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市民のためのスカイウォーク Skywalk for Citizen #12

最後です。
前回は↓こちら

T 今日(2021.4.11)は第12章 冷戦と民族独立の時代を取り扱います。世界システム論はあまり関係ない章だと思うけど、早めに第12章を取り扱いたかった。授業だと飛ばされがちな時代なので。

Y 良いね。

K わたしこのへん苦手で。

T ぼくも苦手。論点は発散するかも知れないけど、自分の気になったところを言い合う形でも。

Y 参考文献は『沈黙の艦隊』で(笑)

T 読み直そうかな。『告白 あるPKO隊員の死』旗手啓介というカンボジアPKOの本を最近読み終わって。

K それでこの時代への関心が高まっているねんな。

T Yさんはお目覚めのところみたいなので、先にK先生から、この時代の学校教育における取り扱いみたいなものをお聞かせいただければ。

K 取り扱いは、冷戦がどの段階でどう変わっていったかを整理するのに必死という感じやな。去年世界史Aでここまで行ったけど、資料集で戦後の外観がばーっとあって、これを示しつつ、話があっちこっち行くから、便利な冷戦の段階ごとの、米ソが対立している、中ソが仲良くないみたいな大枠を整理しながら、出来事の意味を言っていく。ただこれがわたしの中でまだしっくりきていないから、今日はみなさんのポイントを知って、また練り直したいという感じです。

T 今回の章は、70年代、オイルショックまでという切り方をしているのかな。

K そうやな。冷戦の真ん中。最後までは行ってない感じやな。

T 第13章でオイルショックの後の新自由主義みたいな時代の話になっていく。やっぱりそこで切れるということなのかなと思った。このテキスト自体が、商業というか、経済関係を中心に論じてきたことからも、ブレトンウッズ体制の崩壊が一番インパクトとして大きかったのかなとは捉えていたけれども。

K ニクソンショックの話がちらっと出て終わったところだっけ。

T ただ、時代が色々飛んでいるからな。地域別でやるのか、時代別でやるのか。

K ホンマは両方やれたらいいねんけど。時間がないからな、授業的に。

Y 授業では冷戦を扱うのにだいたい何時間くらいコマをとるんですか。

K 何時間とれるんかな。世界史Aは適当やったから3~4時間かけてやったかな。でもBはこのへん、入試前に駆け込んでやる感じになるから、どうなるかな。

Y 植島先生からも、めっちゃ凝集したプリントを渡された記憶がある。

K でも最近の入試の傾向は、こんなところが出るねん。だからやらなあかんねんけど、地域別で行くんか、時系列で行くんかとか、まだ模索中。前の学校ではこのへん授業してないから。教科書全部終わってない。だからほぼほぼ去年初めてやったくらい。

T ぼくらの頃は、同じ世紀の出来事を取り扱っている感がまだあったけれど、今となっては、前世紀の出来事、完全に歴史になっているもんね。現代社会じゃなくて、戦後社会という一つのEraがあって。

Y EUの捉え方とかはぼくらの頃と全然違うよね。

T そうやな。

K だって今イギリスおらんしな。

T ブリグジットだもんね。

Y 欧州統合は昔から好きで、ヨーロッパを一つにしていこうというのが、ぼくの研究していたハプスブルク家の本来の目標でもあったので。

K そう繋がるんか(笑)

Y 今回はギリギリ範囲に入っていなかったけど、1989年に汎ヨーロッパピクニックというのがあって、世界史では習わないかな。

T 『革命前夜』須賀しのぶという小説に出てくる。確か、ベルリンの壁崩壊の直前やな。

Y そうそう。東ドイツの社会主義政策に嫌気が差した人々を、ハンガリーとオーストリアの国境付近に集めて。東ドイツとハンガリーは同じ共産圏で行き来が自由だったから、ハンガリーからオーストリアに、ピクニック中に目を盗んで移動するという、10万人規模で移民が成立したタイミングがあった。

Y そして、それを主導したのがハプスブルク家の前代の当主のオットー・フォン・ハプスブルクという人だった。

K ホンマにハプスブルク家の末裔がやったんや。

T 彼が仕掛け人なんや。

Y 誕生日がぼくと同じなんですよ(笑)ずっと使っていたメールアドレス、今はケータイ替えてもう使ってないけど、オットー・フォン・ハプスブルグ万歳だった。

K あ、それ覚えている。

T すげえ、いまネタバレを受けたわ。

Y 昔は誰この人? とよく聞かれていた。

T そうや、オットー・フォン・ハプスブルグってどっかで聞いたことあるなと思ったら、Yのアドレスやわ(笑)

K そうそう(笑)どこで聞いたかと思ったわ。すっきりする話それ。

Y このテキストを読んで、戦後の話、主権回復の話から入ったじゃないですか。それで豆知識ですが、戦勝国って結構日本に気を遣ってくれていたんだなと思うエピソードがあって、そういうところ気にするんやというところがあって、A級戦犯の処刑の日、廣田弘毅とか東條英機とかの。1948年の12月23日、サンフランシスコ平和条約、日本の独立の発効の日が、1952年の4月28日。

T なるほど、天長節に合わせているんだ。

K 4月28日? 29日じゃなくて?

Y 誕生日プレゼント。前日にやるという。

K あ、サンフランシスコの現地は時差があるから現地が28日ってこと?

Y 日付にも意味があるんですよという話です。

T アメリカは結構そういうの気にするよね。東京大空襲の1回目が陸軍記念日で、2回目が海軍記念日だもんね。戦意の沈静を図ろうとしている。3月10日は日露戦争の奉天会戦の日で、5月27日が日本海海戦の日だと。

Y 確かに、そうか。

T そこに東京大空襲の日を合わせているんですよね。

K それはやる気を奪うためにね。

Y 絞首刑にしたのも、平成の時代の天皇誕生日に合わせている。当時の皇太子だから、それ以降の日本人が覚えているようにというイメージなのかな。

T 皇太子もまだ10代だもんね。昭和ヒトケタだっけ。

Y 昭和8年生まれだね。終戦時12歳になる年。いま、『明仁天皇物語』古屋兎丸 監/永福一成という上皇陛下の歴史を綴った漫画本が出ている。

T いつ発行されたん?

