たらちね 草山

松竹芸能の芸人。こんなやつになるなよ。

たらちね 草山

松竹芸能の芸人。こんなやつになるなよ。

最近の記事

俺はそんな選択などしていない

我々は選択に責任をもつことになっている。 『累犯障害者』という本を読んだ。様々な理由によって犯罪を繰り返してしまう障害者について書かれたものだが、その一章に「反省とは何か」という一節がある。裁判や、服役中の仮釈放の審査においては「反省・改悛の度合い」が重要視されるのだが、障害者の中には反省というもの、もっと言えば「反省を外界に表現すること」が理解できない人がおり、そうした人々が不当に重い量刑や刑期をこうむることの問題提起がなされていた。 たしかに反省というのは誰にも推し量

    • 老いという名の幻肢痛

      執筆時点で34歳。まだまだこれからだといわれる一方で、老いの足音も少しずつ聞こえている。肩や腰がミシミシと鳴る。頭は冴えているほうだと思うが、寝不足の時などは言葉に戸が立つことがたまにある。老いというものについて考えることも増えた。 少し前に若年の落語家さんたちと一緒にお笑いライブをした際に、桂源太さんが噺の中で演じていた女性が妙に艶やかで、なんなら少しHな気持ちになった。対して高齢の落語家さんが演じる遊女なんかにも妙にリアリティを感じることがあるが、これは一概に演技力に依

      • 自炊について:カスのブイヨンで作るカスのリゾット

        自分でいうのもなんだが、金を稼ぐこと以外は生活力があるほうだと思う。中でも自炊は得意だ。それも、スパイスカレーに凝ったりやおら蕎麦打ちに没頭するタイプの料理好きではなく、スーパーで安くなっているものと冷蔵庫の中のものを組み合わせて適当に食べるという感じの自炊家である。なので「料理家」ではない。究極のチャーハンやペペロンチーノは大学のころに卒業しており、いまは乳化に興味はなく火力も中火くらいでやらせてもらっている。 今日は私がよく作るカスのブイヨンと、それで作るカスのリゾット

        • ハゲと愚行権

          私はハゲである。20代の半ばのある日の朝に鏡を見たら、いつのまにかおでこの上にあると思っていた毛がすっからかんになっていた。もともと坊主頭で刈り込んでいたのであまり気づかなかったが、寝て起きて夢から覚めると人生がハゲ編に突入していて『マブラヴ』みたいだった。 ハゲを直す薬ができたというニュースが定期的に流れる。先日もAGA(「男性型脱毛症」と呼ばれる)を人為的に発症させたマウスにある物質を塗ったらそれが治ったという話を聞いた。もしもその薬が手ごろな値段で手に入るようになった

          論破のハイウェイを逆走する

          論破という言葉は辞書においては「議論して相手の説を破ること。言い負かすこと。」などと説明されているが、最近では「敵対者を閉口させる」ための手段として、半ば政治化している。今後、論破の手段はさらに共有され、論破術のようなものが広く流布するようになると予想されるが、お笑いを含めてコミュニケーションに付加価値が生まれるような場面では論破術はむしろ反面教師となる。他人の口が半永久的に開いたほうがよいのだから、論破術の逆を実践する必要がある。論破して人が喋らなくなるなんて、お笑いでは事

          論破のハイウェイを逆走する

          関西最大のホームセンターで心がションベンになってシャイニングしかけた話

          大阪府は松原市にあるハンズマンというホームセンターがすごいらしい。並大抵のホームセンターとは大きさが桁違いで、店内はテーマパークみたいな内装になっているという。これは行くしかない。 住んでいる西成区から松原市までは自転車で1時間半ほどかかる。このくらいの時間は全く気にならない。自転車を走らせながら考え事をしたり、沿道の植物を調べたり、目力看板を探したりすれば一瞬だ。途中に大和川という大きな川を横切るのだが、土手にマメ科の雑草が実っていた。さやの数はスズメノエンドウっぽいが、

          関西最大のホームセンターで心がションベンになってシャイニングしかけた話

          はなまるうどん わかめうどんの作法

          はなまるうどんでわかめうどんを食べるのが好きだ。ほかにもきっといるだろうと思って検索したら、はなまるうどんのメニューで「わかめうどん」を注文する人いない説という記事を見てしまった。なんて恥ずかしい奴らなのだろう。ロケットニュースのグルメ記事の粒度が低いことはなんとなく知っていたが、彼らにはわかめうどんの良さは死ぬまで理解できないだろうと思う。ギークならギークらしくジャンクフードやエナジードリンクへの愛を語っていればいいのに、どうして他の食べ物を腐す方向にエネルギーを向けてしま

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          『孔乙己』の茴香豆を再現する

          この春はそら豆を買って茴香豆(ういきょうとう)を再現しようと思った。 先日、天満天神繁昌亭の『桂米輝ウィーク』に色物(漫才)として呼んでいただいた。以前から桂米輝さんに似ているとよく指を指されていたので、そのご縁で香盤に組んでいただいた。人生なんの縁がつながるか分からない。 出番のあと、桂米團治師匠に近くの中華料理屋をごちそうになった。 前菜として出てきた落花生は、八角と動物性の旨味のある薄い煮汁(シンプルにMSGかもしれない。MSGはもう立派な中華食材だ)で煮たものだ

