見出し画像

多様性の中で生きる僕らの音楽のスゝメ⑧

お時間ございましたらお付き合い下さい。
こちらが前回です。

 昔、市民劇団に在籍していた頃の劇団長から興味深い話を聞いたことがある。
 何でもその昔に海岸に流れ着いた太鼓を見よう見真似で叩いたことにより、市井の民に広まっていったことが一般における日本の音楽のルーツ(それまでの音楽は祭礼や神事、儀式など)とされる研究を劇団長の友人の民俗学者が研究しているとのこと(自分は優等生ではなかったので話はうろ覚えだが)。

 もの凄く平たく言えば、日本の音楽の歴史は(演奏、という意味を含めると)物真似がルーツ、と言うのだ。 

 世もすればトンデモ仮説だが、正直成る程言い得て妙、の部分もあると感じている。
 というのも、声帯模写の歴史に関しては情報は出てくるのだが、こと形態模写に関しては圧倒的に少なく、近辺の歴史しか該当しないのだ。
 今回はこの仮説を元に話を進めていこうと思う。

キメラの潮流、その源泉

 Jポップはキメラ、の由縁は前章で話した内容だけに留まらない。
 そしてJポップという言葉自体が(最早今となっては)ほぼ全ての音楽の要素を取り込み、そしてそれらを内包する巨大化物ジャンルになってしまっているがゆえ、実質どこから観察すれば全貌が理解できるのか判らないレベルである。

 だが細かく砕いていく事で見えてくるモノもある。
 そしてその内容は結論において重要なモノになりそうなので、多岐に渡ってしまうが(ざっとではあるが)、複数回に渡りジャンルそれぞれの流れについて海外と日本に分けてピックアップして行こうと思う。
 

フォークソングの海外と日本の流れ

海外のフォーク:
英語圏発祥の伝統的な民俗音楽が下地になり、主にアメリカで動きは活発化する(後のカントリー・ミュージック等に影響)。
 プロテストソング:公民権運動や反体制、政治的抗議運動などのカウンターソング。

日本のフォーク:
特徴としては非メッセージ性のものも多く、レコード会社の積極的介入(1970年頃)によりアイドル・フォーク、産業フォークとも呼ばれる。叙情派フォーク、四畳半フォークなども生まれた。後の日本のGS(グループサウンズ)とも密接な関わりを持つ。

ジャズの海外と日本の流れ

海外のジャズ:
アメリカ南部の都市を中心に世界中に広がりを見せる。元はアフリカからの移民とその子孫の人種音楽としての在り方である。
演奏の中にブルーノートやスウィング、インプロ(他割愛)などの要素が特徴的。
ヨーロッパでも当時の保守派やファシズムを乗り越えて大衆音楽になっている。

日本のジャズ:
こと戦後においてはアメリカの進駐軍のキャンプ内でバンド演奏したことから始まる(主なスタイルはブギ=ウギか)。
その後フリージャズ、フュージョンの流れを経て、1980年代に

・新星堂(当時)の村上寛氏が手掛けたレーベル [オーマガトキ] 
・ジャズライブハウス「アケタの店」のオーナー(ジャズピアニストでもある)明田川壮之氏の手掛けたレーベル [アケタズ・ディスク]

から排出されたミュージシャン、又は音源を称して中央線ジャズなる概念が生まれる。

 近年では若手や中堅のジャズに対する貪欲な姿勢も相成って更なる多様性を受けJ-JAZZなる言葉も作られそうだ。

※リンク元の記事はインストバンド Calmera(カルメラ) に在籍の西崎ゴウシ伝説氏が執筆した記事です。そちらでJ-JAZZを提唱しています。

ヒップホップの海外と日本の流れ

海外のヒップホップ:
 北アフリカ(主に西側諸国)の文化の影響とジャマイカのレゲエ、そしてアフリカ系アメリカ人の人種音楽がルーツとされる。
 元々はアフロ、カリビアン、ヒスパニックからなるコミュニティから生まれた文化の総称である。
 政治的主張や過激なメッセージ性も特徴的か。
 年代によっての分類と出身地域の分類があることも特徴的だが近年はその境界も薄れつつある。

日本のヒップホップ:
 日本のヒップホップシーンは興行やサブカルチャー、そしてアフリカ系アメリカ人の文化自体がごちゃ混ぜに入り組んで入って来ているので辿るのは容易では無いが、1980年代の関西ディスコシーンや関東では神奈川の山下公園のストリートダンス、東京原宿の歩行者天国(ホコ天)などがほぼ同時期に発生している。

 マスメディアや興行会社が歪曲した概念をTVを使ってブームを作ろうとする中(というか、ヒップホップは"それぞれが独立した総合文化"ということの理解度が足りていなかった)、

・スポーツメーカー出資のイベント(1984年)
・レーベル主宰のDJコンテスト(1988年~)など

 スポンサーやミュージシャンの間でも独自にヒップホップシーンとしての成熟度を高めていくアクションを取っている。だがその反面、

・どうしても前者が市民権を得てしまうこと
・ポップ/ロックの全盛期とかち合ってしまう

ためにアンダーグラウンドのイメージが強くなっていったためにメディアやメジャーとの共存を選んだ者も少なくなかった。
 (その結果としてJ-HIPHOPなる国内の特殊な独自性も生まれることになるのだが。)




 この次がロックの項目なのですが、ロックのファン層はとても多く、また情報が多岐に渡る可能性(主に日本)がとても高いので準備を踏まえて次回に回します。


サポートしていただけると幸いです。