君と出会ってⅦ
「なーに読んでるんですかっ!」
○:うわっ⁉︎
あ、井上さんか
井:小説ですか?
○:うん、まぁ
読んでみてって勧められてね
井:へぇ〜
○:井上さんも本読むって言ってたよね?
井:たまにです
最近はアニメばっかりなので!
○:そっか
井:にしても、○○さん本読んでるの意外と似合いますね?
○:バカにしてる?
井:とんでもない!
スーツ姿で本読んでるの雰囲気あっていいなって思いましたよ!
○:はいはい
井:えー信じてくださいよ!
○:それにしてもすっかり寒くなってきたね。
井:ですねー
○:そろそろ、ここも限界かな
井:じゃあ、毎日私とお昼一緒に食べに行きますか⁉︎
○:ははっ、行かないよ
たまにね
井:そんなぁ…勇気を出して誘ったのに!
○:僕如きにそんな勇気なんて使っちゃダメだよ
それに前言ったでしょ?たまにって。
井:どうしてたまにじゃなきゃダメなんですか?
○:それは…その…
井:?
不思議そうに首を傾げている彼女は知らないだろう。
少し背が低めで、顔も整っていて、みんなに気が使える井上さんは社内の男性社員から密かな人気を集めていることを。
同期のあいつだって
「和ちゃんってコロコロしてて可愛いよな〜」
なんて言ってた。
コロコロってどういうことだよ。とは思ったけれどその時は何も指摘せずに適当に流したのをよく覚えている。
○:まぁ、ほら変な噂立っちゃったら井上さんも迷惑でしょ?
だから…
井:○○さん、何もわかってない。
○:え?
井:迷惑なんかじゃないです。
○:いや…だって、普通は迷惑じゃ…
井:私はみんなに勘違いされても全然気にしないです。
○:…。
井:○○さんは勘違いされるの嫌なんですか?
○:井上さん…?
井:私と噂が立つのが嫌なんですか?
○:そういうわけじゃ…
けど、2人のために…
井:2人のためにってなんですか?
○:えっ…
井:私はいいって言ってるじゃないですか。
○:でも…
井:でもじゃない!
○:…⁉︎
井:どうしてわかってくれないんですか…
○:い、井上さん…?
井:ごめんなさい…
彼女はそう言い残してその場から走り去っていった―
それからその日は井上さんと一度も言葉を交わすことなく定時を迎えた。
僕はなんだか気まずくて仕方なくなって、そそくさと荷物をまとめてデスクを後にした。
「待って…!」
オフィスからエレベーターまでの少しの間の廊下に彼女の声は響き渡った。
首に下げた名札をパタパタと揺らしながら井上さんは僕の元にかけてくる。
井:お昼休みはすみませんでした…
○:え?
井:○○さんに嫌な思いさせちゃったなって…
○:いや…そんなことは…
井:わかってるんです…
○○さんが私と噂をされるのが嫌なことくらい…
○:え…?
井:だって、この前までご飯に行ってくれなかったのもそういうことでしょう…?
他にも心当たりがあります…
だから、これからは…
井上さんは言葉を詰まらせて涙を流し始めた。
○:嫌とか…そういうわけじゃない。
井:じゃあどうして…?
○:正しい距離感じゃないから。
井:正しい距離感って…
私は○○さんともっと近づきたいって思ってるのに…
○:え…?
井:すみません…なんでもありません…
○○さん、もう上りですもんね…
引き止めたりしてすみませんでした…
そう言って彼女は僕の前から足早に立ち去っていった―