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ダブルバインドに疲れ果て。(毒母と友達の間で揺れる私)その5
先程娘と息子の扱いが違うのはよくある、と書いたけれど、うちもまさにそのパターン。弟の晴信がかわいくてかわいくてしかたがないようだった。
ここに「両親がそろっているべき」思考がからまると、どうなるか。あの時は、まるで茶番劇を見ているようだった。
晴信が20歳を少し越えた頃、彼女ができた。携帯電話がまだない時代、連絡を取りあう手段は、家の電話しかなかった。彼女から電話がかかってくる。
「はい、少々お待ちください」
電話に出た母は、とたんにつっけんどんな声色になるので、彼女からのものだとわかる。
まさに、妙子ちゃんの時と同じ。自分が気に入らない相手だと、あからさまに冷たい態度をとる。
ともすれば妙子ちゃんの時より、ひどかったかもしれない。なぜなら、大切な晴信をたぶらかした「悪い女」だから。
母はきっと、どんな素晴らしい女性が晴信とつきあったとしても、決して認めないだろう。現に結婚することになった別の女性も、今でも大嫌いだから。世界中探し回っても、母のお眼鏡にかなうお嫁さんなど、いないと思う。
恐ろしいことを言っていた。
「晴信の結婚相手は、卒業生の中から私が選んでやる」
と。
それを聞いた時、私は本当に寒気がしたけれど、たとえ自分のお気に入りの卒業生と結婚したとしても、結局は晴信を奪ったことには変わりないのだから、掌を返して冷たくする可能性大だ。
ある夜、晴信が帰宅して、
「彼女のお父さんが、昨日急に亡くなって、明日お通夜だから」
と言った。
晴信は、母に報告という形で話していた。そばで聞いていた私は、
「急だったなら、それは大変だったろうな」
と思っていた。
しかし、その後に繰り広げられたやりとりには、耳を疑った。
母が押し殺したような声で、
「ダメよ~」
と言っている。2人で押し問答のような会話をしているが、私の位置までは、よく聞こえてはこない。
全容がわかったのは、注意深くやりとりを聞いてしばらく経った後。
母は。
晴信が、焼き場に行くのを許さない、と言っているのだ。
急なことでばたばたして、告別式の会場から焼き場への足を確保できないので、晴信が自分の車でピストン輸送をすることになったらしい。
「出世前の男の人が焼き場に行くなんてダメダメ!」
母は、おそらく気に入らない彼女に、自分のいとしい息子がこき使われるのが許せなかったのだろう。
けれども緊急事態。もしかしたら、彼女に頼まれたのではなく晴信自ら運転を買ってでたのかもしれない。
それは。
人として、褒められるべきことではないのか。
忌み嫌われる「死」が、からんでいることも大きな理由だろうけれど、急に亡くなったのだとしたら、どれだけ気が動転しているか、その心中察してあまりまる状況だろう。
どこまでも、冷たい人。
弟に加勢したくても、私がいくら言ったところで聞き入れる母ではない。それどころか、晴信はどうしてバカ正直に言うのだろう、と思った。言えば反対されるのは、わかりきっているのだから、うまくごまかす方法を考える方が、生産的ではないのか。
もう少し作戦を練らないと。 ある時、私が晴信の部屋の前を通りかかったら、ちょうど彼が出てきたことがある。
泣いている。
どうしたのかとびっくりしていると、問わず語りに理由を話し始めた。
看護師をしている彼女は、夏休みと言っても1,2日しか取れない。その貴重な休日を利用して、2人で旅行に行こうと計画したのに、母がダメだと反対していると言う。彼女のお母さんではない。晴信と私の母の方だ。その時すでに成人していたはず。
それで、泣いている?
「かわいそうだと思わない? 働きづめなのに」
晴信は、まだ泣いている。どうやら直前に彼女と電話していて、事情を話したようだ。
「え・・・そんなのウソついて黙って行っちゃえばいいんだよ」
私は、半ば呆れて言った。母が、許すわけがないではないか。
「俺、ウソつきたくないもん」
こういう時、晴信は本当に母の犠牲者なのだと思い、気の毒になる。今の優先順位は、そこではないだろう。どうやったら。忙しい彼女と楽しい時間を過ごせるかが最優先なのでは?
それが、判断できない。母に、反抗できない。
姉として、晴信の将来を本気で心配したけれど、本人は母の毒牙にやられているという意識がまるでないので、言えば言うほど疎ましがられるようになり、私も諦めてしまった。
あの頃、もう少し強気になって口を出していたら・・・。晴信は、もっと楽しい人生を送ることができただろうか。
仮定の話は、とても空しい。