

○:ストーカー…。

?:ぐうの音も出ないです…。

申し訳なさそうに小さく頭を下げると急に思い出したみたいに頭を勢いよく上げて僕に視線を向けてきた。

〇:な、なんですか…?

?:私も聞きたいことがあります。

○:なんでしょう…?

?:私の裸見ましたね?

○:…。

?:変態。

○:不可抗力です!!
全くそんなつもりはないし、できるだけ見ないようにって目をそらしながら…

?:…。

○:すみませんでした。
たしかに見ました。
言い逃れしません…どうかお許しを…

深々と頭を下げて目を閉じる。

?:なんでもしてくれるんですか?

○:許していただけるのであれば…

?:じゃあ、ここに私を住まわせてください。

○:はい?

驚きの表情とともに顔を上げてすぐさま彼女に目を向けた。

?:だって、さっきなんでもするって言いましたよね?

○:いや、それとこれとは…

?:"なんでも"。

○:…。

?:いいですよね?

○:わかりました…。

?:やった〜!

○:…。

?:あ、もうひとつ質問してもいいですか?

○:どうぞ。

?:お名前は?

○:は?

?:いや、だからお名前は?

○:今更…ってそんなこと聞くなら自分から名乗ったらどうですか⁉︎

?:あれ?言ってませんでしたっけ?

○:はい、一度も聞いてません。

遠:遠藤さくらです。
今日からよろしくお願いします!

○:よ、よろしくお願いします…。

よろしくと挨拶を交わした後、彼女はその丸くてつぶらな瞳で僕をじっと見つめ始めた。

○:え…?

遠:お名前は?

○:あぁ…○○です。

遠:○○さんですね!
改めてよろしくお願いします!

○:よろしくお願いします…。

遠:で!

○:で?

遠:お洋服買いに行っていいですか⁉︎

○:え?
あぁどうぞ。

遠:…。

○:?

遠:洋服買いに行きたいな〜!

○:どうぞ。
ご自由に。

遠:…。

○:なんですか?

遠:洋服…買いに行きたい…。

○:だから、どうぞって言ってるじゃないですか?
まさか僕があなたが出かけたすきに鍵をかけて入れないようにするんじゃないかって疑ってるんですか?

遠:あ、そんなことしようとしてたんですか?

〇:そんなわけないでしょう…。

遠:うわぁ…悪い人の顔してる…

〇:人聞き悪いこと言わないでください。

遠:はい、それで〇〇さん
お洋服買いに行きたいです。

〇:どうぞ。

遠:ちーがーうー!

〇:何が?

遠:そこは「一緒にいこっか?」でしょ‼︎

○:え?なんで?

遠:○○さん女心わかってなさすぎ!

○:…。

遠:あ…すみません…。

○:いえ…。

遠:じゃ…じゃあ…
一人で行ってきま…

○:いいですよ。行きましょ?
一緒に。

そういうと彼女はみるみるうちに笑顔になる。

遠:えぇ~私と一緒に行きたいんですか~?
仕方な…

○:あ、やっぱやめ…

遠:あー!ストップ!
行きます!行きましょう?
ね?ね?

○:仕方ないな…

どうやら僕は駆け引きに勝ったらしい。
彼女は悔しそうにおかゆを口いっぱいに掻き込んだ。


遠:あ。

〇:ん?

遠:そういえば私のお洋服ってどうしたんですか?

○:洗濯物に出しました。

遠:えっ…てことは…

○:まだ、乾いてないです。

遠:私、お洋服ない…

○:あー、じゃあ僕のでよければ…

遠:ほんとですか⁉︎

寝室で食べさせていたこともあってすぐ隣のクローゼットを開けてなんとなく洋服を見せた。

○:着られるのありますかね?

遠:うーん…。

遠:これと、これと、これ貸してください!

○:じゃあ、このままかけておくので食べ終わったらどうぞ。

遠:あ、食べ終わりました!

〇:なら、洗うんで受け取ります。

遠:ありがとうございます!
ごちそうさまでした!

〇:いえ。

遠:よいしょっと

彼女は別途から出るとすぐにジャージを脱ぎ出した。

○:ちょ…ちょっと待ってください‼︎

遠:ん?なんですか?

○:ここ、家じゃない‼︎
ここ、一応人の家‼︎

遠:いや、私の家ですけど?

○:いや…そうだけど違うでしょ⁉︎
そもそも、僕がいるのに何脱ごうとてるんですか⁉︎
僕にこれ以上罪を重ねさせるつもりですか!?

