さんげんしょく!! #3
第三話
胡椒攻撃に続いて、すぐにまた球が飛んできた。例のごとく爆発したそれは、今度は唐辛子の粉末であった。
「辛っ!! なんなんだよもー!!」
むせながら、土路は銃を乱射した。くしゃみと咳で、正確に撃とうなんて場合じゃなかった。気配を追って命中させられるのは、自身の心と体の平穏の上に成りたつのだ。よって今は数打ち当たれ。
窓ガラスが割れ、ビルの壁や床に弾痕がつくられていく。
途端に、右の銃が重くなった。
支えきれなくなり、取り落とす。空間移動で、茨黄が銃身の上に乗ったのだと気づいた。
すぐさま左の銃で攻撃しようとする。しかし、その腕を別の手が掴んだ。
「赤い小僧——!」
消えたはずの紅地が、そこにいた。
「紅蓮の男と呼べよ」
紅地の蹴りに、もう一方の銃も飛んでいく。
武器を失った土路は、しかしさして動揺することなく、すかさず紅地の手をふりほどき、茨黄に肉弾戦をふっかけた。が。
「ハックショイィ!」
土路はうんざりした。胡椒がまだ効いている。しかも唐辛子が加わって唇がヒリヒリする。
茨黄は拳を受けとめた。尻もちをついた紅地も、左足にしがみついた。
茨黄と土路の、目が合う。
「てぇぇぇえい‼︎」
——ゴチン、と茨黄は頭突きをくらわした。
「あ、起きた」
水をぶっかけられて、土路は目を覚ました。ぱちぱち、と何度か瞬く。
爽やかな快晴が広がっている。眩しくはないが、太陽の光ってこんなに強いのかー、と土路は呑気に思った。
「つっちー、オレの名前言ってみて」
「茨黄……」
「大丈夫そうだね」
のそりと起き上がれば、頭がじんじん痛んだ。とくに額。
「あー、お前に頭突きされたんか、俺」
「そーそー。おたがい痛かったね」
茨黄の横であぐらをかいていた紅地が「この石頭が」とぼやいていた。
蝉時雨が降り注ぐ。周りを見回さずとも、ここがさっきまで戦っていた屋上だと理解した。どうやら塔屋の影に寝かされたらしい。
「何分意識失ってた?」
これには紅地が答えた。
「まだ五分くらいだぜ。俺たちも急いでるんでね、乱暴に起こさせてもらった」
「そうか……。で、青い方は俺の銃で何やってんの」
壁に寄りかかって、蒼森が銃をいじっていた。
「いや、見たことない代物だな、と……」
ぐるりと眺めまわす。
(銃身が長い。ライフルにも見えるけど、これはどっちかといえは拳銃みたいに近距離戦用か。しかも使ってる様子を思い出すに、単発と乱発を切り替えられる。大きさに見合わず異常なほど軽量。ちょっと鍛えた大の男なら確かに片手で扱える。一度に装填できる弾の数も多い……)
蒼森は思案した。
「地下で造られたものか……」
「ああ、そういうこったな」
紅地は内心呻いた。
「——オッサン」
「せめてつっちーって呼んでくれねぇのかー?」
「さっきも言った通り、時間が迫ってる。さっさと吐いてもらうゼ」
「情報ってやつを?」
「ああ」
土路は首をコキコキ鳴らした。
「いいぜ。そのかわり、質問は三つまでだ。あんまり詳しいことは聞かされてないから期待すんなよ」
「いいのか!」
「ああ。そんで銃返せー」
「……銃は質問の後だ」
さっそく紅地は茨黄と蒼森を手招きした。円になって、ヒソヒソしだす。質問を何にするか話し合っているのだろう。
(仲良いなーこいつら……)
ちょっとして、紅地が咳払いをした。形の良い双眸を土路に向ける。
「さて、答えてもらおうか」
「はいよー」
「まず、脅威についてだ。発生は三十分後らしいな。どこでそれは現れる?」
「黒崎が持ってるはずだ。あいつがここだと思うところが発生地だな」
紅地は勘違いしていたことに気づいた。
「持ち運べるのか……?」
「それが二つ目の質問か?」
紅地はぐっと詰まった。この際、脅威が人であろうとモノであろうと、大小も関係ない。見ればわかる。
「いや。二つ目は、黒崎の居場所だ」
ふむ、と土路は顎髭を撫でた。
「黒崎はたぶん三十分ギリギリまで移動してるな」
「移動?」
「ああ。これは黒崎の能力の発動条件に関することだから教えられねぇ。だが、脅威を放つときはお前らに邪魔されない場所に陣取るんじゃないか? お前らが居られて一番嫌なとこ、とか」
茨黄は唇をとがらせた。
「どーしてハッキリ分からないわけ? 仲間のことでしょ?」
すると、土路は微妙な顔をした。仲間ねぇ、と苦笑する。
「お仲間かもしれねーけど、こちとら手を貸しただけなんでねー。しかも『作戦は夕方に実行』って聞いてたのに、今何時だよ? 寝坊できなかったじゃねーか」
全て蒼森のせいであったが、三人は知らんふりを決め込んだ。
「詳細も昼に聞く予定だったのー。だから期待すんなっつったろ?」
「……わかった」
「んで? 三つ目は?」
紅地はポケットをあさり、二つ折りの紙を取り出した。広げて見せる。
