君と出会ってⅡ
「いいねが届きました」
1ヶ月やってきて初めての通知。
僕は恐る恐る相手を確認した。
「さく 28歳 東京」
本が好きです。
休みの日は一歩も外に出ないことが多いです。
簡素なプロフィール文に顔の写っていないプロフィール画像だけ。
見たところいいねの数もそれほど多くない。
きっとアイツなら
「やめとけ!そういう人ほど上手く行かずに終わりだし、もし上手くいって会う事になっても顔見たらお前が幻滅するかもしれないぞ?」
と言ってくるに違いない。
現にコツみたいなものを教わった時もプロフィール画が自分の顔になっていて複数枚写真を登録している人、ちゃんと自己紹介が書かれている人というのを重視してやるべきだと言われた。
そしてこの人はまさにこの条件と正反対の相手だった。
○:うわ、どうしよ…
とりあえず1時間くらい考えよう。
――
「初めまして○○です。
いいねありがとうございます。
よろしくお願いします。」
結局返すことにした。
今のところ相手は1人もいなかったし、わざわざ向こうからいいねを送ってくれたその好意を無視することなんて僕にはできなかった。
それに、もしダメだとしてもとりあえず経験になるだろうし…
そう言い聞かせて僕はメッセージを送った。
しかし、送ってからとんでもなくありきたりな文章を送ってしまったことに気づいて後悔した。
たしかこれはアイツに「絶対にやるな!」って言われた文章だ。
面白みがない男だと思われるらしい。
もうダメだろうな…
なんて考えながらスマフォを手放してそそくさ眠りについたのだった。
――
○:おはようございます
?:あ、○○さん!
おはようございます!
○:井上さん、今日も早いね。
井:そんなことないです!
○:ちなみに昨日出してくれた資料
よくできてたよ
井:ほんとですか!
○:うん、さすが井上さんだね
井:いやいや、○○さんのおかげです
○:いやいや
彼女が入社した直後、いきなり僕が教育係に任命された頃が懐かしくなるくらいすっかり仕事のできる後輩だ。
なのには相変わらず純粋なままで僕に話しかけてくれるし、一緒に仕事をする時はいまだに僕を頼ってくれる。
いい後輩を持ったなとしみじみしていると
井:あの…
○:ん?
井:もしよかったらなんですけど、今晩空いてますか?
○:あー、うん
空いてるけど
井:よかった〜
じゃあ明日土日なのでちょうどいいし飲みにいきませんか?
○:うん、いいよ。
アイツも誘って…
井:今日は2人がいいです。
○:え?
井:実は○○さんに相談があって…
○:相談?
井:はい、どうしても○○さんに聞いて欲しくて
○:あぁ、そうだったんだ
なら、2人の方がいいか
井:はい!2人がいいです
○:うん、わかった
じゃあ、仕事終わったら
井:はい!
―――
迎えた昼休み。
アイツは今日外周りだっていうから1人で行きつけの洋食屋に来た。
いつものように欧風カレーを頼んで窓の外を見ていると携帯に通知が一件とどいた。
「はじめまして、さくです。
よろしくお願いします。」
そういえばすっかり忘れていた。
それにまさかメッセージが返ってくるなんて思っても見なかった僕は急に落ち着かなくなった。
どうしようなんと返信すれば…
彼女の情報はプロフィールから読み取るに
「同い年」「本」「写真の着物」の三つだけ。
正直どれをとっても僕には守備範囲外のことで話せる話題なんて思い当たらなかった。
店:お待たせしました
欧風ビーフカレーです
○:えっ⁉︎あ、あぁ…ありがとうございます…
店:いえ、ごゆっくり。
○:…。
取り乱してしまった。
昼時ともあって店内はそれなりに人がいて少し恥ずかしい思いをした。
とりあえず、落ち着くまでこのことは考えないでおこうと決めて僕はカレーを食べることにした。
一心不乱にカレーをかき込みできるだけ相手のことを考えないようにカレーのことだけを考えた。
するといつもはダラダラと30分くらいかけて食べるのに10分もかからずに完食してしまった。
○:これじゃ考える時間が伸びただけじゃん…
しかし、この忙しい昼時に追加注文は申し訳ない。
ここは諦めてこの相手と向き合うことにした。
○:ごちそうさまでした
店:ありがとうございました〜
また来てくださいね!
