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ナレッジマネジメントを組織に定着させるための提案

この記事はGoodpatchアドベントカレンダー2022の23日目の記事です。

突然ですが、私は昨年「ナレッジマネジメント」領域の新規事業を立案し、リサーチや価値検証を行いました。結果としてはβ版を複数社に導入していただきながら行った価値検証を経てクローズという判断になってしまったものの、そのプロセスを通じて様々な組織におけるナレッジマネジメントの状況や課題感、そしてベストプラクティスまで多くの知見を得ることができました。

今回はそういった経験を土台として、これまで発信の主テーマにしていた「UXデザイン」や「サービスデザイン」の領域ではなく「ナレッジマネジメント」というテーマで記事を執筆することにしました。

この記事では、組織としてナレッジマネジメントを推進する時にどのような観点や考え方が必要なのかを紐解いていけたらと思います。
(組織の状況やカルチャー、事業形態などによっても最適なHOWは異なるため、今回はあくまで観点の整理と提案を主軸にまとめます)

ナレッジマネジメントにおける誤解と課題

ナレッジマネジメントとは?

そもそもナレッジマネジメントという言葉を聞いたことがない方や、実際どのような考え方なのかわからないという方も多いと思います。

ナレッジマネジメントの一般的な定義を見ると、知識(ナレッジ)を活用して経営を管理する手法として語られることが多く、その目的としては「業務の属人化を防ぐこと」や「業務効率化・生産性向上」が主に挙げられています。

以下は実際にナレッジマネジメントを推進している企業に対してリサーチした、ナレッジマネジメントの目的を整理した図です。

ナレッジマネジメントの目的分類

また、ナレッジマネジメントの有名なフレームワークとして、野中郁次郎先生と竹内弘高先生が提唱されたSECIモデル(下図)がありますが、組織にそのまま適用するにはやや抽象度が高く、実践するためには現代の組織特性を加味し自社のカルチャーや既存の仕組みに合わせた形で解釈し直しながら、戦略的な側面と運用的な側面の両面からギャップを埋める必要があります。

しかし、これらを埋めるためにどのような観点や仕組みが必要か具体的にイメージできる人は多くないのではないでしょうか?

SECIモデル

その背景には、そもそもナレッジマネジメントに対する誤解があると考えています。

ナレッジマネジメントに対する誤解

市場にはナレッジマネジメントを謳うサービスは多々ありますが、そのほとんどがドキュメント管理や社内FAQのツールとなっています。
実際多くの組織で、ナレッジマネジメントに対して「ドキュメント化すること」という認識が強く、ドキュメント共有ツールをとりあえず導入してもそこに溜まるのは「ミーティングの議事録」や「日報」「組織制度に関わる情報」が大半を占めてしまい、業務に関する体系的な知識や実践知はほとんど溜まっていないという話もよく聞きます。

要するに、ドキュメンテーション(情報マネジメント)=ナレッジマネジメントという誤解が一般的な認識となってしまっており、その結果再利用性の低いフローな情報と本来再利用性を持って組織に普及させるべきナレッジの区別がつかず、何が組織において有効なナレッジなのかが戦略的に定義・蓄積できていない状況が多く存在します。

DIKW pyramid(データ、情報、知識、知恵)

また、ナレッジマネジメントを行っている組織の取り組みを調べると、ミーティングなどでその場限りの“ナレッジシェア”はしているけれどその場に参加していない人への伝達(ナレッジのストック化・普及)はできていないという組織も多く、フロー型のナレッジシェアに留まってしまっていることもわかりました。

本来ナレッジマネジメントでは、ナレッジをドキュメント化するだけではなく、一人ひとりの経験の中に眠る知識を引き出す活動やそれを組織に普及・蓄積させながら発展させることも含む活動なため、より戦略的に組織の仕組みとして組み込むことが重要です。

ナレッジマネジメントの課題

ナレッジマネジメントの推進者の方々へ詳しいお話を聞いていくと、前述の通りいつの間にか「ドキュメント化すること」が目的になってしまい 「どんなナレッジをどんな目的で蓄積するのか/ナレッジを活用することでどんなアウトカムを組織として期待するのか」といったWHYの部分が組織で意思統一できていないという課題や悩みを抱えていることがわかりました。

以下は実際にリサーチを行った結果、各組織の中でどのような認識ギャップが実際にあったのかを示す一例です。(少し抽象化して記載しています)

▼ナレッジマネジメントについての認識
・組織に流通する情報をドキュメント化することを指す
・業務のマニュアルや組織の制度などの情報を一元管理することを指す
・業務のアウトプットや中間成果物を共有することを指す
・同職種で互いにやっていることを口頭で共有することを指す
など

