水泳克服日記〜初回〜
30歳になって迎えた4月に、私は水泳を初めた。
これまで泳ぐことができずにいたけど、泳げるようになりたくて。
一昨年くらいまでは泳ぐことを半ば諦めていた。沖縄やハワイへ旅行に行っても浮き輪を手放せずに、恐々と水に入っていく自分と、手ぶらで飛びこんだり潜ったりする友達を見比べてしゅんとなったりしたけど、鼻や耳に水が入るのが嫌だしきっと私は泳げない人間なんだと思っていた。
一昨年は一年間、運動公園主宰のテニススクールに通っていた。
そこのスクールのコーチは高校生の時に所属していたテニス部でコーチをしていたおじさんだった。
テニスもうまくないし、練習も一生懸命にはやらないし、先生と仲良くなれるタイプでもなかったのでもちろんコーチは私のことを覚えてはいなかったけど、学生時代よりもよく教えてくれたしテニススクール以外の練習にも誘ってくれたりして、大人になってから築ける関係もあるんだなと思って、引越しを期にスクールをやめる時にはすごく寂しくなった。
スクールにはコーチの奥さんも参加していた。
コーチは運動公園の近くの、海沿いの小さな町に住んでいて、奥さんはそこへ嫁いでいったとのこと。
海での泳ぎの話になって、自分が泳げないことを伝えて奥さんのことを羨ましがろうとしたがそれは遮られた。
嫁いでからもしばらく泳げなかったんだという。
運動公園が主催するテニススクールのコーチを、夫がしている関係か、運動公園についている室内プールで水泳教室を安くやっていることを知って通いはじめたらしい。
通い始めた当時は50歳を超えていたという。
これを聞いたときに、どんな人でも泳げるようになるのか、と思った。
そして正しく泳ぐ方法を教えてもらえばいいんだと。
入会の手続きは済ませた。水着など必要なものも揃えた。
手続きの時に体験などはしなくていいか聞かれたが、とにかく早く泳げるようになりたくて体験は断って入会手続きを申請した。
見学した時、一階のプールを眺められる二階のスペースで説明を聞いた。
その時自由自在に泳ぐ男女の子供たちが羨ましくて、早くプールに入りたいと思ったのだ。
そして迎えたレッスン初日には、定時で仕事を切り上げ一度帰宅してから車で向かった。
期待が高くてかなり早めについてしまったが更衣室やシャワールームを見学できた。説明時は男性のスタッフに案内してもらったので更衣室の中へは初めて入った。
ビキニ以外の水着を着るのは20年以来かと思う。
更衣室で着替えるのもなんだか恥ずかしかった。
水泳キャップをつけて、マスクは外している。その姿が他ではあまり見せない額をさらけ出し、普段マスクで隠している顔半分も隠すことはできない。
顔を全て見えやすいようにしておくことが少し恥ずかしいと感じるようになってしまった。
そんな姿の私に、スポーツクラブのお兄さんは「本日初回の方ですね」といって各設備の説明をしてくれる。
室内プールには採暖室がついてる。しばらくだったので忘れていた。サウナができるし、37度ほどのぬるいジャグジーがついていて、そこで受講するコースの前のレッスンが終わるのを待つことができる。
初回の案内をしてくれたお兄さんは、この辺で始まるのを待ってたりするとよいと教えてくれたので、ジャグジーの少し空いているところにこっそり入って腰掛けた。
前のレッスンは中学生くらいの男女が泳いでいる。プールの水の中をするすると滑らかに体を動かしていてとても不思議だった。水面から腕が出ているわずかの時間、水をまとってまるで肌がビニール素材のようで美しかった。
泳いでいる子供たちはみんなすらっとした筋肉質の身体をしている。
みんながプールから上がると、水着を着た一人の男の人がジャグジーへ向かってきた。
始まる。
プールの中は音が反響して話し声が聞き取りにくいけど、その男の人は聞き取りやすい声で本日のレッスンが始まることを告げた。
同じクラスには私をいれて4人の女性がいる。
でもまったく泳げないのは私一人だけだった。