          『孔乙己』の茴香豆を再現する

          感情に順序を埋め込む

          順序と争い 芸人の世界には結構明確な序列があって、結局のところ「いくら稼いでいるか」であらかたの批判やヘイトを吹き飛ばすことができる。酒を飲みながら「あいつは面白くない」とくだを巻いたって、結局稼いでないのなら負け犬の遠吠えになる。「過去に賞レースで結果を残したが、今は稼いでいない人」の話をすると、たいてい芸人は苦い顔をする。やはりプロップスよりも収入が正義の世界なのだという感じがするし、しかしながら、そのほうが無用な争いがなくていいのかもしれないと思う。 スポーツやゲー

          感情に順序を埋め込む

          神話と西洋的マゾヒズム 『オッペンハイマー』感想(ネタバレあり)

          クリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』を見た。先輩芸人の森田GMさんから「見たら草山の感想が聞きたい」と言われたのだが、LINEで送るには文章が多くなりすぎるので、いっそのことnoteに書いてしまおうと思った。 たぶんかなりトンチンカンで変なことや、逆に「そんなことその辺の考察ブログに書いてるわ!」という初歩的なものも書いていると思う。あんまり映画や漫画の考察は読まないようにしているのでご了承願いたい。 IMAXで見たほうがいい まずノーランが「この映画

          神話と西洋的マゾヒズム 『オッペンハイマー』感想(ネタバレあり)

          無礼を推奨すること

          辛い物は好きなのだが、翌朝トンネル火災(※)が発生するのであまり食べない。そんな自分でも旨そう!と思って思わずフラりと入ってしまった担担麺の店があった。看板メニュー到着、汁なしと汁ありの中間くらいのスープ、野菜のチップとナッツがトッピングされ、パクチーも乗っている。旨そうだ。 目の前には手作りのメニューカードがあり、おすすめの食べかたが書いてある。 ①まずは写真を撮りましょう 「それ食べ方じゃないだろ。アツアツのスープに浸かった麺は今もなおデンプンの水和とアルファ化が進

          無礼を推奨すること

          「シェア語」のふるい

          M-1の公式YouTubeアカウントで去年の決勝の動画がアップロードされた。 上のヤーレンズさんの動画のコメント欄を見ると、タイムスタンプとともにどのボケが好きかを書き込んでいる人が多い。「(投げっぱなしを含めて)とにかくボケ量の多い漫才」はこういうYouTubeのコメントとの相性がとてもいいと再確認した。ナイチンゲールダンスさんやタイムマシーン3号さんがYouTube ShortsやTikTokでバズっているのも同じだ。お笑いの「現場」はいまも変わらず一回性のものであるの

          「シェア語」のふるい

          霊現象に関する立ち位置と最終完全回答

          芸人をやっているので、幽霊に関する仕事やライブの話が来たりする。始めたての頃は何でもチャレンジしたほうがいいと思って受けたりしていたけど、最近は逆に避けるようにしている。あるいは、これは仕事に関係なく「幽霊を信じているか?」という質問をされることがあって、毎回おんなじ回答をして、似たような問答に発展するのが面倒くさいので、全部書いておくことにする。今後「これ読んどいて。全部書いてるから」と渡すための記事である。 以下、思いついた順に箇条書き。 ・最初に結論から言っておくと

          霊現象に関する立ち位置と最終完全回答

          皮肉の責任は誰にあるか

          ここはとあるレストラン。テーブルにはメニューもなく、値段もわからない。客はその場に運ばれてきた料理を食べ、請求された金額を支払って出ていくシステムになっている。 あなたは初めてその店に来て席に着いた。周りを見ると、黙って食べている人もいれば、困惑している人や、顔を真っ赤にしている人もいる。しばらくして運ばれてきたのは、高級そうな皿に、見慣れた食パンがひときれと、およそ食べ物とは思えない見慣れない物体。店主はそれが何なのか説明もせず、ぶっきらぼうな態度で厨房へ帰っていった。そ

          皮肉の責任は誰にあるか

          10/29 M-1三回戦@祇園花月レポ

          はじめに:祇園花月の予備知識京都にある祇園花月という劇場は八坂神社のすぐ近くにある。M-1三回戦を控えた芸人が気もそぞろに早く上京し、時間つぶしのために参拝する風景がよく見られる。しかし、これをやっている芸人はその年に初めて三回戦に進んだ芸人だとバレてしまう。なぜならば八坂神社への参拝はM-1が終わると自動的になされるものであり、わざわざ鳥居をくぐる必要はないからだ。 「芸人」に用いられる芸の字は、本来「藝」である。表記の簡略化のために現在は略字の「芸」が用いられることが多

          10/29 M-1三回戦@祇園花月レポ

          ジャーゴンの相転移

          ベルクソンという哲学者の書いた『時間と自由』という著作がある。このなかでベルクソンは「時間」という言葉の用法を批判した。その内容を要約するとこうだ。時間という言葉の意味は”空間化”されている、つまり時計の針の運動のような形で別の量的形態に押し込められており、「ほんとうの時間」は質的なものなのだと主張した(そしてその"ほんとうの時間"なるものを「持続」と名付けた)。この考察にうなづく人はいても、果たして誰がこの言葉づかいを改めるだろうか。「二時間後に到着します」というLINEに

          ジャーゴンの相転移