『パトロール』
15:00
私はカゴからむくりと起き上がり、大きな腹を出して仰向けに寝ている男の横をそっと通り過ぎる。
縁側を横切り、いつも10センチほど開けてある掃き出し窓の隙間から外に出る。
パトロールの開始だ。
最寄りの原っぱは、ついこの間盛大に草刈りが行われてしまった。
積み上げられて茶色く枯れた猫じゃらしを残念に見ながら通り過ぎる。
一段高い土地には広大な畑が広がっていたが、いつだったか整地され、瞬く間に太陽光パネルが並んだ。
あの不快な周波数を発するエリアには二度と近付きたくはない。
ルートを変えて最近お気に入りなのは、木の壁の一軒家。
庭に並ぶ植木鉢にはカエルが1匹住み着いていた。程よい湿気が快適なのだろう。
いつも私が近付くと植木鉢からピョンと飛び出してどこかへ逃げていたのに、だんだん慣れてきたのか植木鉢のふちから両目を出してじっとこちらを伺うようになった。
通り過ぎざま、顔をぐいっと植木鉢に近付けた。
驚いたカエルはピョンと飛び出してどこかへ逃げていった。
フンッと私は鼻を鳴らした。
ウッドデッキを通り抜ける。
レースのカーテン越しに、リビングでノートパソコンに向かって懸命にキーボードを打ち込む人影が見える。
今日は9月にしては蒸し暑い日だった。
網戸から風がふわりと抜けて、少し冷めたドリップコーヒーの香りが漂った。
土地が一段低い隣家へ飛び降り、車のいないガレージの隅で丸くなった。
15:25
休憩の時間だ。
15:30
耳をピンと立てて頭を上げた。
遠くで犬の気配を感じたが、近付いてくる様子はないようだ。
身体をうーんと伸ばして、パトロール後半戦に向かう。
ブロック塀の上は視界が広いし邪魔者もいない特上ルートだ。
上から目線で眺める景色はなんとも気持ちが良い。
特にこのアパートの一階部分は奥までよく見通せる。ブロック塀があるから油断してカーテン全開の住人も多い。
PCのモニターには体格のいい男性が映し出されていた。
「7、8、9、10、はいあと10回」
その声に合わせて、住人の女性は両足を45度に上げては下ろした。
人が通るためだけの細い路地は、傾斜がきつくて側溝を勢いよく水が流れる。
日が当たることのないアスファルトには苔が生え、たまにサワガニがうろつく。
のこのこ現れたヤツらを前足で捕らえるのが楽しみの一つだが、残念なことに今日は見かけなかった。
苔に気をつけながら坂道を上った。
神社の裏には誰の管理も届いてないらしき三角地帯がある。
生い茂った猫じゃらしに、思う存分潜り込んだ。
穂先が激しく触れ合い、サラサラサラと快適な音を鳴らした。
15:53
そろそろパトロールの時間が終わる。
大きな腹の男は、起き上がってテレビを見ながらうちわを仰いでいた。
掃き出し窓の隙間から縁側に上がる私を見て「ごはんにするか」と立ち上がり台所に向かった。
彼は自分が私の飼い主だと勝手に思っているようで、こちらも表向き合わせていれば美味い飯をいただける。お互い幸せな関係だ。
お気に入りのカゴの上に丸まり、目を閉じた。
ーーーーーー
15:55
アラームが鳴った。
「終了でーす!お疲れさまでした!」
私のかけ声を合図に、静かだった場所が一斉に賑わう。
ライターが集うこのチャットルームでは、決められた時間で参加者みんなが作業に集中する「作業マラソン」が行われている。
これがなかなか高い効果を発揮して、口々に成果を発表しお互いを労い合う。
「作業が進みました!」
「納品まで完了しました^^」
「おおーすごい!」
「記事書けました!」
「すばらしい!」と褒めたたえながら、そこのキミは筋トレをしていただろう?って内心ほくそ笑む。
まぁ私も日課のパトロールに出かけていたんだがね。
終(1501文字)
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