アクセラレータの目指す先ースタートアップやピッチイベントのアドバイザーを依頼された方向け
今年も暑い夏が終わった
甲子園の高校野球にしては早いが、筆者が立ち上げから毎回の企画に関わっているHVC KYOTO 2024のDemo Dayが7月9日に行われた。
このイベントは当初、スタートアップ関係者向けにシリコンバレーとボストンの最先端にいる研究者とビジネスパーソンの情報を共有することを目的に、2016年にスタートした。演者が日本語を話さないので、当然英語。思いつきで始めたスタートアップのピッチ(当初は2社)は、彼らのアドバイスを求めることが目的なので、当然英語。パネルディスカッションも日系人ではあるが米国籍の方にお願いしたので英語だった。このイベントが意外に好評だったので、第2回からはピッチを10社に増やし、グローバル製薬会社の方にもメンターとして参加していただくことで、英語オンリーのピッチイベントとして発展してきた。参加企業数も増えてきたので、ビジネスマッチングと、ポスターセッションも設けることでスタートアップと大企業の対話の場にもなっている。
HVC KYOTO "メンタリング"から"アドバイスセッション"へ
最初のうちは、英語に不安のあるスタートアップ向けに練習会を実施していたのだが、とあるオンライン診療サービスを提供するスタートアップの発表者が、「ここに来るとすごく自分たちが場違いな感じがする」とコメントした。自分たちはより良い医療を届けようと頑張っているのに、メンタリングの際に規制や既存事業者との関係性を始め、非常にネガティブなことばかり言われたように感じたようだ。当然メンター陣は事業も良かれと思って言っているのだが、パンデミック前でまだオンライン診療の最新の状況を知っているメンターも少なく、その場の瞬発力でサポートしているというのが実際の状況だった。とはいえ、スタートアップは常に新しい技術で新しいビジネスを創出するのだから、どんなに経験豊富なメンター陣を揃えたとしても、全領域をカバーすることは不可能だ。さらに言えば、その分野のプロであればあるほど既存事業の厳しさを知っているので、新規参入であるスタートアップへのコメントは厳しくなる。
事前にじっくり時間をかけて議論できればよいのだがHVC KYOTOでは当時予演会のような形で、演者の英語発表能力をサポートする程度しか行っていなかった。日本語ピッチより劣化した情報で、ぶっつけ本番で各事業についてコメントするのだから、どうしても自分のわかることしか表現できない。
そこで現在、HVC KYOTOは「メンタリング」というある意味上から目線の表現を改め、できる限り同じ目線で「アドバイスセッション」を2回に分けて行い、アドバイザー側がその事業をまず理解することに力点をおいている。そして、Demo Day当日は「質問」と言う形をとりつつ、グローバル企業や、業界で比較的有名なアドバイザーが興味を持つポイントや、「ここまで出来たらライセンス交渉をしたい」という、前向きな情報を提供する場としている。スタートアップの魅力を、角度を変えて聴衆に伝えるのだ。
こうした仕込みがあるので、HVC KYOTOのイベントには過去の参加者も再訪することが多く、我々アドバイザーも自分事としてピッチ登壇者をVCや製薬企業に紹介するという好循環が実現できている。
Demo Dayとは?ーピッチイベントがあふれる日本
いわゆる「スタートアップ・アクセラレータ」というのはシリコンバレーで始まった投資手法の1つで、一定期間、キャピタリストや先輩起業家の指導の下でひたすら製品のプロトタイプを作りまくり、βテストを行い、最後のDemo Dayで投資家たちに向けてピッチを行う。好評を得たスタートアップは一定の投資金額と引き換えに、5−8%程度の出資を受ける。Y-combinatorが魁として有名で、DropBoxやAirBnBを生み出したプラットフォームとしても有名だ。ここではメンター側も事業面でも技術面でも近い経験を持つケースが多く、深く入り込むので、ある意味スポーツ選手とコーチの関係に近い。
日本で行われるいわゆる「ピッチイベント」ではこのDemo Dayを見てきた大企業や金融系の人たちの意見を参考にして行わるが、主催側とピッチ登壇者の関係が希薄、あるいは殆ど接点がなく、コメントをするメンターと言われる人たちも、近い業種ではあるが取り敢えず大企業のオープンイノベーション担当者などで、その場でしか言葉をかわさない関係であることも少なくない。少なくとも筆者と付き合いのあるグローバルの提携担当者はそういったところでリアルに案件を探すことはないし、VCは自ら興味のあるスタートアップを売り込む場としてその手のプログラムを利用していると思った方が良い。
先行する米国では、ライフサイエンス領域ではVenture Creation Modelが一般化しており、技術を持つサイエンティストとVCの距離はかなり近い。それ以外のFounde Driven Modelであっても、ピッチで初めて会ったVCから出資を受けると言う話はあまり聞かなくなった。むしろ「ピッチイベントに出ても殆どのVCの投資枠はVenture Creationの枠で埋まってるから、効率が悪いけど、どうすればいいか?」という質問が出るほどだ。
単発のイベントで質問をするメンターやアドバイザーが事業に興味を持つことがあっても、それだけから関係がスタートすることはない。しかし、アクセラレーションプログラムであれば複数回にわたって顔を合わせるので、ある一定の関係性を築くこともあり得るし、場合によっては正式にアドバイザーになって欲しい、と言う声も出てくるだろう。あとは、プログラムの運営側がどれだけ頭を絞って、スタートアップの困り事や、なぜスタートアップを支援しているかという大きな目標を理解し、それに応じたプログラムの設計と運営に労力を割くことができるか?だ。
人参はあとか?先か?