▼ナレッジマネジメントの目的認識
・情報の透明性
・ドキュメント化の徹底
・引き継ぎの効率化
・メンバーの育成/教育の効率化
・属人化を防ぐこと
・業務品質の向上と最低ラインの維持
・目的がわからない/定義できていない
など

しかし、これらのズレを紐解いていくと十中八九「ナレッジマネジメントを組織で行う目的」や「ナレッジを共有・蓄積する目的」がそもそも曖昧だったり組織に浸透していないことが原因となって、実際何をするのかがバラけてしまったり組織的な仕組み化が行いづらい状況にあるという課題が見えてきました。

組織でナレッジマネジメントするための重要な2つの観点

上記課題から、組織におけるナレッジマネジメントを推進する上で欠かせない二つの観点を提示したいと思います。

一つは個人を主体とする観点、もう一つは組織を主体とする観点です。
私はこの二つの観点が合わさることで初めてナレッジマネジメントを組織で行う土台ができると考えています。

1. 個人主体の経験学習サイクル

日々の業務を行っていると、目の前の仕事や課題解決に集中する必要があるため、言語化が習慣になっている人でない限り実践と経験の反復にどうしてもなってしまい、個人の中に暗黙的な知識が溜まり続けてしまいます。
特に完全なマニュアル化が難しい創造的な仕事をしているナレッジワーカーと呼ばれる職種では、これが続くと成果の出し方もどんどんと属人化し組織として成果を出す再現性が低下するため、事業運営上のリスクが高まってしまいます。

それを避けるためには、一般的な経験学習モデルを更に組織に適応して考え、個人の「経験」や「実践知」を他者との対話を通じてチームや組織へと開く活動が重要です。(SECIモデルでは共同化と呼ばれるプロセスに近いです)

個人主体の経験学習サイクル

ただし、対話の機会をメンバー一人ひとりの自主性に任せてしまうと、忙しい時やメンバーの性質によってこのプロセスが回らないことも多いため、後述の組織主体の活動により他者からの問いかけや対話を意図した仕組みや場の設計を行い、ある一定期間の個人の経験や実践から暗黙的になっている知識やベストプラクティスを引き出すことが効果的です。

一例ですが、ある組織ではマネージメントメンバーと一緒に業務の振り返りを行う場を定期的(月1回程)に設けそこでの気付きや実践知を社内へ記事として残していたり、周囲のメンバーの興味から能動的に勉強会のリクエストを行うことで個人の中にある知識を他のメンバーとのディスカッションを通して深掘りしていくアプローチをしている組織もありました。
勉強会は一方的なプレゼンテーション形式にしてしまうと、本人から見えている知見しか出てこないため、対話・ディスカッション形式をうまく組み込みながら他の視点から背景を紐解き気付きをお互いに得る場づくりがポイントです。

これらのアプローチによって、多角的な視点から実践と経験をした本人だけでは得られなかった気付きが得やすくなり、個人に閉じた経験が対話によって開かれ構造化・言語化されることで暗黙的な知識を他のメンバーに伝えやすくすることができます。

2. 組織主体のイネーブルメント活動

上記で記載した個人主体の経験学習サイクルをより行いやすくするためには、メンバーの経験学習の促進やサポートを目的とした組織的な仕組みを整え運営することも重要です。
しかし、実際にはナレッジマネジメントは経営の中でも「重要度は高いが緊急度が上がりづらい」イシューとして扱われていることが多く、ナレッジマネジメントを支える役割や仕組みを意図して設計できている組織はほとんどないのが実情です。

その上で、組織としての仕組みを整える際には、個人の経験学習の間をつなぐ形で「発見→移転→普及→適応」の4つのフェーズに分けた仕組みを組織的に構築し運営することで、個人の経験を組織へ還元しやすくすることができます。

組織主体のイネーブルメント活動

それぞれのフェーズの説明は以下になります。
具体的なHOWは組織のカルチャーや特色によって千差万別なので、具体例はあくまで一例として捉えていただけると幸いです。

▼発見
個人の経験と他者とのリフレクションをつなぎ、個人の中に眠る暗黙知を引き出すフェーズ
具体的には、1on1やチームでの定期的な経験の振り返り機会の創出や、経験を時系列で振り返りながら他者からの問いや視点を得て紐解いていくリフレクションの場の仕組みを組織としてサポートする活動です

