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藤井聡太アンチワイ、不覚にも叡王戦(対増田戦)の一手に感嘆

私は藤井聡太アンチである。

なぜなら私は逆張り人間だからだ。8割も勝つ人間なんか応援したくない。8割も勝つ人間に死に物狂いで勝とうとする棋士のほうが好きだ。

私は連盟モバイルの棋譜中継を見て、藤井聡太が負けそうなものなら嬉々としてAbemaTVをつけるようなイヤーな人間である。
尚そこまでやってもなぜか藤井聡太が勝つ映像を見せつけられていることが多々ある。アンチはハンカチを噛むよりないのだ。
憎たらしいほど強いとはこのことである。
私にできる唯一の反抗といえば、藤井聡太のほうが年下なので呼び捨てにするくらいのものだ。

そんな私が1月8日に行われた叡王戦、対増田八段戦の一手に不覚にも感嘆したので紹介しよう。(棋譜利用の観点で問題がある場合、この記事は削除いたします。)
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざがあるが、良いものは良いのである。個人的には、「坊主を憎んでも袈裟を褒める。」ような生き方を心がけている。なかなか難しいけどね。

ここでの藤井聡太の一手は?

上の図を見てほしい。角換わりで増田八段が△5二金型で6筋位取りの趣向に出て、駒損ながら飛車を下ろして香車を拾った局面である。

余談だが、増田八段の戦型選択にも驚かされた。6筋位取りは昔からある作戦だが、現代将棋の申し子というべき増田八段がこういったベテランが使うような変化球を投げたのが面白い。
角換わりの定跡形を避けるのなら雁木や横歩が現代ではポピュラーな印象なので、この形を選んだのは印象的である。

話を戻そう。駒割は銀と香の交換で藤井聡太の駒得、手番も先手である藤井聡太、玉形はお互いに傷が多く優劣が難しい。そういう訳でやや先手の藤井聡太ペースに見える。連盟モバイルの評価値も先手が60%を少し超える程度を示していた。

ただ、後手玉のどこに手をつけるか難しい。
▲2三歩は筋だが、その後が難しい。他にも▲4五銀のぶつけや3筋の突き捨て、4筋に叩いたり垂らしたりなど色々見えるがどれもハッキリしない。
しかも駒を渡すと△8七歩や△8五歩~△9三桂や△5九龍など、後手からの色々嫌な攻めがチラつくのだ。歩すらも渡したくないし、なんなら駒を渡さなくとも手番を渡すだけで嫌である。

そういう訳で私は棋譜を見ている時、評価値ほど簡単では無いと感じた。むしろ私と私がやったら後手が勝つのではとさえ思っていた。
そんな中で、ここで藤井聡太が指した一手を見てみよう。

▲8七銀である。しみじみ良い手だ。

▲8七銀と埋めたのである。一目見た瞬間ため息が出た。何て良い手なのだ。
この一手で玉形がグッと引き締まり、手のつけどころが見えなくなってしまった。
△8七歩を消し、継ぎ歩も緩和し、何かの拍子に77銀が動いた際の△7六桂も消している。矢倉ではなく銀冠として見れば横から耐久性も増したようにも思える。
先程の2枚の局面図をもう一度並べておこう。

意外とまとめにくいが…
銀冠の構築。うっとりするようなまとめ方

1枚目と2枚目を比べた時、玉の安定度が大差である。アマ三段程度の私は、1枚目の時点ではまだまだ難しいところがあると思っていたが、2枚目でハッキリ先手が良くなったように見えた。
後手を持っていれば、8筋の突き捨てを後悔するかもしれない。そうした点で心理的にもいやらしい手にも思える。

本局で1番印象に残った手がこの▲8七銀である。後は何とか手を作ろうとする後手に対し、▲7四歩~▲6四角のB面攻撃を絡めて先手が勝ちきった。B面攻撃の際の反動も▲8七銀のおかげで怖くないのだ。

ちなみに、1枚目の局面で連盟モバイルの候補手は▲2三歩だ。▲8七銀で数パーセントほど評価値は落ちているのだが、人間的には▲8七銀の方が実戦的に優れているだろう。
人間同士の場合、▲8七銀を打って負けるより▲2三歩を打って負けることの方が圧倒的に多いと思う。
打たれた瞬間、盤上この一手に見えてくるのだから不思議である。強い人の将棋ってそういうものだ。

▲8七銀のような手は「8割以上勝つ人の手」というより「2割も負けない人の手」といった印象だ。
藤井聡太の読みの直線勝負はもちろん凄いのだが、こうした実戦的、曲線的な指し回しも見事であり、そのおかげで勝ったような将棋も多いと思う。

▲8七銀、アマレベルでも覚えておきたい一手だった。むしろ持ち時間の短いアマチュアこそこういった手を学ぶべきかもしれない。
手がここに行くようになれば私ももっと強くなるだろう。

羽生九段や佐藤天彦九段など、他のプロでもこの手を指せそうな人はいるだろう。プロ的にはひと目かもしれない。だからといってこの手の価値が衰えるわけではない。誰が指しても良い手は良い手である。こうした手を棋譜に残してくれるのはありがたい限りだ。

藤井聡太、本当に憎たらしいほど強いが、その強さを改めて痛感させられるような一手だった。

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