Y 2019年6月です。

T 譲位の段階で発行されたということか。

K 今年の授業でそれ使えるわ。日付の話。そういう細かいの言っていかないと、みんなもう勉強に疲れているから。

T 小ネタでいうと、A級、B級、C級は実は罪の重さじゃなくて分類でしかないという話もありますね。有名かも知れないけど。

K そうなん? 全然詳しくないねん。

T 国際法的にもともと戦争犯罪というのは、捕虜の虐待とかそういうのだけだったんだけど、ニュルンベルク裁判と東京裁判では、新しい法概念として「平和に対する罪」というのと「人道に対する罪」というものが導入されて、それに基づいて裁かれている。「平和に対する罪」がA級、従来の捕虜虐待とかがB級、「人道に対する罪」がC級。という分類の話でしかないから、Aが重くてB,Cが軽いという話ではない。

K そうなんや。わたし完全にAが重いと思っていた。

T 現代でも比喩的に「あいつが敗戦のA級戦犯だ」とかサッカーの試合に負けたときとかに言うもんね。

K 彼らは平和に対する罪を負わされているってこと?

T そうそう、彼らは不当な罪を負わされている。

Y 本来の言葉の意味で言うとそうなる。

T もうちょっと言うと、C級戦犯は日本には存在しない。「人道に対する罪」はナチスのユダヤ人虐殺に対する罪なので、ニュルンベルク裁判ではC級戦犯がいっぱいいたけれど、東京裁判ではC級戦犯はいない。

K そうなんや。人道の面では日本人のやったことは大丈夫なん?

T B級の範疇だったということだね。

K それは知らなんだけど、知らないとヤバいことではあるな。

T あまりにもA級戦犯という比喩表現が人口に膾炙し過ぎているところはあるよね。

◆戦後の経済体制・賠償問題

T ブレトンウッズ体制について、P243で、発展の形態として、資源節約的労働集約的産業/資源・エネルギー集約的産業と、輸出指向型工業化/輸入代替型工業化というのが対比的に書かれていて、日本の歩んだ発展の形態が、必ずしもそのルートしかあり得なかった訳ではなく、それはブレトンウッズ体制に依ったものだったということが書かれていて、なるほどと思いました。なぜ日本は輸入代替型じゃなくて輸出指向型を選んだのだと思いますか。アフリカでは輸入代替型が取られていて、その説明としてよく「内需が十分にあったから」と言われるけれど、日本の内需はなかったのか。人口拡大局面なのに。

K 内需ももちろんあるけれど、朝鮮戦争の特需とも関わるのかなと思ったけど、時期が違うのかな。

T 冷戦によって、世界の民生工場化してしまったから、内需よりも輸出を優先させられてしまったということなのかな。世界史の授業ではやらないとおもうけど、ポーレー報告ってあるじゃないですか。日本の復興は、電気事業の歴史を調べているときに知ったんだけど、最初はアメリカの考えとしては、「農業国でええやん、工業化したものを全て撤廃して、農業国としてやり直せ」というふうにされようとしていた。

そうした政策が転換したのが朝鮮戦争期の逆コースの時期だったと。その時期に日本は「やっぱり工業化して、世界の民生工場にしないといけない」という役割を帯びるようになっていった。だから、「アメリカの安全保障があったから軍事費に予算を回さずに済んだので経済成長が遂げられた」という理解しかしていなかったけど、かつ、民生部門において、冷戦の軍事部門を担当している諸国の外需を、内需に優先することを余儀なくされながら、充足させる役割を担当していった国として、日本が捉え直されました。

K わたしは冷戦の外需のイメージが強かったから、これを読んで、軍事部門をアメリカにやっといて貰えたから、経済成長できたんだと思ったけど。

T 「軍事部門をアメリカにやって貰えたから日本は経済成長できた」という言葉の中にこういう意味が込められているということを、わたしはあまり理解していなかったのかな。

K 冷戦の外需によって高度経済成長があったというのは、教科書ではその説明の方が多分分かりやすいし、自衛隊とか米軍基地とかの取り扱いが慎重なので、アメリカの軍事力のおかげで、とは言いづらいので、朝鮮戦争やベトナム戦争が近隣であって、そのへんからの需要によって経済成長が進んだという説明の方が優先されるかな。

T 朝鮮戦争は意識的だったけど、ベトナム戦争の外需はあんまり認識してなかったな。

Y この時代を扱うとき、先に政治経済で四大経済成長を扱った上で、世界史で歴史的背景を学ぶから、オリンピック景気は東京オリンピックのおかげというのは分かるけど、いざなぎ景気がなぜ起きているのか、ベトナム戦争への特需が関与していたから、というのはタイミングの誤差によって分かりづらくなっている。

K 社会科の先生の中で連携したいけど、難しいな。だからいま強調しようと思ったな。政経で習う内容とリンクさせたらええんやな。

T 朝鮮特需をクローズアップしすぎなのかな。

K 話としてはわかりやすいもんな。でも大きく捉えさせないとあかん。

T そのスパイスとして、朝鮮特需以前のポーレー報告の世界観があって、農業国化されようとしていたのだという話か。

ブレトンウッズ体制はそんな感じでふわふわした感想だけど、マーシャルプランはすごく分かりやすいなと思った。つまり、共産主義が勃興してしまうのは貧困であるからで、だとすると資本主義側がちゃんとマーシャルプランでお金を送って、その国が発展する手助けをしないといけないという思想じゃないですか。そういうお題目さえあれば、富の再分配がちゃんとできていたんだなと、懐かしく思い出された。

K 懐かしかったん(笑)

