中学校で習った因数分解の向こう側へ②

前回の続き。

前回の内容は簡単にいうとこういうことだった。中学校でやった因数分解というのは、ざっくりいうと「かけ算に書きなおす」ということであり、その中でも「(これ以上分解できない数の積)×(かけて1になる数)」の形で一通りに書けるものを「よい因数分解」と呼ぶことにした。こういう性質を「一意に素元分解される」というのだけど、とりあえず雰囲気でいきましょ。

「A×B=15」は実数の範囲で無数に解をもち、自然数の範囲では 3 と 5 が、整数の範囲ではこれに -3 と -5 をあわせたものが解の組になる。ではこんな風に、かけ算の書き表し方がある程度かっちりと決まる世界というのは整数と自然数だけなのか?というところで前回は終わっていた。

「1の倍数のなかよしクラブ」に新入り登場

そもそも整数とは何なのか。いろいろな定義があるが、いまは「1の倍数だけで構成されたグループ」と考えてみよう。3 や -5 というのはこのグループなのだが、0.5 や -1/7 などは仲間外れにされている。

では整数に √7 を仲間入りさせてみよう。つまり「1 の倍数と √7 の倍数だけで構成されたグループ」というのを考える。2 や -7 といった数はもちろんのこと、1+√7 や 11-3√7 という数も仲間に入っている。整数がJ1だとしたらJ2も交えて交流試合しますみたいな?そんな感じである。

この世界では今まで通りの因数分解が行えるほか、整数の世界では素数だった数もさらに分解することがある。たとえば、

29=(6+√7)(6-√7)

など、さらに細かく数が因数分解できる。

他にもあるかな?ということで、いったん手を止めて考えてみよう。たとえば 1 という数すらこの世界では 1 と -1 以外に因数分解される(!)。どのように分解するかちょっと考えてみて下さいね。

で、これって「よい因数分解」になってるわけ?

賢明な皆さんは、このJ1J2交流試合の面白さを実感するとともに一つの不安を覚えることだろう。

「これってさっき言ってた『よい因数分解』じゃないのでは?」

つまり、何でもかんでも無茶苦茶に分解するのではないのか、という疑問が生まれて当然だ。

たとえば 9 という数はこのように因数分解できる。

9=3×3=(4+√7)(4-√7)

おい!ハゲ!やっぱり一通りに分解しねーじゃねえか!時間返せ!という怒号が飛んできそうだが、これは分解が足りないからだ。

まずしれっと素数顔をしている「3」だが、これはこの世界ではまだ因数分解できる。分解だオラ!

3=(√7+2)(√7-2)

つまり真の姿は9={(√7+2)(√7-2)}^2だったわけだ。

では(4+√7)(4-√7)のほうは?実はこいつもまだ分解できる。

4+√7=(8+3√7)(√7-2)^2
4-√7=(8-3√7)(√7+2)^2

手を動かして確認してみよう。

さて、僕の書いたことをきっちり真面目に読んでくれている方はピンときたかもしれない。じつは 8+3√7 と 8-3√7 というのは、(8+3√7)(8-3√7)=1、つまり「かけて1になるペア」なのだ

他にもあるかな?ということで、いったん手を止めて考えてみよう。たとえば 1 という数すらこの世界では 1 と -1 以外に因数分解される(!)。どのように分解するかちょっと考えてみて下さいね。

ちゃんとやってくれましたよね?

これを踏まえると、9という数はやれるとこまで因数分解すると、ちゃんと「{(√7+2)(√7-2)}^2 ×(かけて1になる数)」という形式になっていることが分かる。つまり「よい因数分解」が成り立つ。実は二通りに分解されたかのように見えたものは、式を別ルートで展開した時に出てくるパターンだったに過ぎなかったのだ。

(※「うーん、なんだか屁理屈みたいだ」と思った人は正常。「なるほどね」とすんなり思った人は、いい意味で節操がない。むかしから教科書に載っていた数直線みたいなスケールで数の世界を見ていると、「3×5」と「(-3)×(-5)」がだいたい同じ分解というのはなんとなくわかる。それは1と-1という数が数直線で反対の位置にあって、なんとなくペアとして自然なように思えるからだろう(少なくとも自分はそう)。しかしここからはかけて1になる数、つまり「 8+3√7 と 8-3√7 」や「11と1/11」のようなものも「陰と陽」や「ボケとツッコミ」のようなあたらしい対称性でもってペアとして眺めてあげることが重要だ。)

実はこれまで見てきた「1 の倍数と √7 の倍数だけで構成されたグループ」の世界については、このようにすべての要素について「よい因数分解」が成り立つ世界である。つまりこの世界の構成員だけで一通りのかけ算に書き直せるのだ。いろいろ試してみよう。

次は虚数の世界へ

次回は整数の世界に虚数ちゃんも仲間入りさせてみる。その世界では、同じようにいろんな因数分解が成り立ち、また今回の3のように素数みたいな顔してツンとすまして歩いている整数を分解してやることができる。

*補足

今回の内容は実二次体のうち、素元分解が一意に行える一意分解整域に関する話です。証明などは省き、また用語に関しても意図的になじみのあるものに書き換えていますのでご了承ください。また、きちんと学びたい方は代数学の本を参照していただくとよいですし、ぼくとしてもそれが本望です。

また「かけて1になるペア」として紹介した 8+3√7, 8-3√7 については、それぞれをべき乗した数もこれに相当します(関連する話としてペル方程式があります)。この中でも最小のものを二次体の基本単数といいますが、例えば整数に√5を添加すると基本単数を持てません。ここでは (1±√5)/2 が基本単数となります。上で行っている議論は基本的には有理数体上で行うものですが、簡易化のためにいまのところ整数としています。

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