▼移転
個人から引き出した知識や気づきを、他のケースにも応用できる知識へアップデートさせるフェーズ
他の事例や経験と併せて、より応用可能な知識へと発展させる活動。この活動を通して、個人の枠を超えて周囲のメンバーと対話することで知識を移転し、応用可能な知識へと発展させる可能性を組織として広げます

▼普及
応用可能な知識を様々な実践機会へ普及/転用させるフェーズ
職種や部署またはプロジェクトの枠を超えて転用可能なナレッジを、組織の中で横展開し成果の再現性を組織として高める活動です

▼適応
実践を通してさまざまなケースへの適応を繰り返しながら、業務プロセス自体へナレッジを実装するフェーズ
数多くのケースにナレッジを当てはめながら実践を繰り返すことで、様々なケースで扱えるナレッジに進化させたり、それを業務プロセスに埋め込むことでわざわざナレッジを参照しにいかなくてもナレッジが活用できる状態を生む活動です

個人の意思や行動に頼る形で経験学習のサイクルをまわすこともできますが、組織がスケールしていくとどうしてもばらつきが出てしまいます。
そのため、個人では成し遂げられない成果を得るために、組織としてナレッジマネジメントに対するイネーブルメント活動(メンバーの活動をサポートし円滑にする活動)を強化し仕組みとして組織に実装することが重要です。

ナレッジマネジメントを組織に定着させるための提案

個人と組織という大きな二つの観点を、更に組織の戦略やカルチャーと接続させ組織にナレッジマネジメントを実装・定着させるために発展させる考え方を提案したいと思っています。
それをここでは 「ナレッジマネジメントイネーブルメントサイクル」と称したオリジナルメソッドを下敷きに、組織でナレッジマネジメントを行う土台としてどのような仕組みが有効なのかというポイントを紐解いていきたいと思います。

ナレッジマネジメントイネーブルメントサイクル

1. 戦略に紐づいた「ナレッジテーマ」を設定

ドキュメント共有ツールを導入しメンバーから自然発生的なナレッジが出てくるのを待つだけでは、組織としてナレッジをマネジメントできているとは言えません。
そこで、企業や事業の戦略や課題から未来を見据えて蓄積・流通させることでレバレッジが効く「ナレッジテーマ」を設定し、テーマに沿ったナレッジをメンバーの実践や経験の中から発見しやすくする仕組みや場づくりをすることで、戦略的に組織における有効なナレッジを蓄積することができます。

組織の戦略や課題からテーマを設定し、戦略的に有効なナレッジを発見・蓄積する

一方、事業活動の中で未来を見据えたテーマ設定を行うことは難しいことも多いため、テーマは会社からのトップダウンで策定するだけでなく、実践者であるメンバーやチームとの対話の中から抽出された興味や関心の高い探求領域、そして組織や事業における課題も加味して設定すると、メンバーからのナレッジ抽出や発見がより促進されやすくなります。
ナレッジは目的達成のための知見とも言えるため、どんな課題にアプローチすることで組織としての成果を上げやすくなるかを捉えることが暗黙知を引き出すトリガーにもなります。

余談ですが、個人的にMIMIGURIさんのアドベントカレンダーに「テーマ」が設定されているのを見て唸りました。(さすがです)
投稿されている記事もとても幅広い知見や想いが詰まった記事が多くとても参考になりますので、ぜひご覧になってみてください。

2. 「称賛」を基点としてナレッジを普及させる

良いナレッジが何かという評価を個人に委ねるだけでは、発信者との関わりや記事タイトルのキーワード、入社タイミングなどによって組織全体に行き渡らないことも。
そこで組織としてナレッジを称賛する仕組みと称賛の基準を作り、称賛→普及→蓄積の流れを作ることで、事業や組織の壁を越えて良いナレッジを普及することが可能になります。

称賛を基点として良いナレッジの普及・蓄積の流れをつくる

例えばある会社では、評価のタイミングで各マネジメントメンバーがメンバーとやったことを振り返りその中から良いナレッジを選出し、選出されたナレッジを資料化・記事化して全社で表彰するナレッジを厳選。そして表彰とセットでそのナレッジを全社に対して本人に共有してもらう機会を作り、ナレッジを共有した際の資料や動画を全社員がいつでもアクセス可能な場所へ展開し蓄積。
更に他部署に転用できるナレッジの場合、事業部長やマネジメントクラスの責務として、それを業務活用しアウトカムを得ることにつなげているという話もありました。

ここで重要なのは、称賛を先に行い、結果として蓄積される仕組みを作ったという点です。
称賛がトリガーとなり、全社共有という機会に向けてナレッジがよりわかりやすく磨かれ、結果として共有されたものが蓄積・転用されていくサイクルを組織として仕組み化できれば、特に成果に直結するようなナレッジや自社にこれまでなかったナレッジを見落とすことなく組織として活用できるようになるのではないでしょうか。

