中学校で習った因数分解の向こう側へ③

①→https://note.com/ktkusayama/n/ndf56b3b87ce4
②→https://note.com/ktkusayama/n/ned8ed053436e

今回が最後。

前回、整数の世界に√7を仲間入りさせた世界をのぞいてみた。その世界では、整数の世界と同じように一通りに素因数分解が出来て、しかも素数と呼ばれていた数がさらに分解することがある。そういう話だった。

今回は虚数を仲間入りさせてみよう

虚数とは「二乗するとマイナスになる数」のことである。その中でも二乗すると-1になる数を虚数単位といい、大抵「 i 」によって表す。工学系ではjで表すこともある。

例① i × i =-1
例②(3+ 2i )(3- 2i )=3^2-(2i)^2=9-(-4)=13

( i × i ←ミッフィーちゃんが泣いてるみたいだね)

この概念に初めて触れる人はピンと来ないかもしれない。だがそれで大丈夫だ。「何が書いてあるのかわからない」は勉強において赤信号だが、「書いてあることはわかるがピンとこない」は青信号である。前者の場合はいったん立ち止まって見直すべきだが、後者の場合は物理学でも哲学でも数学でもそのままGOだ。√の中に-1が入っているだけで、やることは前回と変わらない。「二乗するとマイナスになる数」という珍妙な数が現実には存在しないことなんて一旦気にせずに進めていこう。そういう図太さ大事やで。

こいつを整数の世界に仲間入りさせてやることにしよう。この世界でも素数がさらに分解する。上述の13のほか、2や5といった数も掛け算に分解できる。一度手を動かして確認してみよう(大事なことです)。

またこの世界では、「かけて1になる数」は±1、± i の四つになる。

言葉を整理します

そろそろこうした議論を行うために、「仲間入りさせた世界」みたいな表現をきっちりと数学の用語に直そう。その方がカッコいいし。

①まず、これまで見てきた「整数の世界に〇〇を仲間入りさせた世界」というのは、数学的には「二次体」と呼ばれるもののひとつである。これは代数体というものの一種になる。
②二次体の中でも、上で扱った虚数単位 i を整数に仲間入りさせたものをとくに「ガウス整数(ガウス数体)」という。言い換えれば「整数+(整数× i )」の形で書けるもののこと。
③「かけて1になる数」というものは、数学的には「単数」と呼ばれる。

これらを踏まえて、ここまでに見てきた都合のいい性質を書き換えるとこのようになる。

特定の二次体において、単数の違いを除けば素因数分解が一意に行えるものが存在する。

例えばガウス整数や、②で触れた「√7を添加した有理数の二次体」は素因数分解が一意に定まることが分かっている。そしてその世界では、整数の世界でできたことや、似たような性質が現れる。だから数学的にうれしい、ということなのだ。

ピタゴラスの定理を満たす自然数の生成式

最後にこうした性質の応用として、ピタゴラスの定理を満たす自然数の生成式を見てみよう。

中学三年生で習う「ピタゴラスの定理」というものがある。二乗が三つ出てくることから「三平方の定理」とも呼ばれる。ちなみに今年はコロナの影響で中学では習わなくなるそうだ。

【ピタゴラスの定理】
直角三角形の斜辺の長さをC, 他の2辺の長さを A,Bとすると、
 A^2+B^2=C^2
が成り立つ。

これを満たす自然数の組をピタゴラス数という。有名なものでいうと、(A,B,C)=(3,4,5)などがある。またこれらすべてを何倍かしたものも同じように定理を満たす((6,8,10)の組など)。

ピタゴラス数のうち、最も簡単にしたもの、つまり三つの数をともに割り切る数がないところまで割った数のことを「原始ピタゴラス数」という。(3,4,5)や(12,5,13)の組などがこれになる。そしてこの原始ピタゴラス数は、全て以下の式によって生成可能である。

【原始ピタゴラス数の生成式】
(A, B, C) = (m^2-n^2, 2mn, m^2+n^2)
ただし、m,nは偶奇の異なる互いに素な自然数で、m>n

互いに素」というのは、共通の割り切れる数がないことを言う。例えば4と7は互いに素だが、6と15はともに3で割り切れるので互いに素ではない。サラっと使えるとカッコいいので、これも覚えておこう。

