ペアリングのつくりかた③
③マリアージュとペアリングの相違
今回も前章に続き、「どのように」ペアリングを考えるのかというお話です。恐らく多くの方が最も興味を持つであろうサブタイトルとなりましたが、考え方としての「マリアージュ」と「ペアリング」、僕の中では大きな違いがあります。前章とリンクする部分もあるので順番的にここに組み込んでみました。それでは行ってみましょう、このふたつ、一体何が違うのでしょうか?・・・あくまで僕の主観だともう一度言っておきます(笑)。
※前章も多くの方にご覧いただき、投げ銭も想像以上に沢山いただけました。本当にありがとうございます。おかげで筆不精の自分がボチボチのペースで机に向かえるようになりました。引き続き記事が気に入った方にはご支援いただけると嬉しいです。よろしくお願いします。※
①レストランの変遷・飲と食の近代史
②ペアリングはソムリエの「成功体験」のシェア
③マリアージュとペアリングの相違 ⇦イマココ
④食材×調理×味つけ 狙いどころの考察
➄意識するべき総アルコール量
⑥提供温度のコントロール
⑦ペアリングで演出する季節感
⑧核となるコンビネーションの決め方
⑨核を取り巻く流れの決め方
⑩これからのレストラン、これからのソムリエ
言葉としての「マリアージュ」と「ペアリング」
そもそも「マリアージュ」とはなんだったか?ご存じの方も多いだろうがもともとは「結婚」を意味するフランス語であり、僕たちの世界においてそれは「料理とワインの幸福な結婚」を意味する。つまりは「とてもお似合い」ということである。紐解くと料理とワインが極めてうまく合い、相乗効果を生み出している状態のことを指すのである。
一方「ペアリング」は比較的最近よく使われるようになった言葉で(このあたりは前章で触れた)、「組み合わせる」という意味の英語であり、僕たちの世界でもそのまま「良い組み合わせ」を意味する。前述の「マリアージュ」と極めて似た、ポジティヴな意味合いの言葉ではあるものの「マリアージュ」ほど絶対的な強度のある言葉でないことはご理解いただけると思う。
「かつてのマリアージュ」と「現代のペアリング」
では何故、近年は「マリアージュ」という言葉より「ペアリング」という言葉が使われるのか。これもここまでの章でお話してきた事柄と密接に関わるのだが、かつての究極性よりも多様性が求められる現代のレストランシーンにあわせて「マリアージュ」が必要に応じて姿を変えたのが「ペアリング」だと個人的には考えている。
かつてのアラカルト主体や品数の少ないコースの時代はそれぞれ主張の強い料理に合わせて「マリアージュ」を狙ったワインを提案することがソムリエの仕事だった。表題の写真でもあるフォワグラのテリーヌにソーテルヌ、鴨のローストにブルゴーニュ、ジビエにエルミタージュやヌフ、トリュフに熟成したボルドーなどなど、「約束されたマリアージュ」は枚挙に暇がない。
時代は移ろい、現代ではこういった料理たちを提供してくれる店は随分と減り(個人的にはとても残念)、既に述べたように少量多皿の時代が到来する。ここ20年くらいの話だ。旬の食材を少しずつお任せスタイルで提供される料理たちは全体に軽やかな味わいで構成されることが多い。それらに合わせて一品ずつ純粋に「マリアージュ」を提案するとどうなるか。・・・恐らく食事を通してのゲストの感想は良くないはずである。
現代的な少量多皿のコースを楽しむにあたって料理と飲料の組み合わせは当然重要だがコースの構成・食事の流れも同じレベルか場合によってはそれ以上に重要な要素である。現代のソムリエによる「ペアリング」が「マリアージュ」と最も大きく異なる点はそれが「ベストの組み合わせ」ではなく「食事の流れを考慮した上でベストな組み合わせ」であることだ。下に簡単な図を用意したのでご覧いただきたい。
横軸と縦軸
僕はコースに対してペアリングを考案する際、図のようなイメージを頭に描きながらアイテムを決めている。青い矢印はそれぞれの料理と飲料の組み合わせの横軸、黄色い矢印はコースの流れを表す縦軸である。縦軸は実際は⑩を超えてくる場合もあるのだが便宜上③で止めてある。