もちろん会社によってはナレッジの記事化や資料化を全社員に先に行ってもらい、そこから称賛へ繋げるところもありましたが、社風によっては実行が難しいカルチャーもあると思います。
そのため、強い動機としてナレッジを出さないと評価が下がるなどのトップダウンでの意思決定ができる会社以外は、やはり称賛というトリガーからナレッジが厳選され普及していく仕組みを作ることがおすすめです。

3. 誰が何を知っているのかわかる状態をつくる

とはいえ、ドキュメント化されたナレッジは組織全体の知識のうち12%ほどしかないというデータもありますし、メンバー間で対話する場をいくら設計しても全員が参加できるわけではありません。

私がナレッジマネジメントの事業化を進めていた上でたどり着いたのは、上記メソッドの仕組みの部分だけではなく、誰が何を知っているのかわかる状態を作り知識の流通経路を繋げること抜きにナレッジマネジメントを組織に実装することは不可能という事実です。

当然ですが、ナレッジの源泉は「人」です。
アウトプットやプロセスが記載されたドキュメントだけが存在していても、それがどのような背景・シーンで有効なのか/どのような意図を持って実行をしたのかという知識がないと全く役に立たないですし、その背景や意図を一番よく知っているのはそのナレッジを生み出した「人」たちです。

また、人によって知っているナレッジがばらつくのは当然なので、自分で0から探すのではなく、周囲のメンバーに聞けば「ナレッジ」または「知識を持った人」にすぐに辿り着ける状態を組織としてつくることが、組織全体の業務効率や生産性を高めます。

そのためナレッジをドキュメント化するだけではなく、(前職なども含め)誰がどんな経験をしてきたのか/誰がどんな知識に対して詳しいか/誰と誰がどのような仕事を一緒に経験したのかという「WHO KNOWS WHAT」と呼ばれる暗黙的な人に関する情報を見える化したり、組織施策として人のつながりに投資する(コラボレーションウェブの強化)施策を積極的に行うことで、誰が何を知っているのかが簡単にわかり知識が人を介して自然と流通するようになります。

ただ、誰が何を知っているかわかる状態にすると知見者に質問や相談が集中すると言う懸念の声も数多く聞きましたが、個人的な意見を言うと質問や相談が生まれない状態より「健全な状態」だと思うので、まずは健全な状態にした上で質問や相談が集中する個人には暗黙知が溜まっているとみなし、個別の勉強会やドキュメント化に対するインセンティブ設計を組織として行い、賞賛や評価(金銭的な報酬含む)をセットで還元していくことで知見がさらに流通する環境を作れるのではと考えます。

昨今転職は当たり前に行われ、知見を持った実践者の多くが中途入社または外部パートナー・業務委託として様々な企業に参画しています。
ただ、そういったメンバーのこれまでの経験や知見を効果的に引き出せる仕組みを持つ組織は数えるほどしかありません。

そのため、契約形態を問わずメンバー一人ひとりの経験や知識を引き出すことは、組織や事業に対しても有効であり大きな優位性になり得る要素の一つになると考えています。

さいごに

結論として、ナレッジマネジメントを支える「組織の仕組み」と「人のつながり」で一人ひとりの中に眠る知識を引き出し、戦略的に組織に流通・蓄積・活用することこそが、ナレッジマネジメントの本質だと私は考えます。

少し固い話が多くなってしまいましたが、この記事で語っている観点や方法論の対象範囲は必ずしも全社的な取り組みだけを指すわけではありません。
まずは所属するチームや部署のようなサイズにこの考え方を適用し、手が届く範囲で小さくナレッジマネジメントを始めてみるのはいかがでしょうか?

この記事がナレッジマネジメントを組織実装しようと奮闘している方々の力に少しでもなれば幸いです。
それでは良いお年を!


おまけ

私がナレッジマネジメントの事業立ち上げをしていた際にインプットしたナレッジマネジメントや人のつながりに関連する書籍をまとめましたので、以下の記事もぜひご覧ください。

また、もしナレッジマネジメントの組織実装や定着にお困りの経営者・マネジメントの方や上記課題や状況に思い当たるところがある推進者の方がいらっしゃいましたら、この記事に記載しきれなかった部分も含めコンサルティングのような形でお仕事をお受けすることも可能ですのでお気軽にご相談ください。

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國光俊樹
記事を最後まで読んでくださってありがとうございます。とても嬉しいです!