スバルに乗りたいと君が言うから
冬晴れ、という言葉があるかどうかは知らないけれど、雪の残る真冬の晴天は信州の魅力の一つだと自信を持って言える。
放射冷却といって晴天時は地表の空気が逃げるから冷え込みも厳しく、雪景色にキラキラと反射する太陽の光は美しさとともに残酷さも伴って、それはもう最高に輝く。
期限が1月末までのイタリアンレストランのクーポン券を口実に、食事に誘った彼女とのドライブデート。
愛車を溺愛しているその友人は車内泊セットも常備するほどの弾丸系遠出好きで、「どうせならあそこにもここにも行って」と計画が膨らんだから、私はてっきり彼女の車で出かけるのだと思っていた。
「スバルに乗るの初めて!」
その一言で、待ち合わせた彼女を助手席に乗せて、私のスバルで出かけることになった。
目的のレストランは少し遠くにあるから余裕をもって出発。予約より早めに着いた駐車場でしばらくおしゃべりしてからの入店。
ここは何といっても前菜のバーニャカウダが最高すぎる。
このために来たと言ってもいいほど、新鮮な朝採れ野菜と温かいソース。
メインディッシュのパスタはお互いシェア。
最後のデザート、信州リンゴのタルトは厚めの生地まで味が染みて美味しさの語彙が足りない。
気さくなシェフのペースで出てくるので、時間を気にしなくていい時にゆっくり味わう空間。美味しさに夢中になると一気にぺろりといってしまうから、相手との会話をメインに少し緊張気味に過ごすのがちょうどいい。
私たちはお互いの過去の旅行話を共有した結果、将来の旅行計画が立ってしまった。
満足してお店を後にすると、次の目的地へ。
道中思いがけない場所で渋滞に遭い、う回路を検索したらそこがもう最高の道路だった。整備された2車線が延々と続いて信号が少なく、あまり知られていないせいか走行車もまばら。山の起伏を縫うようにカーブの多い道ながら、そのおかげで景色がキレイ。
移住や別荘と思われるおしゃれな建物が点在する中を抜けて、本来のルートに合流。
「ねぇ、シフォンケーキって好き?」
突然そんな質問を受けて戸惑いながら「好き」と答える。
あの、スポンジケーキとは違う弾力のある食感は割と好みで、定期的に行くWi-Fiのつながらないカフェでケーキセットを頼むときは必ずシフォンケーキを選ぶ。
視界の端に一瞬映った看板に「シフォンケーキ」という文字が見えた気がした。
「実は私そんなに得意じゃないの」と彼女は言った。そっか。
自宅からレストランに行くのと同じくらいの移動時間を経て、次の目的地に到着した。
市街地から遠く離れた場所なのに、思ったより観光客は多い。
どういう戦略で集客するんだろうとか、設備の使いやすさとか、商品のパッケージデザインや展示の仕方とか、小売業に携わる彼女の視点を交えた意見交換がとても楽しい。本当は私も仕事でこういうやり取りがしたいんだ。
以前、お互い持ち寄った食材で乾杯したとき、私が持って行ったクラフトビールが気に入ったらしく以来チェックしているそうで、オススメされた地ビールをいくつか購入。
商品棚でたびたび行き会ったサングラスのご婦人は、その後駐車場で超高級車の助手席に収まり颯爽と去っていった。
最後にリゾート温泉で贅沢。
事前に地図で調べていたものの、思ったよりも山奥にあるリゾート地で、一部未舗装路も走ることになった。スバルのSUV車を生かせる路面に少し気持ちが上がる。雪の残る路面から受けた汚れは洗車すればいいから平気。
山奥の湖沿いに建ち並ぶ、外観の揃った建造物の数々が高級ホテル感をだしている。こんなご時世で来客も減少したはずなのに、広い建物の隅々まで手入れの行き届いた設備はさすが。
氷点下の露天風呂も含めてたっぷり長湯をして、身体の芯まですっかり暖まってから、帰路へ。
「庭を掘って温泉が出たら」っていう構想で一盛り上がりするほど、信州は温泉が豊富な土地。
仕事帰りに外湯を楽しむ彼女の話を聞くと、毎日自宅に直行するのはもったいない気がしてくる。
帰り道の途中で彼女から「シフォンケーキ買いに寄っていこうよ」という提案。
さっき通り過ぎた看板はやっぱり、シフォンケーキ屋さんだったんだ。
整備された2車線道路沿いに建物が点在する地域で、民家兼カフェも多い。確かこの辺り、というところで注意深く見ていたら発見。
山羊!!
ヤギがいます!!
勝手に写真を撮っていたら表に出てきたお店の人が「どうぞ」と気さくに話しかけてくれた。
店に入って納得。
なんと、このお店ではヤギ乳のシフォンケーキを販売していた。
壁中に貼られたヤギの写真に、ヤギ好きが高じてヤギ飼いながらカフェやってるんだなぁって微笑ましくて楽しくなった。
4分の1カットが2つ入った包みを一つ、テイクアウト。
シフォンケーキはそれほど得意じゃないようなことを言っていた彼女も、同じものを購入。
日が傾いて、影の角度が変わってきた。
枝だけの木々の合間から見える空は広くて、何とも言えない景色が目前に広がる。
「雪です」
彼女の声が聞こえた。
チラリと目を向けると、スマホを外に向けて撮影しているようだった。
「浅間山です」
正面にそびえたつ特徴的なシルエットの山を映す。
そのままスマホを私に向けた。
「ケイさんです」
運転中でよそ見をするわけにもいかず、でもとっさに気の利いた言葉も出てこなくて、えへへっと笑った。
彼女はまた前方にスマホを向けて
「青空です」
とコメントを続けた。
朝の待ち合わせ場所に戻ると、次の予定があるからと彼女はさっさと自分の車に乗り込んで去っていった。スバルとはまるで違うエンジン音は、私と彼女の嗜好の違いのように感じた。
家に帰ると日暮れ前らしい薄暗さ。
18時を待って、冷えたビールを開ける。
今日買ってきたクラフトビールは、冷やして明日飲む予定。
外がすっかり暗くなった頃、帰宅した彼女からのLINEがあった。
今日は楽しかったね、という振り返りまでがお出かけの一部。
早速、シフォンケーキを付け合わせとともに大皿に盛り付けた写真を送ってくれた。料理上手な彼女は、さらなる映えを目指してカッティングボードを買うつもりだと言っていたっけ。
次に、あの時撮っていた動画が送られてきた。
カメラを向けられた私は、挙動不審に目尻をゆがませてマスクの下で「ンフッ」と気持ち悪い音を発していた。助手席から見た私はこんな姿なのか。
スバルの青いボンネットの向こうに見える、信州の雪と山と青空は最高に美しかった。
終
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