供給維持か供給破綻か、水道法改正案により民営化がもたらすもの
今現在、開かれている臨時国会は外国人労働者受け入れの拡大から始まり、様々注目すべき法案が審議なされている。その中で最も注視すべき法案は水道法改正案である。7月の通常国会で衆議院を通過、今月の22日から参院厚生労働委員会で審議入りした水道法改正案、水道インフラを民営企業の運営にしようという政府の動きである。
まず念頭に置いて頂きたいのは水道事業に民間企業が参入するのは、世界潮流に逆行するという事実と、水道民営化によって起こり得るであろう数々の問題である。
なぜ民営化を進めようとするのか
根本匠厚労相は水道法改正案の趣旨説明において「水道事業は深刻な課題に直面している。早期の可決をお願いしたい」と理解を求めた。
日本における水道事業は自治体による独立採算であり、使用量に応じて徴収した水道料金により事業は運営されている。だが人口減少によって需要収縮による水道水の消費の著しく減少し、それに伴い水道料金の収益が減少する、
数値で言えば水道の使用料が2000年の場合、3900万㎥/d(一日)であったのが、計算では2060年には2200万㎥/dまで減少する見通しである。今のままでは水道施設の維持コスト、人件費などその他諸々の経費に応じ、自治体の水道料金の値が跳ね上がってしまう。それだけではない。老朽化が進む水道施設、水道管などの再整備に向けて、コストもある。予期される深刻な財政赤字を切り抜けるべく、政府はコンセッション方式で、水道事業への民間企業を参入させ効率的な経営を試みようとしているのだ。
コンセッション方式とは
コンセッション方式とは事業者が契約、免許によって独占的に営業権を与えられたうえで行われる事業のことを指し、日本では2011年の民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)の改正により公共サービス分野でも運用されることとなった。
公共施設等運営権を与えられた事業所が運営、営業を行い利用料金を収入とする仕組みである。公共施設の定義はPFI法上、「道路、鉄道、港湾、空港、河川、公園、水道、下水道、工業用水道等の公共施設」、「賃貸住宅及び教育文化施設、廃棄物処理施設、医療施設、社会福祉施設、更生保護施設、駐車場、地下街等の公益的施設」が含まれており、今回の水道法改正案でいえば水道、下水道、工場用水道が当てはまる。与えられるのはあくまで公共施設等運営権であり、その施設を譲渡するのではない。水道事業をするのは民間企業に託され、水道施設の所有権は自治体にある。
国際潮流とは再公営化
水道民営化といって驚かれる方も居るかもしれないが、何もこれは日本政府が世界で初めて立案したものではなく、世界では度々行われてきた政策である。
1980年代、財政赤字であった欧州各国を皮切りに、1990年代に開発途上国を含む国々に広く普及していった。しかし民間企業は国家とは異なり、利益追求と経済合理性により運営方針が決まるため、過剰なコスト削減による水道水の汚染や、特定地域での独占企業となることもあり水道水の高騰など問題視されていった。
イギリスでは衛生管理が不十分であったため水道水より赤痢菌に掛かった患者が増加。フランスでは約20年で水道料金が265%の上昇。さらには第三者機関による監査で適正な水道料金よりも割高で徴収されていたケースも見受けられる。このような事例が各地域で多発したため、契約期間中に水道会社に多額の違約金等を支払い契約を打ち切って再公営化を果たす自治体や、契約期間が終わってから契約更新することなく再公営化をする自治体が多く存在する。
コチャバンバ水紛争
グローバル社会において、開発途上国へ欧米の水道会社が進出、現地で発生した問題はさらに悪質である。ボリビアのコチャバンバ地方では水道事業の運営権をアメリカのベクテル社が買取り、子会社のアグアス•デル•ツナリ社が水道を供給し始めた。
一ヶ月の最低賃金が100ドル(当時約12000円)に満たないコチャバンバ地方のとある町で、水道の請求額が所得の20%を超える20ドル(当時約2400円)となったのだ。日本で例えると月収20万円の人の元へ、4万円の水道料金の請求がやってくる状態である。
生活さえも崩壊させる水道料金に、支払うことのできない人々が現れるが、水道会社は支払い不能者への水供給をストップしたのであった。その結果、浄化されてない水、汚濁された水を飲むしか選択肢がなく、貧困層に位置する方々の命は奪われていったのである。
市民は「水と生活を防衛する市民連合」を結成し2000年1月から4月にかけて大規模な抗議デモを行い、ベクテル社、アグアス•デル•ツナリ社は撤退した。その後、抗議デモの原因でもあるベクテル社は、契約破棄による損害賠償請求2500万ドルをボリビア政府に突き付けている。この一連の流れを『ボリビア水戦争』、『コチャバンバ水紛争』として名付けられた。フィリピンのマニラなど世界各国にて、水道民営化によりこのような事態が見受けられている。