T 冷戦が終わってしまったことが、富の再分配の必要性を喪わせて、今の格差社会の拡大をもたらしたのかなと捉えられるなと思っていました。

K はー、なるほど。それは考えたことなかったな。

T 覇権を取り合うという冷戦体制というのは、では覇権というものをどうやってとるかというと、諸国の求心力を保っておく必要があって、そのためには富のバラマキがある程度合理的に意味があったと。今、その代わりに富の再分配を行う、金持ち側のインセンティブって何なのだろうと考えると、少し議論が外れるけれど、それってデータとかなのかなと思って、個人情報や行動履歴や取引履歴をデータベース化するのが流行っているじゃないですか。監視社会が強まっていますよね。そういう情報を取りに行くに当たって、富の再分配をちらつかせるというのは、これからの流れとしてあり得るのかなと思っていて、覇権による再分配が終わって、これからはデータによる富の再分配が始まるのかな。

K そうすると、国家じゃなくて企業が主体になるということ?

T そうやな。その主体は企業になるよね。企業と連携した国家なのかもしれん。

K それは歴史の大転換やな。

T そうそう。企業が富の再分配や社会保障給付を、今流行っているベーシックインカムとかも、ぼくは政府がベーシックインカムするのは絶対にあり得ないと思うけれども、企業がベーシックインカムするのは、あり得るのかなという気がする。

K しかもその企業は多分グローバル企業なんやろうから、「国家とは何?」ってなるよな。政府の役割とは何か。

T データを独占した企業は選挙に勝てる戦略を編み出すことができるから、国家も彼らの前に膝を屈するしかなくなるよね。マーシャルプランからそういうことを想像していましたね。

K それは歴史を学ぶ意義やな。今ならどうとか、これからどうとかを考えるのは。

T その反射的効果として、日本の賠償問題がなあなあになったよねというのは言われていて、歴史認識問題でよく話題になる、中国や韓国との歴史認識で、50年代から60年代に中国や韓国と交渉していて、日韓基本条約とか、日中共同声明とかを出したときって、謝罪はするけど賠償はしないみたいな感じだったじゃないですか。日韓基本条約の賠償って、経済支援はするけれど、個別事案に対する賠償は韓国政府が負うという構造にしたし、中国に対しては賠償しないという結論にした。あれはアメリカが裏で、マーシャルプランちゃんとするから、日本にカネを求めるなという工作をしていたと言われていて、マーシャルプランによる懐柔が、日本の賠償責任を後退させて、今に至る歴史認識問題の遠因になっているんじゃないかという。

K そのときはアメリカがやってくれるんやラッキーみたいな感じだったけど、今になって、あの時払っておけばよかったみたいな感じになっている。

T という気はするよね。日韓基本条約は当時の韓国がまだ民主国家じゃなくて、朴正煕の独裁だったから、解決プロセスに韓国国民がちゃんと関与できなかったことで補償問題が不十分だったという構造もあって、一概にマーシャルプランだけが原因ではないのだけれど、日本の戦争責任を、特にアジア諸国に対して果たしていくときに、お金の問題を後景に退かせてしまったという捉え方はできるかな。

K 第二次世界大戦で、他の国は賠償していたっけ。ドイツとか。教科書的な大きな話では、第一次世界大戦のときに天文学的な1320億金マルクの賠償を払わせたから、そのことで経済的にマズくなって、ファシズムが台頭したから、という反省を踏まえて、第二次世界大戦ではそもそもあんまり賠償金は課さない方向で行こうというのがあったというのは言うけれど、ちゃんとした細かいところは知らなかった。

T ドイツもそうだし、日本も在外資産の多くを喪失したというのはあったみたいで、アジア諸国に対しては資産を現地に放棄する形で経済的な移転があった側面はある。加えてビルマ・フィリピン・インドネシア・ベトナムの四カ国に対しては賠償協定を締結して支払いをしている。だけれども中国・韓国・ソ連に対して賠償せずに済んだのはウェイトとしては大きかったよね。

K 東南アジア諸国には賠償してたんか。

◆植民地独立の時代

T P244で、ベトナムで最初、南北統一選挙をしようとしているじゃないですか。カンボジアのPKOでも、プノンペン政府と、シハヌーク派と、ポル・ポトと、ソン・サン派の四派があって、停戦協定をしたあとにみんなで民主的総選挙をしようといって、総選挙を支援するというのがPKOのミッションだったけれども、平和の象徴としての総選挙という手段、という感じがあるよね。選挙が滞りなくできるということが平和であり、民主主義の象徴であるという思想に基づいて、アメリカであったり国連であったりが振る舞っている気がします。

Y 先進国というイメージ、いわゆる発展途上国じゃないですよという意味で選挙をするという。

T ただそれがまだ開発過程にあって、実は独裁の方が様々な面で効率の良い国家体制であるにもかかわらず、選挙を強要されたことによって、却って紛争状態への回帰がもたらされているのがベトナムの状況なのかなという気がしました。本当は別に、選挙というものが必ずしも善というわけではなくて、いま中国を見ていて思うけど、ああいう独裁体制の方がデータの独占が進んで、国家の運営として機能して、それが国民にとって幸福かどうかは別だけど、治安の上昇や犯罪率の低下といった効用が実際にもたらされていることを見ても、別に選挙、民主主義が絶対に政治的に善ではないことを、今になってみれば分かるじゃないですか。当時選挙が平和の象徴であり、絶対的善たる手段として用いられたのは、冷戦期の特徴と言えるのかな。

K 今は違うのかな。

T PKOの在り方もリベラル・ピースからローカル・オーナーシップへと変わっている。南スーダンで選挙とかしているのかな。選挙というものが一つの分かりやすいメルクマールとして掲げられやすいものであることは分かるけどね。そうでないと「停戦状態」って具体的に何やねんというのが分からないからな。独裁状態にしてしまうと、どうやって国家が安定したと評価できるのかが分からない。だから選挙が成立しているということが一つの、国家の安定のメルクマールとして分かりやすい。分かりやすいという、優れて評価軸の問題であって、価値観の問題ではないよなという気がする。

