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夏が始まった。
さわやかに晴れた夏の日。
涼しい風が時折吹き抜け、夏の匂いとともに彼女の髪がそっと靡く。
視界を黄色いっぱいに染める向日葵たち。
それに負けない笑顔をはじけさせるあの人の横顔に胸がドキドキと高鳴る。

横目でもその表情がはっきりとわかるのはきっと何度もあの笑顔を見てきたから。
初めはなんとも思っていなかったはずなのに今では見るたびに眩しく見える。
まるで太陽みたいに。


「○○君!もう少しだよ!」
彼女が僕を見てそう呼びかける。
それだけで嬉しくて口角が上がってしまいそうな気分だ。
しかし、そんなそぶりは見せないように涼しい顔で返事を返す。


最近仲良くなったばかりで未だに彼女のことを僕はほとんど知らない。
それは彼女も同じで、夏休みが始まる前に「お互いの好きなところ、気になるところに行ってみよう」と彼女が言い出したのだ。
今日はその一日目。



「着いた~!」
向日葵畑を抜けた先、少し開けた丘の頂点に二つベンチが置いてある。
「ここでお弁当を食べます!」
彼女は張り切ってそう言った。


〇:あ、もうお昼だった。

和:夏休みだからってダラダラしてお昼食べてないんでしょ~?

〇:ま、まぁ...

和:ダメだよ
ちゃんと食べないと

〇:わかってるって

和:とにかくそこで食べよ?

〇:うん


「いただきます」
ベンチは二つあるのに僕たちは一つのベンチにお弁当を挟んで座った。
実を言うとこんなに近づくのは初めてだ。
それだけで顔が赤くなってしまうような気がする。

〇:ベンチ、二つあるしさ
少し広く使わない?

和:え~だってこっちのほうがお互いにお弁当とりやすいし、話しやすいでしょ?

〇:それはそうかもだけど...

和:何~?
私に緊張してるの~?

〇:そ、そんなことないし!
何ならもっと近づいたって...

和:じゃあ遠慮なく~


彼女はお弁当箱を退けて肩がぶつかってしまいそうな距離に近づいた。


〇:ち、近いって...


緊張気味な僕に気づいてか彼女は僕をのぞき込みながら笑う。


和:だって、いいんでしょ?
近づいたって

〇:いや...そうは言ったけれど...

和:いいからいいから!


そう簡単に押し切って彼女は太ももの上でお弁当箱を開けた。


和:じゃ~ん
どう?

〇:全部井上さんが作ったの?

和:もちろん

〇:すごい...

和:えへへ、それじゃ食べよっか


手渡された割りばしを受け取って彼女におすすめを聞く。
どれを食べようか選べなかったから。
そして彼女が指さしたのは卵焼き。
頷いて箸を卵焼きに向けて伸ばしていくとふいに僕の利き手は彼女の左手に止められた。


和:ねぇ

〇:な、なに?

和:おすすめ取ってあげよか?

〇:い、いいよ...
自分で取れるし...


そう断ると彼女はお弁当を僕から遠ざけて自分の陰に隠してしまった。


和:これで取れないでしょ?

〇:取れない。
だから...

和:私に取ってもらわなきゃね?


彼女はそう言っていたずらっぽく笑う。


和:ほら、あーん。

〇:あー。


観念して口を小さく開く。


和:ほーら、そんなんじゃ食べられないよ?

〇:で、でも...

和:〇〇君って、意外に恥ずかしがり屋さんなんだね?

〇:そ、そんなことないし!


変に意地を張って大きく口を開く。
口が大きく開くごとに心臓の音も大きくなってゆく。


和:はい、よくできました~

〇:...。

和:どう?
おいしい?

〇:おいしい...

和:よかった~

〇:甘い卵焼き大好きだから。

和:そうだったの?

〇:うん

和:実は私も

〇:そ、そっか...。

和:運命かも?

〇:揶揄わないでよ

和:はいはい

〇:あのさ...

和:ん?

〇:その...もう一つもらっていいかな?

和:もちろん


そうして僕は自分の手元に用意された白米以外に箸を使うことなくお弁当を食べきった。


和:ごちそうさまでした~

〇:ごちそうさまでした

和:たくさん食べてもらえて嬉しかった

〇:おいしかったし、それに井上さんが私が取るって聞かないから。

和:だって、あそこじゃ取れないでしょ?

〇:...。


どうやら僕は彼女には勝てないらしい。
それからしばらく僕たちは向日葵畑をゆっくり歩いて回った―


夏らしく暖かくて優しい風が吹く夕暮れ。


和:今日はありがとう

〇:うん

和:今度は○○君の番だね。

〇:うん。

和:あのさ。

〇:何?

和:最後に一つだけ聞いていい?

〇:うん

和:○○君ってさ、好きな人とかいるの?


