待ち合わせ
私の彼はちょっと抜けてる。
そんな彼の口癖は「あれ、そうだっけ?」
もう何度も聞いたその言葉に呆れるけれど、それでもずっと付き合っているのはそんな彼のことが大好きだからだ。
今日はそんな大好きな彼と1週間ぶりのデート。
「着きました!どこにいますか?」
彼からのメッセージを見て辺りを見渡したが集合場所に指定した駅東口のベンチに彼の姿はない。
おっちょこちょいな彼のことだからと思い西口へ向かうと粉雪を纏いながらベンチに彼はちょこんと座っていた。
「やっぱり…」
独り言ではそう言うものの彼が私を待っていてくれているということだけで不思議と愛しさが込み上げてくる。
こんな大好きな彼に甘い私だからいつまで経っても彼の抜けてる部分は変わらないのだろう。
だって、もし注意しても
「あれ、そうだっけ?」
と言うに違いないし、それに対して私も『もう…しょうがないなぁ…』とまた彼を許してしまうはずだ。
どうすれば…
頭を悩ませていたその時、ある悪戯を思いついた。
実行するために彼の座るベンチの隣にこっそりと腰掛けて彼の様子を伺う。
しかし、当の彼は私に全く気づいていない様子で連絡を待つために携帯と睨めっこしている。
『雪、積もりますかね?』
○:えっ…?
驚いた顔で私の方を向いた彼を無視して話を続けた。
川:待ち合わせですか?
○:待ち合わせっていうか…その…
川:私も待ってたんです。
○:…。
川:でも、ずーっと来なくて。
だから、ちょっと彼の愚痴を聞いてくれませんか?
○:愚痴…?
川:そう、愚痴。
○:い、いいですよ…
川:ふふっ、ありがとうございます。
どうやら私の悪戯に乗ることにしたらしい。
彼は肩をすくめながら少しだけ俯き気味になって耳を傾けた。
川:私の彼、ちょっと…というか結構抜けてるんです。
○:そ、そうなんですね…
川:はい、アルバイトで知り合ったんですけど初めて会った時も…あ、私"桜"って言うんですけど自己紹介した直後なのに「スミレ先輩」って私のこと呼んで。
名前を覚えるのが苦手なのかなって思ってたんですけど、そう言うわけじゃないみたいで。
○:へぇ…
川:この前だってダブルチーズバーガーがいいって言ったのに普通のチーズバーガーを買ってきたり。
よく待ち合わせ場所と反対側にいるし。
ハッキリ言ってありえないくらいおっちょこちょいなんです。
○:…。
川:でも、そんな彼のことも今ではすっごく好きで。
憎めないんですよね。
○:へぇ…そんなに想ってもらえて彼氏さんも幸せですね…。
川:だといいなぁ。
○:あははは…
川:けど、やっぱり直してほしいなって思います。
だって、待ち合わせ場所間違えるのもこれで9回目だし。
○:うっ…
川:?
○:いえ…なんでも…。
川:ふふっ。
でも、懐かしいなぁ。
付き合って一年も経つなんて。
○:一年…。
思い返せばあの時。
彼に私が告白した日もこんな雪が降っていた。
○:あれ?
先輩、シフト10時までじゃ…
川:ううん、9時までだよ?
○:あれ?そうだっけ?
川:もう…一緒に帰ろって言ったでしょ?
○:あぁ‼︎言いましたね‼︎
あれそう言う意味だったんですか‼︎
川:えっ⁉︎
そ、そう言う意味って…?
○:え?違うんですか?
川:えっと…
○:勘違いかな…
川:待って‼︎
○:ん?
川:勘違い…じゃないよ…。
○:え?
川:○○君の想像通りだよ。
○:僕の想像通り…?
ってどうゆうことですか?
川:もう…‼︎
言わせないでよ…‼︎
好きだってこと‼︎
○:え?
川:…。
○:えーっと…そう言う意味って…そう言う意味だったんですか⁉︎
川:えっ?
○:てっきりシフトの時間が一緒だって教えてくれただけかと思って…
川:嘘でしょ⁉︎
○:本当です…
川:ありえない…
○:なんかすみません…
川:う、うん…
しばらくの間沈黙が流れた後、先に口を開いたのは○○君だった。
○:僕も好きです。
先輩のこと。
川:えっ…?
○:ずっと先輩と付き合えたらと思ってました。
でも、まさか両思いだなんて…
川:…。
○:気づかなくてごめんなさい。
川:…。
○:先輩の気持ちすっごく嬉しいです。
川:ふふっ、私も
どちらからともなく私たちは手を繋いで帰ったのだった―
一年前の出来事を思い返していると彼はポツリと呟いた。
「今までごめんなさい」
そんな彼の言葉に私は驚いて目を見開いた。
○:一年も経つのに未だに先輩の名前読んだこともないし、ずっと敬語のままだし、いっつも待ち合わせ場所間違えるし…
それでも笑顔で許してくれる先輩に僕はずっと甘えてました。
川:…。
○:でも、やっぱりこんな自分が嫌いです。
だから、変わります。
先輩に…いや、桜にもっと好きになってもらえるように。
川:○○君…
○:それじゃ、いきましょうか
川:もー、また敬語
○:あ…
川:さっき言ったばっかりなのに‼︎
○:すみません…
川:はぁ…でも、いいよ
そんなところも〇〇君らしくて好きだからっ!
○:うわっ…⁉︎
こんなおっちょこちょいな彼でも今はそれでいい。
私は彼の腕と共に幸せを抱きしめたのだった―
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