K それを歴史っぽく考えるとしたら、先進国が良しとしているものが、必ずしもよいとは限らない。開発独裁や一党独裁で上手くいっている国もあるよねというのをこの章の記述からも感じるけれど、やっぱり西洋中心主義ではダメだというのがにじみ出ているよね。ホーチミンの言葉とかは題材的に好きやな。

T これ、ホーチミン全集から桃木至朗さんが訳しているけど、阪大の入試で出題されたんでしょ。

K うん、出たな。こんな単純な出し方ではなかったけれど、ナポレオンのジレンマと似ているなと思って。ナポレオンがフランス革命の成果をヨーロッパ諸国に広めていこうとしたけども、そのことによって各地で、「ナポレオンに支配されるのはおかしいのではないか」という民族主義やナショナリズムが目覚めてしまった。ホーチミンの事例もそれと同じように、先の大戦でファシズムを否定して、民主主義が良いものだと推し進めていった結果として、「いや、民主主義が大事なのでしょ」ということでベトナムがアメリカに立ち向かっていくという、ナポレオンの時代の繰り返し、歴史の公式だと思っていた。

T なるほど、歴史の公式化ですね。この時代に民族自決が価値として認められたのは何故なんでしたっけ。

K 民族自決は第一次世界大戦のあとやね。

T あれはでもウィルソンが先走って言っていただけというイメージなんだけど。第二次世界大戦後は本当に民族自決というか、第三世界がちゃんと勃興していくということを、欧米側も植民地の反省として認めつつある。このときには、「もう一回植民地化したらええやん」とは思わなかった。

Y イメージとしては認めざるを得なかったという。欧米で植民地を持っていたイギリスとかフランスの経済的疲弊によって、植民地維持が困難になったという。

T イギリスはそんな感じだったよね。植民地維持が困難になった。だから権力の真空状態が生じて、民族自決を押さえ込むことができなかった、という筋立てもよく分かるんだけど、一方で、復興のためにさらに植民地からの収奪を強めるという方向性もあり得るわけだよね。そっちが選ばれなかった理由は。

K 帝国主義は資本主義の究極の形態だから、帝国主義をあんまりやってしまうと、それに反発する人たちがみんな社会主義化するから、あんまり張り切って帝国主義をできなかったんじゃないかな。冷戦やからこそ。

T そういうことか。社会主義に対する脅威が、資本主義の圧政を掣肘した。

K 同じように植民地支配してしまったら、支配されている側が社会主義化するから。実際しているけど。

T 「冷戦と脱植民地化の論理が交錯した」っていうのは、そのことが書いてあるのか。オランダとかは「大戦後の本国の経済的復興のために植民地を活用すべく、独立宣言を無視して戦前の支配の復活を目指した」って書いているじゃないですか。こういう方向性も当然あったわけで、だけれどもそうではなくて、ちゃんと独立を認めていこうというふうになった理由は、やっぱり冷戦体制だったということか。でも覇権の形態として、民族ごとに独立させた上で、マーシャルプランによって経済で縛り付けようという路線が選ばれたのは、やっぱり紛争している場合じゃないってことだったのかな。独立さえエサにしてしまえば、後で覇権は取れるというふうに戦略的に捉えたという訳か。

K せやな、独立させるのがまず大事で。

T その後で経済的に縛る。ずっと従属させておけばそれがまさしく覇権じゃん。そうじゃなくて独立させた上で、経済的な繋がりだけにしたのは、紛争を起こさせないという意味では、それがよい方向だと捉えられたということか。

Y あんまり強く押さえすぎて内政干渉すると、成立したばかりの国際連合で追及されるからというのもあるんじゃないかな。国際連盟だったら全会一致の原則で、安全保障理事会の五大国の原則がないから好き勝手できたかも知れないけど、国際連合になってからはその原則があるので、国際的に孤立するのを恐れたというのは。

T P238あたりはイギリスとかオランダとかがなさけなくて、ざまあみろという感じですけど。オランダの話は、『人喰い』カール・ホフマンという本に登場するのですが、ニューギニアの人喰い族にロックフェラー家の御曹司が食われるという話で。
K それは小説?
T 小説じゃなくて、史実。この頃はスカルノのインドネシアが独立して、ニューギニアを一緒に独立させるかどうかで、オランダとずっと揉めていた。ニューギニアの人喰いが生じるような奥地というのは本当に化外の地で、別に天然ゴムとか経済復興のために重要な資源があったわけではなかったので、オランダがニューギニアの独立、インドネシアとの統合を認めなかった理由として、産業的なインセンティブは全くなくて、単にオランダのプライド問題だったと書かれている。単に独立させたくなかったと。
K 何でもかんでも独立させるのは嫌だと。

T 「オランダがパプアの植民地に拘るのは、純粋に感情的な問題だった。そこで価値ある天然資源が見つかったことなどなく、植民地を維持するための出費は、そこで得られるものより遥かに大きかった。」しかし権力支配に固執していた、というすごく情けない状況になっている。

K それがオランダの最後の植民地やったんかな。ニューギニアって。

T そうか、最後ってインドネシアとニューギニアだけだったのか。

Y オランダはそうね、アフリカ大陸に持ってないから。

K だから、これ手放したら植民地ゼロになってしまうと。プライドっていうのは。

T それで何もないニューギニアだけ残して何の意味があるねんという気がするけどな。

K 経済水域とか?