遠:え、いいじゃないですか。
どうせ昨日見たんだし。

○:いや…まぁ…そうだけど…って!違うわ‼︎
あれはあれ‼︎これはこれですよ!

遠:○○さんなら大丈夫ですよ。
意気地なしだし。

○:ナメてます?

遠:はい。

○:…。

○:はぁ…先に外で待ってるので着替えてきてください。

遠:え〜別にいいのに〜

見た目によらず清楚感が微塵もない。
多少は恥じらって僕が寝室を出るまで脱いだりなんかしないはずだ。
ひょんなことで同居人となったとはいえ、あまりにも無防備すぎる彼女と暮らしていけるのか先が思いやられる。

ガラガラガラッツ

そんなことを考えているうちに部屋から服を見事に着こなした遠藤さんが出てきた。

遠:どうですか?


ひらりと回って手を後ろで組んだ。

○:えっ…?あぁ、いいと思いますよ。

遠:ありがとうございます。

○:いえ。

遠:それじゃ行きましょっか?

○:はい

彼女の希望でやってきた近所の大型商業施設。
ファッションなどには非常に疎い僕にとって彼女が選ぶ服はどれもおしゃれに見えてなぜ即決せずにそんなに悩むのか理解に苦しむほどだ。

遠:ね!○○さん!
こっちとこっちどっちがいいと思いますか?

〇:えっ!?

遠藤:ん?
何をそんなに驚いているんですか?

〇:あ、いや…油断してました。

遠藤:油断?

〇:まさか聞かれるとは思ってもみなくて。

遠:ふふっ、油断はだめですよ~

〇:…。

遠:それで!
どっちがいいですか?

〇:うーん…

遠:こっち?
それともこっち?

彼女は自分に服をあてがってポーズをとる。

〇:じゃあ…こっちで。

遠:なるほど~

〇:なるほどって…?

遠:○○さんの好みわかった気がします!

〇:え、なんか嫌だ。

遠:何でですか⁉

〇:いや、別に。

遠:気になる!!

〇:教えません。

遠:…。

〇:何も言いませんよ。

遠:いいですよ!
それよりおなかすきました
ご飯食べましょ

〇:あ、はい。

フードコートに移動すると一応平日ということもあって、いくつか席が空いていた。

〇:そこ、座りましょうか

遠:はい

〇:じゃあ、僕はここで一度待ってるので好きなもの買ってきてください

遠:わかりました!
いってきます!

笑顔で食事を選びに行った彼女の姿を見送り昨日ぶりにスマートフォンを開いて頭を抱えた。

「不在着信10件」

〇:はぁ…

遠:どうしたんですか?
そんなため息なんてついて。

〇:あぁ、早いですね…

遠:食べたいものは決まってたので!
それより話、聞きましょうか?

〇:…。

遠:気が向いたらでいいので。
私はいつまでも待ちますから。

〇:…。

ピピピ

遠:あ、ステーキが私を呼んでいる!

彼女は勢いよく席を飛び出して店に駆けていった。

?:〇〇…?

彼女が飛び出して行ったあとすぐに声をかけられて僕は体をびくりと震わせた。
聞きたくない声。
最悪の相手。
その声がした時には遅かった。

○:なんで…。

?:そっちこそどうして電話出てくれないの…?

○:…。

?:ねぇ、教えてよ…

僕は答えられずにただ黙ることしかできなかった―

遠:ん〜!いい匂い!

ウキウキで○○さんの元へ戻ろうとすると彼は暗い表情で誰かと話している。

遠:あれは…

?:ねぇ…どうして?

○:…。

遠:お待たせ!○○!
あれ?そちらの方は?

私がそう聞くと〇〇さんは苦しそうな表情で答えた。

○:知らない人…。

遠:そっか!

?:…。

○○さんと話していた女性は目に涙を浮かべながら走り去って行った。


遠:わー!美味しそー!

○:遠藤さん…。

遠:どうしました?

出来るだけの笑顔で答える。


○:僕、先に帰ってもいいですか…?

遠:いいですよ!

○:ごめんなさい…。

遠:あ、鍵開けておいてくださいね!

○:…。

食事を終えて○○さんの家に帰る。

ガチャガチャ

遠:やっぱり…

突然、大雨が降り雷が鳴り始めた。
鍵がかかったままの部屋はそこに主がいないことを意味していた―

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