まずは横軸の話だが、例えば料理②とワイン②の組み合わせだけを考えるのであれば「マリアージュ」的に考えればいい。現段階でこれ以上はないと自分が思える組み合わせを提案すればそれでいいのだが、料理①と料理③、そしてそれぞれに合わせる飲料という考えが前後に存在する以上、それらを無視してただ刹那的に料理②に合う飲料を選んでしまっては食事を通しての流れというものが全く活かされない。
全体の流れを把握する
つまり現代的な少量多皿、しかも全体的に淡い・軽いテイストの料理が続く構成のコースに対して「ペアリング」を考えるのであればまず「全体の流れ」を把握しなければならないのである。ただ横軸の組み合わせにばかり腐心してそれぞれの料理に良い組み合わせが考案できたとしても全体の流れが意識できてなければ前述のとおり最終的な食後感は悪くなる。
まず全体の流れ、縦軸がどういうものなのかを理解してから流れるような、食事中のどこかで違和感を覚えることのないような、それでいてもちろん横軸もキチンとうまくいく組み合わせを提案するのが僕の考える「ペアリング」である。前後の料理と飲料の組み合わせとギャップを感じさせてしまうとたとえ単体での組み合わせがうまくいっていたとしても「ペアリング」としてはよろしくないのだ。これが前の章でも述べた「相性が良い」ではなく「邪魔をしない」と表現した最大の理由でもある。
ペアリングは縦横の組み合わせの連鎖である
つまり「ペアリング」とは単純な料理と飲料の組み合わせではなく、食事における前後の流れの「ペアリング」でもあるのだ。そしてその流れが連続していく、①と②の流れのペアリングに続く②と③の流れのペアリングには必然性が無くてはならないのである。ひとことで言うと繋がっていなくてはならない。僕にとっての「ペアリング」は単体の組み合わせという「輪」を繋ぎ合わせてできる「鎖」のようなイメージだ。
後の章でも詳しく述べるが、この全体の流れを意識した「ペアリング」の考案方法だと食事の流れの中で違和感を感じさせない、それでいて各料理と飲料の組み合わせがうまくいっている、最終的に満足度の高い構成を論理的に組み立てることができるのである。個人的に最近ではここに様々な「縛り」を自分に課すことで更に奥行きのある考察が可能になったと考えている。
縛ることで自由になる
その「縛り」とは例えば「同一の生産国や品種を重複させない」でもいいし、「ナチュラルワインのみで構成する」でもいい。昨年香港で行ったペアリングイベントでは「日本産の飲料のみで」という縛りを課したりもした。「縛り」を課すことで頭がフル回転し、漠然と世界中の飲料から自由に考えるよりも良い案が浮かんだりするから不思議なものである。機会があれば是非「縛り」を課したペアリングにチャレンジしてみてほしい。
「縛り」に対応できるようになればあとは気楽なものである。これまでに延べてきた「流れの邪魔をしない」「かつ料理との相性に優れている」飲料の構成を考えればいいだけだからだ。と言ってもこれがなかなかに最初はうまくいかない。いきなりうまくやられてしまっては我々の立つ瀬がないというものだ。
ここでも自身のロジックがしっかり醸成されるまではトライ&エラーの連続である。何度も何度も「これでいいのだろうか?」と自問しながらゴールの無い道を進むしかない。不安になる必要はない、僕だってまだその道を歩いてるのだから。
ではまた次回。
※当初の想定よりは随分といいペースで更新できております。ひとえに皆さんの投げ銭(サポート)や「スキ」のおかげです。ただここから先はペアリングにおけるテクニック面の話になるためこれまでより時間と密度が必要になると思われます。何が言いたいかというと初回から伝えてるとおりあんまり過度に期待せずにハンター×ハンターの連載再開を待つくらいのノリでいてくれたら助かる、ということです。そこんとこよろしく。結局それかよ(笑)