T 世界の一等国としての条件が、植民地を持っていることだったということかな。二等国に転落するのが国内世論的に認められなかったのか。

K ニューギニアっていま、独立しているやんな。

T ニューギニアの西側はインドネシア領。東側がパプアニューギニア。

Y なんかすごいタテに国境線が引かれている。

T で、西側のこの部分を、スカルノは欲しかったと。けどオランダとそこで揉めていたと。オランダとしては植民地として維持するのは困難にしても、独立させた後でオランダの指導の下に服させるみたいなモデルを構想していたらしい。だからオランダにとっては人喰いが生じたというのは都合が悪かった。そんなところを独立させて国家体をつくるのは無理だろうと。だとしたらちゃんとインドネシアに面倒を見させた方がいいんじゃないのという世論になってしまう。

K なるほど。

T アメリカは植民地の独立について、覇権を確立するために合理的で経済的に捉えているけれど、オランダみたいに一等国と二等国の間でせめぎあっていたような国においては、植民地維持に固執していた側面があったんじゃないかな。

K パプアニューギニアって世界史でまともに出てきたことなかったな。

T 金田一耕助はニューギニアに従軍していたし、日本人からしても哀しみの地ですね。

Y ニューギニアは東南アジアじゃなくてオセアニアやね。

T そうそう、だからニューギニアが共産圏であるインドネシアのものになるというのには、実はオーストラリアは反対していて、すぐ近くの地政学的位置であるニューギニアが共産圏になってしまうのはやっぱり怖かった。

K ホンマやな。オーストラリアの先とパプアニューギニアはすごく近い。

T まあオーストラリアの北側に何があるねんという感じだけど。

K 突然パプアニューギニアに興味が湧いたわ。まず調べるきっかけがないから。

Y 世界で二番目にデカい島なのに。

T そうなん。一番はどこ。グリーンランド?

Y グリーンランド。

T 三番目はどこ? マダガスカル?

K ボルネオ?

Y ①グリーンランド、②ニューギニア、③ボルネオ島、④マダガスカル、⑤バフィンはあまり有名じゃないかな。

T ⑥スマトラ。で日本の本州が7位か。

Y バフィンはカナダ本土とグリーンランドの間に位置する。世界地図でギザギザになるところね。

T バフィン島、これ島なんや。カナダ、バフィン。アンオーガナイズドバフィン? オーガナイズされてないの?(笑)

K 島クイズええな。ちょっと新学期何から始めようかな。

T 地理じゃないの。

K せやな(笑)

Y 新学期どこから始めるの。授業のテーマは。

K 産業革命。

T 綿織物から始めるから、鉄の産業革命が後景にいっちゃう訳ですね。

K 全く島関係ないな。

T ブリテン島しか関係ない。

Y グレートブリテン島と日本の本州はどちらが大きいでしょう、という。

T 本州かな。

Y 1位差で本州。グレートブリテン島は8位。

K その話から行こうか。こじつけ(笑)

T イギリスは次のP239「イスラエルと共謀してエジプトを攻撃し、スエズ戦争を勃発した。スエズ戦争の事実上の敗北はイギリスの国際的権威を失墜させた」とある。ここもイギリスのざまあみろの情けないところですね。

K そうやんな。これまでの天下が。

T この期に及んでまだ「イスラエルと共謀」ってのが分割統治の甘い時代を引きずっているよね。現地の争いを利用して、それを支援することで自分は矢面に立たずに攻撃しようとしている。そしてそれが国際世論に批判されている。イギリスの分割統治手法によって生じたパックスブリタニカの時代が終わりましたねっていう記述だと思います。

K せやな、これまでの手がもう通用しなくなっちゃったな。

◆ヨーロッパ統合・国際機関の設立

Y イギリスざまあみろについては、ヨーロッパ統合という観点から、EECの加盟を二回断られている。

T EECがイギリスを入れないと言っているということ?

Y そうそう。発足当初のイギリスは、「こんなところ入らない」と言っていたけど、その後60年代に入って、「やっぱり加盟したい」と言った。けどド・ゴールが二回断った。

T その理由は何ですか。

Y イギリスを入れると、背後にアメリカがくっついてくるから。

K それな。

Y ヨーロッパはヨーロッパでまとまりたいと、アメリカの介入をなるべく避けたいというのが裏の理由で、表向きの理由はイギリスにそんなことしなくていいから自分の不況をなんとかせよという。

T そうか、「英国病」の時代やね。英国病は高校ではどう教えるんですか。

K 英国病は教えてないな。どんなの?

T 一言でどう言ったら良いのかな。勤労意欲が低下したとかって言われるけど。

K 勤労意欲が低下したの?

T その前提として社会保障がすごく充実して、その結果として。じゃあなんで社会保障がそんなに充実していたのか。

Y ゆりかごから墓場までの時代だね。社会階級の固定化や、イギリス企業の保守的で非合理的な経営などが英国病の原因と言われている。

K 社会保障の充実だけじゃないのか。

Y 充実した社会保障制度や労働者保護で企業の経営が圧迫されていたため、国際競争力が低下し、一部で社会主義的なイメージがあるのね。

T 国内的には人権を重視していたということか。なんかちょっと分かった。植民地からの収奪によって成り立っていた産業を、自国内で完結させなければならなくなって、その結果として過去において植民地に課していた圧政を国内にも敷こうとしたら、国内的には労働者保護という建前を守っていたが故に反発を食らって、製造とかが停滞したということか。そもそも大橋先生が政経の授業で、イギリスの工場法の成立って19世紀の初頭で、その時点で工場法を成立させるってイギリスすげぇよなって言っていて、資本主義の拡大をちゃんと抑制する装置をその時点で組み込んでいたというのがイギリスの優れていた点として評価されるけど、今から考えるとそれって国内的には自国民の保護はしていたけど、その代わりに植民地からの収奪を強めていたから、あんまり人権的に優れていた訳ではないんだなという気がしていて、植民地支配がなくなるとその建前だけが残されてしまったがゆえに経済の停滞が生じたというのは説明としては分かったな。

K それが英国病なんやな。

T 労使関係が悪化して、手厚い社会保障給付が成って、だけれども植民地からの収入、インドの本国費みたいなのがなくなっちゃったから、経済的に停滞した。だからイギリス人はもとから働くのに向いてなかった。この200年で働く意欲を完全に失わされてしまった。

