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関係を終了してもいい。

こんばんは。モラハラ夫の久保だいすけです。

今日の帰りの電車でパリ五輪・男子バスケけで金メダルを獲ったアメリカ代表のエースとして活躍したステフィン・カリーが、先日アメリカの人気トーク番組に出演した時の動画をYoutubeで見ました。

ステフィン・カリーは史上最高の3Pシュートの名人として、NBA優勝4回・MVP受賞2回を誇る名選手です。そのカリーが準決勝・決勝まで超絶不調で、得意のシュートも並の選手ぐらいになっていました。

「どうやってそのスランプを脱出したの?」という話になった時に、彼が言ったのが「it was a lot of positive self-talk(前向きなことを自分に語り続けた)」と。

もちろん仲間を助けるためのディフェンスやスクリーンなどできることをやり続ける、ただし最後は自分は得点も取ることが求められて代表に選ばれているわけだから、自分に自分で自信を植え付ける言葉を語りかけ続けたそうです。

「やれることをやり続ける」
「自分で自分を認めてあげる」

なんだか今の自分にも通じる部分があります。

いつ何時でもやり続けること

最後のモラハラから今日で1ヶ月が経ちました。
妻に公の場で暴言を吐いて侮辱した日からちょうど1ヶ月です。

それ以降、ぼくはなんとかして変われないものか、変わるにはどうするのか、そしてそれが間に合うのか。そんなことをずっと思いながら色々試してきました。

あの日を忘れないために、ぼくのnoteやTwitterアカウントに紐づくメールアドレスには末尾に0813(8月13日)が入っています。

小さい加害はあったかも知れません。ゼロではないかも知れないけど、明確なモラハラと思われるようなことはしていないつもりです。(悪意のない加害者なので100%確実とは言えませんが)

そういう意味では、今日でモラハラを絶ってから31日が経ちました。

そういう意味では、ぼくはモラハラ夫ではなく、「断モラ31日」夫です。

ステフィン・カリーがスランプを脱するためにそうしたように、自分で自分を認めて、positive self-talkをしてあげる。そういう意味では、これから「モラハラ夫」ではなく、「断モラ〇〇日夫」と自己紹介していきます。

こうやってやれることを一つずつ積み重ねていく。面倒で心が折れそうになっても、その程度だったのか?そんなことで投げ出すようなものか?家族はその程度だったのか?と奮い立たせながら、今日も前を向き続けます。

変容のBefore/After

これは自分だけでも自分を信じてあげる、まずは自分が先に自分を認めてあげる。そういうことだけではないと思っています。

むしろ「モラハラは変われないモンスターだ」とか言われますが、GADHA代表の中川さんもいう通り、モラハラは変われる、そんな未来を信じています。そしてその道をぼくも信じて歩んでいこうと旅を始めました。

ただ旅にはゴールがあるように、変容にも目的地がある気がします。つまり変容のビフォーとアフター。

その間に、変容の瞬間がある、そんなことを最初は考えていました。

けれども実は、上述の「断モラ〇〇日夫」のように、辞め続けている間は変われているのかな?とも思い始めてきました。

アルコール中毒や薬物中毒者が、アルコールや薬物を断つ。誤って再び手を染めないように、さまざまな方法で変容に努めます。そしてアルコールや薬物を断ってから1日、2日、1週間、1ヶ月と続き、1年経ったらアルコール中毒じゃなくなるかというと、何年経っても元中毒者であったには変わらない気がします。ただ薬物を辞めれている期間が長くなったり、断固たる決意で断っている。

モラハラももしかすると、完全にある瞬間から変容が完成するBeforeからAfterに変革するタイミングがあるというよりかは、Afterをどれだけ持続させられる仕組みを取り入れて、それが実践・実行できるか。

もちろん被害者はたまったものではありません。え?変わったんじゃないの?我慢できているだけ?またやるかも知れないってこと!?

ただぼくはそれぐらいの緊張感をぼくは持ち続けた方が良いのだと感じています。

それでも結果はその時までわからない

でもまだ本格的な学びを加害者更生プログラムで始めていないのですが、商的的なインプットを先日受けました。それが、

互いに全力を尽くした結果として、折り合いがつかなければ「関係を終了してもいい」

ぼくは24歳で結婚しました。それは妻のことを「この人だ!」と思ってやまなかったからですが、もう一つは、もう関係を終了することを選択肢から外し、一生いることを誓い合った人とずっと安心して一緒にいられる生活が欲しかったからです。

そこでの「関係は終了してもいい」という言葉は、怖くもあり、悲しくもあり、悔しくもあります。何よりも自分の中で、「死んだ後はどうなるんだろう?」という思いぐらい消化できないでいます。

もしかするとそれは消化しようともしておらず、消化を試みること自体が怖いのかも知れません。

なぜなら心の中では、そういった関係を妻も望んで一緒になったことを知っています。一方で、そんな2人の夢を壊したのは、誰でもなくぼく自身のモラハラ加害だからです。

関係は元には戻らないことは知っています。なぜならそれを壊したのはぼくだからです。

そして関係が元に戻ることを目標にすることは、相手にそれを強制することになる。なぜなら「なぜぼくはここまで1年頑張ったのに、どうしてあなたは!」と加害的な行動や思想につながるからです。

だったらもう今から諦めて終了を選ぶのも違うことはわかっています。

週末を前に胸が苦しくなる

週末、特に今週末は3連休です。

本来だったら一緒に楽しく計画を立てていたかも知れません。でも今は違います。もちろん子供たちの部活や習いごとがあるのもそうですが、今は同居人なだけで、子供たちの親であっても、2人は同居人なだけ、という姿勢を妻は貫いています。

このままこれが1年間ニューノーマルとして定着したら、どうなるのか。すごく怖いです。

でも考えても仕方ない。とにかく、その瞬間まで、ぼくは断モラ365日を目指してコツコツ積み上げていくしかありません。

妻も苦しいのだと思います。心が完全に離れきっていようと、少しでもチャンスをくれようと思っていようと、いずれにせよ妻も苦しい(苦しかった)。

そんな中でもまだ同じ屋根の下にいて、少なくとも1年間の計画を求めてくれています。

妻ちゃん、今日もありがとう。

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