ピタゴラスの定理の式である「A^2+B^2=C^2」の左辺は高校までの範囲では因数分解できると習わなかったはずだ。しかし今我々はもっと強く自由な因数分解の技を身につけた!こいつをガウス整数の範囲で因数分解したらどうなるか、みんなで見てやろうぜ。

A^2+B^2=(A+Bi)(A-Bi)=C^2

ここから原始ピタゴラス数を探す。まず条件からAとBは互いに素である。

次にAとBは偶数と奇数の組になる。偶数と偶数の可能性は「互いに素」の条件から考えなくて良い。奇数と奇数の組がなぜありえないかの証明は簡単なので考えてみてほしい(4で割ったあまりを考えるとすぐにわかる)。よって、Cは奇数と偶数の和なので奇数になる。

ここで、ガウス整数の世界で一意に素因数分解が成り立つことが効いてくる。整数の世界で、ともに2で割れる数として4と10があった時、その差である6やその和である14も2で割れる。「何を当たり前のことを」と思うかもしれないが、こうした性質を持ち込めるのがガウス整数のうまみなのだ。

(A+Bi)(A-Bi)=C^2 という式の左辺にある A+Bi と A-Bi の二つの数について、和と差を考える。

和:A+Bi + A-Bi = 2A
差:A+Bi - (A-Bi) = 2Bi

さっきの整数の場合の性質を思いだそう。もし A+Bi と A-Bi をともに割り切るガウス整数があるとしたら、和と差もその数で割れるはずであり、それは2を割り切る数しかありえない。なぜならAとBは互いに素なものとして設定したからである(もっというとこれにも証明が必要だが、これも簡単なのでやってみてほしい。積が整数になるガウス整数の性質を考えればすぐにわかる)。

だがそうすると、(A+Bi)(A-Bi)=C^2 という式は(2の倍数)=(奇数)となってしまって矛盾する。よって A+Bi, A-Bi はともに、ガウス整数の世界で、単数と自分自身以外に割り切る数がないものだということが分かった。これは整数の世界で「素数」が持つ性質と似ている。

次にA+Bi, A-Bi はともにガウス整数の平方数であることが分かる。…のだが、ここでもう一度整数の世界に戻ろう。

互いに素な自然数P,Qについて P×Q = 36 ( = 6^2 ) が成り立っている時、この解は(P,Q) = (1,36), (4,9)、あるいはこれを逆にしたものになる。ここで注目すべきは、PとQがともに平方数になることだ。つまり「互いに素な二数の積が平方数になるとき、その二数はどちらも平方数になる」という性質が整数の世界にはある。

ガウス整数の世界はこの性質を持ち込めるので、A+Bi, A-Bi はともにガウス整数の平方数であるといえる。あとは A+Bi = (m+ni)^2とでも置いてやれば、求めたかった式が現れるというわけだ(これもやってみよう)。

さいごに

だいぶ細部をはしょって進めたが、こうした因数分解の拡張を考えることのおもしろさと強力さを少しでも感じてもらえたらとてもうれしい。また興味がわいた方は、ちゃんと数学の本を買って学ぶことをおすすめする。ここまでの議論はかなり証明や例外を省いて話しており、たとえば二次体の中には√-5を添加した場合など、素因数分解の一意性が崩れるものもある。

そしてここまで読んでいただいた人には、もっと面白い世界ものぞいてみてほしい。

たとえばフェルマーの最終定理。クンマーという数学者は素因数分解の一意性が成り立たない世界にもさらに分解できる領域があると仮定し、それを「理想数」と呼んだ。これによってフェルマーの最終定理を証明しようとしたが、最終的には失敗する。しかしこの理想数の発想を発展させ、イデアルという数学の重要な概念が生まれた。

また二次体の概念は、代数方程式の話題と密接にかかわっている。「方程式はどんなときに四則演算と√(べき根)をとることだけで解けるのか」という謎があり、これに挑んだガロアという数学者の「ガロア理論」にもかかわってくる。

こうした数学のちょっとディープだけど面白いところに入っていく入り口になればと思う。

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