K あー、植民地任せにしていたから。

T そうそう、そんな話、あったよな。ナウル共和国とかそんな感じよな。

Y あー、ナウル。

K 鳥の糞の国な。

T あれはなんか天然鉱物が出るねんな。何もしなくてもカネがいっぱい入ってくるから、働く意欲が完全になくなっていく。それやったんやな、イギリスは。

Y 天然ガスだっけ。いや、リン鉱石か。

T で、60年代に悲鳴を上げてEECに入りたがったけど、リジェクトされちゃったって話ね。

K フラれちゃった。そもそもEECって冷戦の東西どっちかにつかないといけないのがいらんから、ヨーロッパだけの新しい枠組みを作ろうとしているのに、そらアメリカ入ってきたらいらんわな。

Y 確かに。これは世界史の授業でも政経の授業でもほとんど注目されないけど、ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体、ECSCの成立に関しては、仏独の対立を緩和したという歴史的意義がある。

T ECSCっていつだっけ。

Y 1952年。これは当時敗戦国のドイツのザールとルールを占領していた連合国とフランスが、そこがいわゆる石炭の産地で、鉄鋼業の産地だと。それをそのまま返してしまうとドイツが再軍備化してしまう恐れがある。だからフランス的には返したくないけど、連合国、アメリカはドイツを西側陣営に持ってくるためにこれを返させたいというところで、シューマンプランでこういう共同体の考え方を提唱して、すごいのがザールの鉄鋼に加えて、フランスで採れる鉄鋼資源、石炭資源も加盟国六カ国の共同のものにしようとする概念だった。フランスはそれを始めたかったけど、そうなるとドイツと和解しないといけない。いままで敵対してきた二カ国が。

T 握手しないといけないわけね。で、フランスとドイツの二カ国では成立しなかったけど、六カ国なら成立したということでインパクトがあったということ? イギリスはどう関わるの。

Y イギリスは光栄ある孤立の人たちだから。

K 入ってないよな。ユーラトムには入っているんやっけ。そういうのが合わさってECやんな。

T でもECSC消滅時加盟国にイギリスが入っとるで。

Y 消滅時加盟国には入っている。

K シューマンプランとかは資料集にも載っている。

T 統合されているんだね。ECSC、EEC、ユーラトムが合体してECになったわけね。

Y 発展的解消した。イギリスはそれに対抗してEFTA、ヨーロッパ経済連合を立ち上げる。自由貿易協定か。フリートリートエージェンシー。

T このへんあんまり触れてこなかったので、Yさんの専門の話が聞けて面白いな。

Y ハプスブルクの本懐です。あと話題を提供すると、EECとかECとかアルファベットそのまま読む略語と、ユーラトムみたいに英単語として読む方法があって、それぞれイニシャリズムとアクロニムという。

K そういう用語があるんや。

Y IMF-GATT体制ってのはちょうど両方入っていて分かりやすい。

K ホンマやな(笑)

T イニシャリズムーアクロニム体制なのね。

K そんな細かいヤツ絶対好きやわ。どうでもいいことみんな覚えるからな。

Y ユニセフとかユネスコとかは覚えやすいのに、UNHCRだけは略語がないから。

T ないなあ(笑)

Y 国連高等弁務官事務所。

T それで言うと、厚生労働省もイニシャリズムやな。MHLW。ミニストリーオブヘルスレイバー&ウェルフェア。他の省庁は、財務省はモフ、総務省はミク、経済産業省はメティとかアクロニムだけど。

K 長いな。あまり略そうと思ったことないけど。

Y 近現代は略語が多くなるので、そういう話題を提供しておきます。

T そればっかり答えさせられるもんな。

K 核軍縮のところもしんどいな。NPTとか中距離核戦力とか。略称を覚えることに意味があるのかなという気はした。

T CTBTのCはComprehensiveやんか、包括的。それで英単語覚えたよ。

K 英語に役立つ(笑)

T Comprehensive Test Ban Treatyやな。

K それゆうてあげよか。英語に役立つでって。

Y 略語は英単語を教えた方が覚えやすいかも知れないな。略さないのを。

K 中東も戦後に色々と組織ができるけど、ホンマにわたしが苦手だから。

T 組織の話だと、国際連合を戦後にアメリカがつくるじゃないですか。アメリカって自由の国なのに、なんでそんな官僚みたいなことをするんですかという話が『官僚制のユートピア』ディビット・グレーバーという本に書かれていて、実はアメリカは官僚制度がめっちゃ好きだけど、アメリカ人は自分たちが官僚制を好きであることに戸惑っている。

第一次世界大戦と第二次世界大戦のアメリカとドイツの覇権の取り合いというのは、どちらがどちら流の官僚制を世界に適用するかという争いだったのだという史観で、それにアメリカが勝利したから、アメリカがアメリカの官僚制を世界に敷いていったのが20世紀の後半だったのだという。

アメリカは官僚制を好きじゃないように見せて実はすごく好きで、それがなぜかというと、トクヴィルも結社の自由、アメリカ人は結社をすごくやると言っているけれども、経済活動を行うに当たって企業を結成するとか、社会活動を行うときも団体を結成するというスタイルがアメリカ人に染みついている。そのときに組織を効率的に機能させる手法としての官僚制がもともとアメリカ人の気質に馴染んでいて、それを国家にも適用していこうという、民主導の考え方を官にシフトさせていったのがアメリカ的な官僚制。それが結実したのが特に国際連合だった。

いったん国際連合という巨大な官僚制が成立した後に、戦後社会において、先程から話題になったように条約や組織を編んでいこうというのが潮流になっていくのは、アメリカの影響を受けている気がする。

K 日本の官僚制と違うのか。民間からやってきた官僚制。

T 日本は天皇が律令国家を始めたみたいなそこまで遡るけれど。

Y 上からの官僚制だね。

T ドイツもそうだよね。神聖ローマ帝国時代から官僚制が結成されていて、その潮流の中でビスマルクの官僚制が整えられていった、という史観で合っているのかな?