○:はい
カランカラン
とりあえず会社までの帰り道で確実に返信をしようと心に決めて店を出た。
同い年…本…着物…一体どれが…
?:○○くんっ!
○:うわっ…⁉︎
?:どうかしたの?
○:なんだ…久保さんか…
久:あー、久保さんやめてってこの前も言ったのに
○:仕方ないでしょ。
もう慣れちゃったんだし。
久:はぁー、まぁ○○くんらしいか
○:うん、そういうことにしておいて
久:それで、どうかしたの?
○:ん?
久:こんなところでスマフォと睨めっこして。
ながらスマフォは危ないよ?
○:あぁ、うん。
えーっと…なんでもない。
久:え〜気になる
○:気にしないで
久:気になる
○:気に…
久:えいっ!
○:はっ⁉︎
久:どれどれ…
「はじめまして、さくです。
よろしくお願いします。」
○:ちょ、ちょっと!返して!
久:もしかして、マッチングアプリとか⁉︎
○:う、うるさいな!
ほっといてよ!
久:え〜せっかく同期の恋活を応援してあげようと思ったのに〜
○:え?ほんと?
久:ほんと!
○:い、いいの…?
久:いいよ?
○:じゃ、じゃあ…その…ちょっと相談があって…
――――
久保さんに事のあらましを全て話した。
久:なるほどね
とにかく成就はしなくてもいいけど練習がしたいと
○:ま、まぁ…その…ストレートに言うとそうかもしれない…
久:まぁ、でもこの人のプロフィールだとちょっと情報が少なすぎるよね
○:だ、だよね!
だからその…
久:じゃあ、聞き出すしかないでしょ?
○:え?
久:ほら、例えば好きな本のジャンルとか!
ミステリー、SF、恋愛、ホラー色々あるでしょう?
○:あぁ、確かに
久:こういう時はさ
嘘ついてもいいから「僕も本好きでよく読むんですけど、さくさんはどんな本読むんですか?」とかさ
○:あ、それ採用
久:え?
○:え?
久:なんの捻りもない文章で大丈夫なの?
○:まぁ、その方が僕らしいでしょ?
久:んー、まぁいっか…
○:よし、送った
久:返信、返ってくるといいね〜
○:うん
あ、そういえば
久:ん?
○:最近、彼氏さんとどうなの?
久:ん?あぁ、この前温泉旅行行った
○:へぇ、どこに?
久:東北!
4日間くらい
○:東北か
確か久保さん宮城出身だよね?
久:そう!覚えててくれたんだ
○:まぁ、入社直後の懇親会みたいなので東北について熱弁されたからね
久:あれ?そうだっけ?
○:うん、まぁ
それはいいよ
久:うん、あ、それでさー!
彼が「史緒里と旅行なんて嬉しい!」とか真っ直ぐ言ってくれるから嬉しくって!
○:へぇ、いい人だね
久:でしょー!
それで…
僕も誰かと付き合うことになったら相手にそう真っ直ぐ伝えられるだろうか。
「好き」とか「一緒にいて楽しい」とか。
よく聞く。
言葉にしないと相手に伝わらないのに僕たち人間は「わかってくれている」と思い込んで伝えようとしないって。
だから、人は別れを繰り返すのだと。
まぁ、もちろん僕もそうだったし。
今、彼女はどこで何をしているのだろう。
幸せになれただろうか。
あんなに素敵な人だったしもう結婚しててもおかしくないかな。
そんなことを考えながら久保さんと会社までの道のりをゆっくりと歩いたのだった―