源先生の研究テーマ「アフリカ系奴隷子孫への言語差別 根源としての人種に基づく経済的搾取」
神奈川大学外国語学部英語英文学科です。今回の「Professors' Showcase」は言語社会学が専門の源先生です!源先生の記事「アフリカ系奴隷子孫への言語差別 根源としての人種に基づく経済的搾取」が神奈川大学人文学会学生部会の『PLUSi』No.20(2024年)pp.68~69に掲載されたので紹介します。
2023年4月より外国語学部英語英文学科に赴任しました源 邦彦(みなもと くにひこ)です。人文学会には教員ばかりではなく学生の皆さんも参加されていますので、今回は学生の皆さんを中心にご挨拶のメッセージをお送りしたいと思います。
すでにわたしの専門についてある程度はご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、学科ホームページの教員紹介コーナーでわたしの名前の下に並ぶいくつかのことばをこちらに紹介します。
「社会言語学、知識社会学、批判的人種論、ブラックスタディーズ」
わたしが日本、アメリカで学んできた専門分野です。もちろんこれだけでは抽象的過ぎるため、これら四つの分野をまたぐ具体的な研究テーマをお伝えします。
「アフリカ系奴隷子孫が使用する言語への差別」
これがわたしの研究テーマです。このテーマを追求するために必要な理論的枠組みを提供してくれるのが前述の四つの専門分野となります。もちろん、言語差別問題がテーマの中心にありますから、社会言語学が最も優先順位の高い専門分野ということになります。言語差別問題と聞くと言語への差別のように聞こえるかもしれません。ところが、その差別の対象は言語ではなく、その言語を使用する社会集団なのです。それではこの社会集団にはどのようなものがあるのでしょうか。今日の日本で人権を議論する際によく聞かれるダイバーシティーということばをイメージしてみてください。おそらく日本ではほとんどの人々が「ジェンダー」と答えるのではないでしょうか。大学の授業、就職での採用基準など学生の皆さんの身近なところに注意を向ければこの用語は頻繁に耳や目に入ることでしょう。ところが、ダイバーシティーとは、一部の人はすでにお気づきかもしれませんが、「障碍」「年齢」「民族」「人種」「出身国」「階級」「職業」など多様であり、またその内容構成も時代とともに変化しています。少し遠回りしましたが、アフリカ系奴隷子孫を研究対象としているわけですから、ここでは主として「人種」というカテゴリーに入る社会集団ー黒人集団ーと定義することができます。つまり、ここでの言語差別とは同時に人種差別でもあるのです。ここでもう一つの疑問が浮かび上がります。なぜ特定の人種集団を差別する必要があるのでしょうか。それが黒人集団であるならば、それは肌の色の黒さやアフロヘアに対する偏見が原因なのでしょうか。私たち日本社会を見ても、白人を頂点に位置づけアフリカの人々を軽視、差別する傾向が強いことがわかります。そして、異常なほどに白人を優遇(これも人種差別の一形態です)する傾向にあります。もちろん、このような傾向は、日本だけではなく、世界中で見られる現象です。では、この問題の根源はいったいどこにあるのでしょうか。一般によく考えられているようにその根源は偏見であり教育を通じて意識教育を進めれば解決される問題なのでしょうか。答えは「ノー」です。偏見がある程度の役割を演じていることは確かですが、それよりもはるかに重要な根源的原因が存在するのです。それは、
「黒人集団への経済的搾取」
です。たとえばアメリカであれば、黒人集団を経済的に搾取するため、この人々が使用する言語への差別を当集団を排除する手段の一つとして用い、この集団が白人集団の既得権益を奪うことのない学校、職業、居住区域(そして刑務所)へと誘導する、一連のプロセスが存在します。つまり、白人集団が黒人集団を言語的に差別する理由は、言語自体にあるというよりはむしろ、その人々の労働力やなけなしの資金を搾取し白人社会が経済的優位を得ることにあるのです。もちろん、経済的搾取のためとはいえ、自ずから黒人集団への差別行為が可能となるわけではありません。歴史的には白人社会が奴隷制度や植民地支配で莫大な富を貪る一八世紀半ばのヨーロッパの「科学」が人間集団を肌の色で分類しそれを集団的性格と関連づけ白人を頂点に序列化を始めたのです(代表的な人物は日本においても学校教育で敬意を払われているカルロス・リンナエウス、通称リンネです)。第二次世界大戦後の白人社会は慈善団体(という名の企業・政府・大学連合)や政府機関が莫大な投資を行い学問知識(人類学、心理学、社会学、教育学、経済学、政治学、言語学(社会言語学を含む)など)を構築します。人種集団間の経済的、知的、その他の序列を合理化(正当化)するその学問知識という名のイデオロギー体系を教育やメディアを通じて普及し、ほとんどは人種差別とは認識しがたい手法やディスコースを用いて人々を教化します。具体的には、黒人社会を劣等なもの、自立的に生存できない存在、異常心理に侵された集団、矯正されるべきあるいは制裁を受けるべき社会的逸脱行為が著しい集団として描くことで、黒人集団に対する差別を通じて執り行われる経済的搾取を合理化しようと試みるのです。このような経緯から、わたしは自身の研究テーマをアフリカ系奴隷子孫に対する言語差別としながらも、アメリカを中心に世界中の人種に基づく差別と経済的搾取に常にアンテナを張るようにしているのです。
学生の皆さんいかがでしょう。英語英文学科の言語学セクションで研究・教育活動を続けるわたしが、一見ことばとは関係がないような人種問題を研究テーマの重要な一部に位置づける理由を理解していただけたでしょうか。わたしの主な専門分野は社会言語学ということになりますが、この分野にかかわる講義や演習を通じて、皆さんがこれから生き抜いていこうとする社会の仕組みをより広くより深く理解し、皆さんお一人おひとりにとって意義ある生き方が見出せるよう、一教員として微力ながらもお手伝いすることができればと願っています。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
元記事はこちらから!
http://human.kanagawa-u.ac.jp/gakkai/student/pdf/i20/2025.pdf
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