Y その史観で合っていると思います。

K アメリカだけか。そういう民間から発生した官僚制って。

T 歴史が浅いからね。

Y 通常の国家の成立は、国王がいてそれを民衆が打倒してというイメージなので、上から下へのトップダウンの形だけど、アメリカだけは下だけの集まりだから元々。

T トクヴィルの本、なんだっけ。アメリカの・・・

K 『アメリカのデモクラシー』

T 『アメリカのデモクラシー』の中でアメリカ人めっちゃ結社結成しているよねというのが驚きとともに描写されているけど、それはそういうことなんやね。

K トクヴィルってフランス人だっけ。

T フランス人。

K フランス人目線でアメリカの分析をして、そない言うてるねんな。

T で、それが産油国とか中東、第三世界の人たちにとっても、組織を結成して対抗していこうという発想になっていく。アメリカの民間からスタートした官僚制がアメリカの国家に適用されて、それが第三世界の国家や国際組織にも繋がっていったという流れだという気がする。それは単に流れているだけじゃなくて、ロジックが民間スタートなので、KPIとか評価手法とか、資本主義の市場経済の中で効率化された組織の体制が国家に引き継がれているから、そこには社会保障給付とか人権とか倫理とか、そういう視点はもちろんお題目としては唱えられるけれど、ガバナンスとしてそれを担保しようというふうに設計されていない。

K そうかだから、トランプさんはあんなんなんか。日本人的な感覚で言ったらあんな人権感覚でいいんかと思っていたけど、そもそも国家の組織に倫理観とか人権に対する考え方があんまり組み込まれていないということか。

T そう、むしろ市場経済の論理が官僚制に組み込まれている。

K それはえらいことやな。やから教育とかも自由で、州ごとに全然違うことを教えるとかもそういうことなんかな。ひとりひとりの子どもにちゃんと同じものを提供したらなあかんという感覚やとちょっと馴染まへんから。

T 単にそれぞれの地域性に応じて、効率的なKPIを達成することに特化した組織体制になっている。

K その視点は面白いな。

T 単に組織の名前を覚えるだけじゃなくて、その組織がどういう論理で動いているのかを考えると面白いかもね。

K 戦後に何でこんないっぱい組織が出てくるねんということの答えにもなっているもんな。そういうの大事やな。背景みたいな。

Y ただ時間がないけれど。

K 結局最後は「一覧を覚えて」になるけど、背景を言う言わないはやっぱり大きいかな。

◆産業革命、社会主義革命

Y 産業革命とか文化史は全部プリント渡しておけばいいんじゃない。

K ジョン・ケイ=飛び杼、みたいな。でもその後の影響とかも言わないとあかんから。なぜイギリスで起こったかとか、産業革命は本当によかったのかとかを考えさせないとあかんから。光と影みたいな。

T この間第二次産業革命の話になったけど、第一次しか高校ではやっていないイメージがあって、第三次って高校ではやってないよね。

Y エネルギー革命かな。第二次が自動車で。

K 第三次って何になるん?

T 第三次は20世紀半ばから後半にかけての原子力エネルギーの普及とコンピュータ。

Y 第二次が石炭から石油のエネルギー革命と同じタイミング。

K 電気と石油化学。

T 第四次がデジタル。いま経済産業省が第四次産業革命って言っている。

K コンピュータとデジタルってそんな大きく違うのかな。

T 第三次は、エネルギー面は原子力と捉えて、コンピュータは、ICT革命とデジタル革命は質的に違う気がするな。従来の秩序をICTに組み込んでいくのと、デジタルを前提にしてデータの集積とかそれに基づいた監視社会が進んでいくイメージではある。

K まあそうか。今は第四次まであるねんな。

T 最近の経済産業省のパワーポイントはそんなんばっかりやで。

Y 産業革命を教えるときに、身近に感じさせる話題として、今の日本は第何次産業革命の中でしょうと。まだやってんすか!?みたいな感じから入ると。

T それが分かると、じゃあ「第三次は何」、「第二次は何」って遡っていける。世界史の中では第一次産業革命が確かに大事だけど、第二次も20世紀の秩序を考える上では割と重要。

Y もう第一次産業革命の授業は始まったんじゃないの。

K まだ始まってなくて、明後日が初授業。金曜日が入学式だったから。

T あれ聞いといてね、インドシナのコメの話(笑)なぜイギリスはインドシナに進出せず、フランスは進出したのか、地理選択者の知見を。

K まあ暖まってきたらね。初回はもうちょっと簡単なところからいくわ。

T なぜインドの女性は東南アジアに行かなかったのか、とかね。

K それは扱いづらいかな。

T そうかな。それは綿花の担い手が女性だったからってだけでは。

K インドに綿花畑がいっぱいあるからかな。

T 綿織物の繊細な手仕事は女性のものだった。それは日本においても生糸と絹織物の関係になった。富岡製糸場は世界遺産になったよね。という話。
K あとは、最後の社会主義のところが気になった。社会主義とは何だったのかのコラムが、読んでいて面白かった。いまわたしがたまたま『人新世の「資本論」』斎藤幸平を読んでいて。

T 出た。めっちゃ平積みされているよな、本屋で。誰なのこの作者は。

K 市大の先生。社会主義って授業でも高校生に説明するのが難しい気がして、共産主義との違いはとか色々あるから苦手やなと思っとって、このP249のコラムは分かりやすかった。

T 共産主義というオルタナティブが存在する時代にそれを学んできた人たちは資本主義を相対化できていたけど、今は社会主義を知らない世代がもう国家を経営しているから、資本主義が絶対的善だと錯覚しがちだというのはよく問題点として指摘されるよね。