最も効率的と思われるのはやはり、プログラムの最後の賞として実際に開発費の支援が決められることが望ましい。あるいは逆に、プログラムへの採択の段階で開発費を提供し、Demo Dayではそれをつかって発展した姿を披露することで、すでに面識のあるVCや大企業に向けても、いかに自分たちが成長し、実現に向けて動けるか?という点をPRできる。
前者であれば、賞をもらうために参加者も必死で、アドバイザーと繰り返し議論する内容がより現実的になる。選考する側も、この先に伸びる可能性の高いスタートアップを選ぶのか、成果が出やすいゴールに近いスタートアップを選ぶのかなど、プログラムの存在意義についても考える良い機会となる。
後者の事例としてはNEDOをはじめ、国内の多くの実用化促進プログラムはこの方策を取っている。この手の資金をうまく使って成長するスタートアップも当然あるが、プログラムによっては適切なアドバイザーが配置できていなかったり、提供された資金の使い道が極めて細かく管理されるので、もう二度と使いたくないという声もよく聞く。Stanford SPARKは結果的に後者のようなプログラムだが、単純に資金を提供するのではなく、申請時点で「仮出願した特許にこう言うデータを足して補強したい」とか、「非臨床試験のこのデータを取りたい」という具体的な資金の使途をアドバイザーとともにかなり具体的に議論し、それを補強することでライセンスアウトやVCからの出資確率を上げるのが目的だ。結果的にこれが実際の技術の価値の確認とともに、その後の開発の上での意思決定のプロセスを疑似体験しているとも言える。このスタンフォードのアドバイザーシステムの特徴は改めて書くが、事業のゴールを強く意識することと、一人のアドバイザーの意見だけに依存しないという特徴がある。
お金が絡むとどうしてもスタートアップとアドバイザーとの適切な関係の維持にも気を遣うが、スタートアップにとっては何れ行く道。アドバイザー側も将来有望な技術開発を効率的に進めるためにも適切な方法を常に探ってほしい。
スタートアップのCEOってどんな人?ーエコシステムの成長の方向
さてここで、アクセラレーションプログラムやピッチイベントで登壇する側のパターンと、スタートアップのCEOの変遷のイメージを確認してみよう。
技術の発明者のポスドク、助教レベルの若手、30代から40前半
現役の教授、准教授
定年退職後の教授
知人の研究者と意気投合したビジネスマン
事業会社を退職した企業研究者(40−50代)
一方で、10年以上前にシリコンバレーでNPO法人Japan Bio Communityで活動をしていたときの議論で言われていたBiotech StartupのCEOのキャリアのイメージは以下のような感じだ。(現在はVenture Creationが多いので様相が変わっているので)
創業時:発明者の中の若手(ポスドク上がり)
シード調達時点:将来のリードVCがActing CEOとしてIn kind 支援
シリーズA調達後:VCが未上場スタートアップ経験のあるCEOをリクルート
シリーズC(だいたい臨床入り):MDの肩書を持ち、製薬企業の経験もあるビジネスマンをリクルート
上場、あるいはMA:大企業や機関投資家にネットワークを持ち、大企業でもGM以上の経験を持つビジネスマンをリクルート
さて、我々はどの段階の誰に対してアドバイスをしているのだろうか?上の日本のパターンは下の米国のスタートアップの成長とは全く異なる。創業間もないCEOが治験の知識がなくても、米国のようにプロを連れてくるのであればそれを指摘する必要はあまりない。しかし、創業時から上場、M&Aまで一人のCEOが担当するとなると、トコトン目の前のアントレプレナーを鍛える必要がある。しかし、それはあまり現実的でないことは、過去20年程度の日本のバイオベンチャーの成績を見ていると明らかだろう。ごくごく一部の失敗から学んだCEOたちが何とか現状の業界を引っ張ってきたが、彼らの力強さと、最近スタートアップで注目を集めている経営陣には明らかに違いがある。
CEOを変えれば済むのか?