「黒崎の手紙には『この街を恐怖に陥れる』って書いてあった。具体的にはどうするつもりなんだ?」
「そうだな…………お前ら、夜は好きか?」
答えながら、土路は彼らを見直した。炎留なんたらや、獲られたものの質問はいっさいしない。アホそうに見えて本当にアホなのだろうが、優先順位はちゃんと理解している。
「夜か……。俺にとって夜ってのは、常に存在するものだ。友でもあり敵でもあり、俺を締めつけ、また癒す……」
「オレ、夜はテンション上がる! かっこいいポーズ研究してる! 八時に寝るけど」
「ただの現象としか認識してない」
「あー、つまり夜になるってこった」
なんて返答に困る奴らなんだ。疲労の色濃く土路が告げると、三人は一様に首を傾げた。
「……。お前らにもわかるように言うとー、昼なのにあたり一面真っ暗になって、大騒ぎになるってことー」
ひとつもわからない。
「真っ暗って、黒崎の落とし穴くらい暗い?」
「落とし穴? ……ああ、亜空間か。そうだなぁ、あそこまでは暗くないかも」
その時、自分で自分の言葉に、あることを思いつく。土路はビル周辺の気配をさぐり、ははーんと納得した。
(やっぱ黒崎も同じこと考えてたか)
なぁんだ、と茨黄は拍子抜けした。
「じゃあ警察がなんとかしてくれる?」
「まぁ、百聞は一見にしかず、だしな。気にせず呑気に遊んでてくれてもいいんだぜ。こっちは、その方がありがてぇからな」
話は終わりだとばかりに、よっこらしょと土路は立ち上がった。
「ほら、銃返せ」
蒼森に催促する。
おとなしく、蒼森は土路の手のひらに乗せた。
「……撃つなよ」
「へいへい」
一挺ずつ受け取ると、土路は両腰の留め具に銃を引っ掛けた。
「帰るのか?」
「おう。もうアヒルも胡椒も頭突きも嫌なんでねー。……そういや、お前ら胡椒でくしゃみしなかったな」
茨黄はマスクをしていたから最低限の被害で済んだのはわかるが、紅地は土路同様、モロにくらったはずだ。なんせ胡椒&唐辛子粉煙のなかの土路にすがりついていたのだから。あの姿はけっこうカッコ悪かった。
「あ? あんなの平気だ」
よくよく見れば、目尻に泣いた痕があった。その手にはティッシュが握られている。
ちょっと可哀想になって、土路はひとつアドバイスしてやることにした。
「お前らさー、自分の能力はもっと大事にしろよ」
「?」
「切り札になり得るんだから、敵にそう簡単に知られるなってこと。例えば黄色いのは空間移動の能力で、三分のインターバルを条件に瞬間移動ができる。だろ?」
茨黄は目を丸くした。パチパチと手を叩く。「せいかーい!」
「で、青いのは武器製造か? 条件は、弾が直接人を傷つけるものじゃなくて、口に入れられるモノってとこか?」
蒼森は不機嫌そうに目を逸らした。「当たり」
「能力が相手に把握されれば、それだけ戦略を練りやすい。だからなー、今度から気をつけろー」
らしくないと思い直して、最後はテキトーに締めくくる。
紅地は、敵にアドバイスまでする余裕たっぷりの彼に、ちぇっと思った。しかし何も言えない。もっともだった。
「オッサン。あんたはずっと本気じゃなかったな」
土路は、意外というように片眉を上げた。次いでニヤッと笑む。斜に構えながら、ちょっと人を馬鹿にした笑顔が、彼には似合った。
「言ったろ? 俺は黒崎に手を貸しただけだ。それに、きっちり仕事はこなしたし?」
パチン、と指を鳴らす。
土路の足元に黒い楕円が現れた。
黒崎の亜空間に似ているが、陽炎のように表面が揺らめいているそれは、別物だ。その中に、とぷりと土路の足先が潜っていく。
「な——」
どんどん土路の体が足から消えていく。紅地たちは唖然とするしかなかった。
「じゃ、俺は帰るわ」
そして思い出したように付け加える。
「あ、そうそう。最後だから教えてやるよ。俺の能力は『触れた同系色の人間の時間を、十分間止める』だ」
土路は茨黄に指鉄砲を向け、バンッと見えない弾を発射した。
「つまりお前」
土路が武器をとられ、肉弾戦となったとき。
あの時、茨黄は土路の拳を受け止めた。
「俺は黄土、お前は黄。しかもソレ、めんどいことに遅効性なんだ。そろそろ効いてくるはずだぜ」
今度こそ絶句する三人に、土路は「じゃーな」と手を振った。
(……結局、紅地の能力だけは分からなかったな)
しかし自分の役目は終わった。あとは『お仲間』に任せるとしよう。
土路はうんと伸びをして、空を仰いだ。
どぷん、と完全に楕円に飲まれる。彼の影も形も、地上世界には残らなかった。
* * * * *
「これでしばらく『瞬間移動』は使えまい」
黒崎は無線を取り出すと、低く命令した。
「露草。作戦続行だ」
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