好きと気づいたその日からⅢ
翌日も休み時間は未だに質問攻めが続いている。
彩ちゃんはもしかしたら僕なんかよりも忙しいかもしれない。
そんな想像をしているうちに、いつの間にか授業が終わり昼休みになっていた。
「○○君一緒に食べようよ!」
「○○君こっちに来なよ!!」
昼休みも沢山の人が昼食に誘ってくれる。
みんなに気を使ってしまい決めきれずに弁当箱を持ったままあたふたしていると、不意に腕を掴まれて教室の外に連れ出されてしまった。
〇:え、ちょっ...井上さん!?
和:ついてきて
〇:あ、ちょ...!!
井上さんは僕の腕を引いたまま歩き始めた―
しばらく歩いて人気のない教室に入ると彼女は僕の腕を手放した。
和:ごめん
急に連れ出したりして
〇:あ、いえ...
和:話があってさ
〇:話?
和:うん、部活のことなんだけど
〇:部活?
和:うん、これ
彼女に手渡されたのは丁寧に折られた入部届。
〇:もしかして貰って来てくださったんですか?
和:○○君、まだここに来たばかりだし貰いに行きづらいかなと思って
あと、私も早く一緒に弓引きたかったし
お節介だったかな?
〇:いえ、そんなことないです
ありがとうございます
和:それで、○○君に聞きたいことがあって
〇:何ですか?
和:今日の放課後って空いてる?
〇:空いてます
和:よかった
それじゃ、弓道部の見学に来ない?
〇:え、いいんですか?
和:もちろん
先生には私から伝えておくし
それに○○君も部活の雰囲気を知ってからのほうがいいでしょ?
〇:はい!
ありがとうございます!
グーッ
和:あっ...
〇:あ、えーっと...
和:ご、ごめんなさい...
〇:いえ、おなかすいてるんですか?
和:うん...けどお弁当お家に忘れてきちゃって...
〇:よかったら僕の食べますか?
和:大丈夫!!
これくらい...
グーッ
和:...。
〇:はい、これを。
和:あ、ありがとう...でも、もしよかったら一緒に食べない...?
〇:一緒に?
和:うん、なんか一人で食べるの申し訳ないし...
〇:いや、気を使わないでください
和:でも...
〇:お箸が一膳だけなので僕は食べられないですから
ほら、遠慮せずに食べてください
和:じゃ...じゃあ...お言葉に甘えて…
いただきます
〇:どうぞ
和:おいしい...
〇:お母さん、割と何にでもマヨネーズかける前提で料理作るので、お口に合うか心配だったんですけどよかったです
和:そうなんだ
でも、すごくおいしいよ
〇:よかった
それから僕は彼女が食べ終わるまでふたりで他愛もない会話を交わしたのだった―
時間は進んで放課後。
弓道場へ向かうと井上さんが出迎えてくれた。
〇:お待たせしました。
和:ううん。
さ、上がって
〇:失礼します。
一礼し足を踏み入れると古びた床が軋む音が鳴る。
?:君が○○君か。
〇:はい。
高:私は顧問の高橋だ。
よろしく。
〇:よろしくお願いします。
高:早速だけど、君の射を見せてくれないか?
うちの部員たちも君の射を見たがっているんだ。
あいさつ代わりにと思ってどうだい?
和:先生、いきなりそれは...
〇:わかりました
高:よろしく頼むよ。
〇:はい。
制服から体操着に着替えて隅に置き去りにされていたちょうどいい弓と矢を借りて弦を張る。
矢を射るのは引っ越しの準備などで部活ができなくて、数週間ぶりで少し不安もあったけれど、いつも通りにやればいいだけ。
そう自分に言い聞かせて僕は所定の位置へと向かった―
彼はそっと一礼をし、すり足で所定の位置に向かう。
次に射法八節。
足踏み、胴づくり、弓構え、打ち起こし、引き分け。
そして会。
思わず息をのむほど繊細で美しい動きに誰もが目を奪われていた。
パァンッツ
心地よい弦音が矢と共に静寂に包まれた弓道場を切り裂いていく。
バンッ
しばらくの間、残身を保ち
期が来たとき彼はまた足踏みを始める。
先ほど見せたものと何も変わらない。
まるで完成された彫刻のように一つ一つの動作に全く狂いがない。
パァンッツ
再度、美しい弦音が鳴り響いた―
高:ありがとう
〇:いえ。
高:これほどまでに綺麗な射をする学生は初めてだよ
〇:大げさです。
高:それじゃあ私は仕事があるから一旦失礼するよ。
〇:はい。
先生が立ち去った後、間髪入れずに興奮した様子の井上さんが僕のもとへやってきた。
和:すごい...すごいよ!!
○○君!!
〇:え?
和:二射的中はもちろんだけど所作がとっても綺麗で!!
あんなの見たことない!!
〇:大げさですって。
僕なんかよりも...
和:そんなことない!
あれは私が人生で見てきた中で間違いなく一番の射だったんだから!!
若干井上さんの熱量に押されていると、先輩らしき人が井上さんを制した。
?:ほら、井上さん。
○○君が困ってる。
和:えっ?
西:初めまして〇〇君。
僕は部長の西野です。
○:初めまして、小川○○です。
西:小川?
確か君は…
〇:あ、家庭の事情で。
今は小川です。
西:そういうことだったんだ。
申し訳ない。
〇:いえ、気にしないでください。
西:ありがとう。
部員一同心から○○君を歓迎するよ。
来てくれてありがとう。
〇:はい、よろしくお願いします。
部長の挨拶を皮切りに次々と先輩や同級生たちが挨拶をしてくれた。
西:それじゃ、改めてこれからよろしくね。
〇:はい、みなさんよろしくお願いします
いい先輩ばかりでよかった。
前の学校の時はギスギスした先輩がいて人間関係にも苦労したから。
しかし、今回はそんな心配も必要なさそうでホッとしたのだった―