イチ太郎の借金

うちには三人の子がいる。
六年間一人っ子生活してきた21になる一人目、イチ太郎。
長男の一人っ子生活を崩壊させた15の二人目、ユメ花子。
家族の均衡を保つべくあらわれた11歳、三人目、ピアニカわすれタロウ。
今は関東で大学生活を送るイチ太郎がメールで立ち話のように言う。「みんなの満年齢教えて。」
答えながら、そこにいるかのように返す。「何に使うのや?」
即レスが来る。「借金するんだ。」
…何か仕事を始めるらしい。相当な額で、高いか安いかも母には分からぬ。
なんとなく父母の会話を聞いていたユメ花子が唐突に言った。「おにいちゃん!だめよ!借金なんて。」つい返した。「なんなん、その芝居じみた言い方。」夫は言う。「いや、そういう普通の考え方は大事やぞ。あいつが返せんかったら、返さなあかんとかどうする?」「いや(嫌)、ムリムリムリ。」二人同時に言う。
そこへピアニカわすれタロウ、「へー、おにいちゃん、どんな仕事するんやろ。そもそも仕事するってお金もらえるんと違うん?まあ、お兄ちゃんのことやからな。僕も働いて、一円でもお金を返すよ!」
「おい、誰か、にーちゃんにメール送れよ。弟が借金返すために一円でも返したるって言うてるぞって。」明らかに笑いを含んだ声で三人の父がコメント。
イチ太郎は起業したいと言い出して高校を辞めたり転学したり、お騒がせな迷惑者だ。でも私たち夫婦も結局のところ簡単に手放せる関係でないことはよくわかっている。それ以上にびっくりするのが、この年の離れた下の子二人が、私たち大人の想像以上に兄を慕っていることなのである。
悪いけれど、この二人が幼く傷つきやすい存在だった頃、この家はイチ太郎のことで暴力や破壊や怒号は日常の一部だった。私はすさんで、薄氷を踏んで過ごすような家にどうにか毎日帰っていたのは、この二人が家で私を待っていたからだった。
おい、イチ太郎よ。ちゃんとしろよ。勝手に作られて迷惑だろうが、二人の「お兄ちゃん」像を、崩すんじゃないよ。

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