好きな人。
その人は紛れもなく目の前にいる井上さん。
しかし、そんな簡単に教えてしまうのが何だか格好悪い気がして「いる」とだけ伝えた。


和:そっか...

〇:井上さんは?

和:私は...秘密かな。

〇:井上さんだけ言わないなんてズルくない?

和:○○君も誰だか言ってないんだから同じようなもんでしょ?

〇:まぁ、それはそうだけど...。

和:はい!もうこの話は終わり!
今日は本当にありがとう。
また遊ぼうね。

〇:あ、待って...!!


僕が呼び止めても彼女は僕を振り払って家に走り込んでいった―


もっと早くに仲良くなるべきだった。
○○君には好きな人がいるらしい。
それを聞いた瞬間胸が苦しくなって私は逃げ込むように彼を振り払って自分の部屋に逃げ込んだ。

「ううっ...嫌だよ...ずっと好きだったのに...」

寄りかかった部屋のドアからゆっくりと崩れ落ちる。

一年生の春が終わる頃から彼のことが好きだった。
図書委員の仕事中、山積みになった本を崩してしまい慌てていた時彼が助けてくれたから。
たまたま廊下を歩いていた時に図書室から大きな音がして駆けつけてくれたらしい。
その優しさから彼に対して好意を抱いた。

和:あ、ありがとうございます…

○:いえ…それじゃ…

和:あ、あの…‼︎

○:?

和:名前…聞いてもいいですか…?

○:○○です。
隣のクラスの。

和:○○君…

○:それじゃ…


彼は颯爽と図書室から飛び出していった。

それから○○君に少しでも近づけるように、朝の準備の面倒くささからいつも結っていた髪をほどいて毎日早く起きて身支度するようになった。
そして朝は○○君を見かける度にさりげなく挨拶をして。
できるだけ隙を見つけたら話しかけて。
それから仲良くなるまでに二年を要したけれど、今ではこうして二人で出かけるまでに仲良くなれた。
しかし、こんなに頑張ってきたのに彼に好きな人がいるという事実で私の恋は挫折の危機に瀕している。


膝を抱えて丸まったまましばらくの間私は涙を流し続けた―


彼との約束の日。
気持ちは切り換えた。
もう私は後ろを向かない。
ダメだって決めつけてはいけない。
そう決意して私は家を出てきた。
いつもよりも気合を入れておめかししてきた。


彼の家のチャイムを鳴らす。
扉がゆっくり開いていくごとに胸がドンドンと大きな音を立てる。


〇:わざわざ来なくても迎えに行ったのに

和:だって、待ちきれなかったから
○○君がどんなところに連れて行ってくれるのか


本当は違う。
○○君と早く会いたかったから。

〇:そんな大層なところにはいかないよ?

和:いいの~

〇:じゃ、行くよ
ついてきて

和:うん


私は彼の後ろについて自転車を走らせた―


やってきたのは海。


〇:井上さんと海観ながら話したいなと思って。

和:そっか。

〇:って言っても話すだけじゃちょっと寂しいし、コンビニでアイスでも買ってこよっか。

和:うん


近くのコンビニで買ったのは二人ともチョコミント。
口に広がるさっぱりしつつも甘い味わいが大好きなアイス。
買うときに彼も同じだと言っていて気が合うと嬉しくなった。


〇:いただきます

和:いただきます

〇:やっぱり夏はこれだよね。

和:うん、毎日食べたいくらい!

〇:それは大げさじゃない?

和:ちょっとね

〇:はははっ

和:えへへ


しばらく笑い合った後、二人は静まり返ってしまった。


〇:すごい人だね。

和:夏だもんね。

〇:もしかしたらクラスの誰かがいたりするのかな?

和:かもね
見られたら勘違いされちゃうかも


冗談のつもりでそう言い放った言葉。
彼はそれを聞いて急に立ち上がった。

〇:僕はいいよ。
勘違いされても。

和:え...?

〇:実はさ
好きな人井上さんなんだ

和:...。

〇:ずっと素直になれなくて。
でも、今日告白しようと思って。

和:そっか...。

〇:急にごめんね。
さっきの冗談のつもりだったでしょ?

和:...。

〇:僕、振られても後悔しないから。
返事もらえるかな?

和:バカ。

〇:え?

和:振るわけないじゃん!

〇:えぇ!?

和:あんなに柄でもないアピールたくさんしたのに
どうして今の今まで気づいてくれなかったの!?

〇:ちょ、ちょっと落ち着いて!

和:落ち着けるわけがないじゃない!

〇:ごめんって!
そんなわけないって思ってたから!

和:そんなわけないじゃない!

〇:ごめんなさい...。

和:はぁ、ほんと鈍感なんだから
でも...そんなところも嫌いじゃないかも...


若気の至りなんかじゃない。
今日という日をずっと待ちわびていた気がする。
これは映画なんかじゃない。
僕らの夏だ。
恋はまだ始まったばかり。
私たちの青い夏だ。

これは夏の物語だ―

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