では逆に、ステージに合わせてどんどんCEOの首を挿げ替えればよいのか?これも日米では状況が大きく異なる。米国ではそもそもリードVCが事業開発活動について自社ネットワークをフル活用しているので、大手企業がスタートアップに求めている要件を把握している。なので、それを確実に活かしてくれるCEOをリクルートするという流れになる。しかし、日本のVCは一部を除くと、大手製薬企業のR&D部門と深い接点を持つVCはいない。なので、業界の内部を熟知し、先進的なビジネスモデルを試そうとしているスタートアップがいたとしても理解が及ばず、例えば東証の上場要件を振りかざしてCEOを変えると言う圧力をかけることはあるだろう。現状では日本のVCの規模感では経験則と確率論でしか動けないのでCEOとVCの方針が合わない場合の適切な解決手段はなかなか見つからない。
今のところ、これらの課題を解決する妙案はない。しかし、日本のエコシステムを活性化するためにはこのギャップを埋める必要がある。米国ではこの10年、Venture Creationを通じて、CEOや初期のスタートアップ経営陣の人材不足を解消する1つのモデルを提示している。国内でも人材派遣関連事業者がスタートアップ向けのサービスを提供しているが、高度な専門性を持つ最先端の治療薬開発を国際展開するチームを構成するには、その方法では間に合わない。
スタートアップCEOにおぼえてもらおう
では、アクセラレーションプログラムやDemo Dayで、アドバイザーはスタートアップに対して何を伝えればよいのだろうか?まず大事なのは、会社や大学の中での会議ではないのだから、頭ごなしに「こうあるべき」という議論はしないこと。相手のスタートアップがどの程度の情報を持っているのか、どの程度議論を重ねているのか、コンサバなプレゼンをしているのか、それとも今日に限ってエッジの尖ったプレゼンを試しているのか?などなど、条件が異なると見え方も大きく変わってくる。アドバイザーができることはごくごく限られるし、そもそも壇上の発表者の頭の中になにか残るとは思わないほうが無難だ。それよりは彼らが「自分たちの方向性が認められた!」と自信をつけることが重要だ。その上で懇親会などで仲良くなり、オフラインのMtgでリアルな相談に乗ることをぜひおすすめしたい。これはプログラム外だし、もし期間中であればえこひいきと思われても仕方がないが、スタートアップ業界では資金提供の判断の公平性は担保するべきだが、機会は平等ではない。さらに、公式なイベントでしか手伝わず、プレイヤーになることが絶対ないアドバイザーの意見を、スタートアップ側も聞くことはない。
少し前の米国に学ぼう!
アドバイザーや、アクセラレーションプログラムの運営者は、個別のスタートアップよりも一歩二歩引いた立場で、業界を俯瞰して考える必要がある。それを考えると、「日本もこう変わっていく」「5年後はどうなるか?」という視点を保つ必要がある。
業界のトレンドとしては、2010年頃から始まったVenture Creationの動きを日本でも実施することで、何らかの方策が見えてくる可能性がある。当然国内VC其々が単独で実施しようとしても、その規模感から十分な経済的インパクトを提供するには無理がある。政府の提供する認定VC向けのマッチングファンドや、今後スタートするであろう。
さらに、生成AIやデータサイエンスはすでに業界に大きなインパクトを与えつつある。個人情報保護法や各種規制、応用の範囲など、予想だにしなかったことが起こる。
個人的には、この手の意外性を面白く見せてくれているのがHBOのSillicon Valleyと言うドラマだ(以前はAmazonプライムのみ放題対象だったが、いまはレンタルが必要の模様)
エンジェル、メンター、インキュベーター、VC、創業メンバーのいざこざ、はたまた恋愛(?)に至るまで、スタートアップで起こる予想外の出来事を疑似体験できる。
最後にーラボで膝を突き合わせるアントレプレナーとVC
今回、シリコンバレーで有名なバイオ系アクセラレータであるIndie Bioについて触れなかった。というのも、彼らのモデルはより手厚いアドバイザー集団を擁しているものの、インキュベーターとVenture Creationのモデルに近づきつつあるように感じたからだ。
”Skip the Accelerators. Come build with real VC." とあるように、明確にCompany Creationを丁寧に実行する体制をウリにしている。つまり、会議室やコンサート会場のようなホールでのピッチではなく、ラボの中でアントレプレナーとVCが膝を突き合わせて会社を作る、そんなCultureが出来上がっている。そこではアドバイザーとの関係もピッチのコメンテーターなどではなく、より緊密で、脳みそを一緒に振り絞るパワーが必要となる。
皆さんにはこの熱量を引っ張る気概はあるだろうか?
イノベーションは会議室で起こってるんじゃない、現場で起きてるんだ!