K うん。それが言いたかった。このコラムの最後に、資本主義批判としての社会主義の良いモデルがない、といって閉じてあったけど、『人新世の「資本論」』はその新モデルを言おうとしているのかなと思って読んでいるから、このコラムはしっくりきた。

T それは同意しますね。

Y その本の中ではオルタナティブが書かれているの。

K テキストのコラムでは「社会主義が悪となっていった」という書かれ方やったけど、去年世界史Aをやったときに、その教科書はやたら第一インターナショナルとか第二インターナショナルを書いていて、当時は「社会主義イコール平和」というイメージがあったという話をしていた。今はそういうイメージがないなと思って、それをどう説明したらいいか。

T 革命が起こったのがたまたま議会政治の発展していない国々だったことがあって、一党独裁の元になってしまったと。社会主義というか、共産主義と民主主義を合併させるモデルがあったらよかったということね。

K 「社会主義イコール平和勢力」というイメージが打ち砕かれてしまったけれど、そうならない在り方はなかったのかなとか。いまは資本主義しかない状態だけど、そうじゃない形があったのか。

T 70年新安保闘争の時までは、学生運動も盛り上がって、「おれらが社会変えたるで」という感じだったけど、あさま山荘事件くらいから潮目が変わって、「あいつらめっちゃ内ゲバして、殺人事件を起こしとるぞ」というので、左翼運動というものがレッテルを貼られていったのはひとつ残念だったということかな。いま共産党が主張しているような生活困窮者に対して富の再分配をせよという主張は、それ自体は理があると思っているので、ああいう主張をする勢力が、殺人行為者というレッテルを貼られた共産党しかないというのは、日本の政治にとって不幸だなとは感じている。どうしたらよかったかなという気はするよね。

官僚制の話に戻すと、いまや左翼側の方が、官僚的統御を求めている。本来は権力者や資本家を排除して、ちゃんと自分たちが自由でかつ健康で文化的な生活を営める水準を確保するために収奪を抑制していこうと主張していた側が、「ちゃんと生活困窮者に再分配して支援しろ」というふうに、むしろ政府の役割を強化する方向の主張をしているのが、現代の逆説だと言われている。むしろ右翼の(リバタリアンの)方がまだしも、政府の抑圧や官僚的な統御を批判する側になっているという構図になっていて、安易な極右ポピュリズムが流行っているのも結局、左翼側がそうやって矛盾していることで、説得力を欠いてきたからなのかもしれない。だから左翼側にも対権力の姿勢に限らず色々なオルタナティブがあったらいいんだけど、いまは歴史の中でレッテルを貼られた勢力しか居ないが故に、闊達な意見交換ができていないというのはご指摘の通りだと思います。

K せやねんな。でももうレッテル貼られた時期からすごく時間も経っているし、いまの資本主義の問題が山積みなのを、それをどうにかする適切な社会主義が出てきてほしいなという感じ。

T でもいまや二つの意味で逆転は生じない構造が出来上がっていて、一つは選挙というプロセスを通過するためには資本が必要になっている。政治とカネ、資本主義的民主主義と言われるけど、カネがある人たちだけの民主主義でしかなくて、貧困にいったん陥ってしまうと、政治的に意見を述べる機会すらも奪われてしまう。もう一つは、中国の監視社会も、「一党独裁制なんていつかは崩れるんじゃないか」、「あんなふうなひずみのある制度をしていたら、いつか革命が起きて、反発が起きて、国家の体制は動揺するんじゃないか」と、なんとなく私たちも思うんだけど、実はもう技術革新が進み過ぎて、監視社会が行き過ぎてしまうと、革命みたいな最後の一撃、暴力的な国家体制の転覆すらも絶対にできないくらい体制が強固になってしまう。そうやって貧困層はもう、民主プロセスからも暴力プロセスからも排除されるという時代に既になっている。

K 中国で二度と革命が起こらないというのは寂しいな。易姓革命の国なのに。

T ホンマやな(笑)易姓革命の国なのに(笑)易姓はしているか。

K 共産党という王朝だとしたら、中国でいちばん人口が大きいのは農民だから。今はどうか分からないけど、監視されて革命も起こせないというのは寂しい。

T 世界史ユーザーとしてはな(笑)

K あの表がこれ以上右に増えないのは(笑)新疆ウイグル問題も、すごい中国ってひどいやんという人権派的な気持ちだけで捉えていたけど、今日のコラムを読んで、先進国の制度が必ずしも善ではないという今日の話を合わせて考えると、中国が一党独裁で経済成長が上手くいっていることに対して、先進国が重箱の隅をつついているという見方もあるのかなと。肯定はできないし、支持はしないけど。ウイグルの人たち可哀想だと思うし。

T ウイグルに引きつけちゃうとちょっと例外的だけど、監視社会に関しては批判する必要がないんじゃないかなというのは同意する。治安維持に資しているし。

K 中国に対する変な偏見が、ウイグル問題を却って真実を見えなくしている気がする。

T 色々なフィルターがかかっている気はするよね。

K ウイグルの人たちの本来の主張と言うより、中国とそれ以外の欧米の思惑に利用されていて、却って解決が遅れたりするやつとちゃうんかなと。

T 問題を複雑化させる。

K かつてのイギリスのやり方的な。

T 体制を動揺させることによってという思惑があるんじゃないか。

K ホンマにウイグルの人たちのことを考えているのか君たちは、みたいな。

T まあそれは支援者側が絶えず受けるジレンマなのかもね。ホンマに受援者の立場に立って考えているのかというのは。東日本大震災でも被災地にボランティアに行った人が偽善者と言われたことがあって、別にその立場には立ってないんだけど。

K 色々な人はいるだろうけど。履歴書に書いたろうと思っている人とか。

T そこは支援者と受援者という関係性が孕む問題点として普遍的なのだろうと思うけど、さらにそこに国家とか民族が絡むと複雑化しますよね。

K まとめていただくとそういうことやね。

【終】

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