救いを求める心と経験の因果関係についての拙文
泥のような現実から目を背けるために、人間は皆一様に救いを求めるのではないだろうか。人生は思ったよりもうまくいかず、希望通りになることの方が少なく、願い事は叶わぬ方が多い。ある種、退屈であったり絶望を伴うような経験を経て人間は人格を構築していくのではないかと思う。失敗と成功の経験の振れ幅によって、またはその総量の対比によって人間性が決まっていくのだとしたら。そして、その絶対値によって救いを求める心が増幅していくと考えるならばどうだろう。
知らぬことは願わない。経験したこと