高額な修理費か高めの配管保険か
作家・ジャーナリストの冷泉彰彦氏がニューズウィーク日本版に寄稿したコラムでは、水道が民営化されているニュージャージ州での実際に発生した問題について語っている。
アメリカの市町村は完全独立採算制、収支の透明性を要求されるため、納税者の意識が高く、大都市など、規模の大きい自治体以外では「公営事業としての各自治体による設備投資の継続」ではなくコンセッション方式での「民営化」がなされた。ニュージャージ州にて、豪雨による河川の氾濫で泥水が浄水場に溢れるという事故が起こり、水道を管理していた『エリザベス・ウォーター(EWC)』は処理費用、今後の洪水対策にかかる費用に耐えられず、全米最大の水道会社『アメリカン・ウォーター(AW)』に地域事業を売却した。AW社によって浄水場の整備がなされ、水道管の定期的な清掃作業もされ、安全な水を供給し始めた。その結果、以前のEWC社の管理による水道料金よりも40%も値上げされた。
料金の値上げならまだかわいいものである。水道の本管から各家庭への引き込み線までの修理はEWC社との契約では無償であったものの、AW社が求めた契約は引き込み線の所有権は各家庭にあるものとして、破損した場合の修理費は各家庭持ちとなってしまった。さらに修理費は各家庭持ちにも関わらず、本管に接続する部分の修理はAW社の指定業者しか認められず、その工事費用は1件1万ドルと高額な負担を求められることとなった。水道管の修理のためにAW社の指定業者を呼んだとしてもすぐに駆けつけてくれるわけではない。ではどうしているのかというと、AW社はこれもまた『高めの配管保険』というものを販売している。『配管保険』に入っていると引き込み線が破損したとしても無料でカバー、『配管保険』に加入していない修理よりも優先されるという仕組みである。手口が悪質だと思われるかもしれないが、これが維持コストが民間の経済合理性で回っている「水道民営化」の現実である。そして勘違いするかもしれないが、これはあくまで水道民営化の成功した自治体の裏側に潜む問題を取り上げたに過ぎず、水道民営化における失敗例ではないということだ。
民営化の成功例はあてにできない
冷泉氏は、アメリカでは水質管理や安定供給に関する監督権は自治体であるため、今のところ水道供給の破綻にまでは生じていないとした上で、日本の民営化議論については、審議を尽くす必要があると論じている。水道民営化の話は人口縮小における需要収縮の中で地方自治体の財政では膨大なコストを支え切れないという状況の中で出てきたものであるため、世界の水道民営化の成功例との比較は安直であると述べている。
大災害が生じた場合、民営の水道業者が、利益を期待できない地域の修復コストを負担しない可能性について指摘している。また公費で補助を実施する場合において癒着が起きないようにする監視体制がなければならず、現在の行政機関が純然たる第三者機関の設置をできるかどうかも疑問である。
『水道民営化、アメリカでは実際に何が起きたか』2018.7.26
【参照記事:https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2018/07/post-1018_1.php】
すでに始まっている水道民営化
静岡県の浜松市では2018年の4月にモデルケースとして水道民営化をコンセッション方式で始めていた。世界大手の水道会社ヴェオリアが参加する、水メジャーという企業連合に20年間の契約で二か所の下水処理施設の運営権を譲渡したのである。そもそもヴェオリア社はインディアナポリス市において、水質汚染を招いた前例がある(20年契約を10年で打ち切るためにインディアナポリス市は違約金約3000万ドルをヴェオリアに支払った)。
今はまだコストカットによる衛生問題や値上がり等の話も出てきておらず、問題らしき問題は発生していない。しかし水道法改正案はまだ可決されておらず、各自治体がコンセッション方式による水道民営化をする前なのだから当然であろう。もし少しでも問題が発生してしまえば、自分たちにとって新たな市場を生み出してくれる金の卵である水道法改正案の審議にも影響が出てしまう。だがもし法案が通り、各自治体がコンセッション方式にて水道事業の運営権を民間企業に渡した時にどうなるのであろうか。水道事業を託された民間会社が今まで通りの運営、水道水の安全性、水道料金を維持する保障はどこにもないない状態である。
住んでいる自治体は賛成or反対
人が生きていく上で水というのは欠かせないものである。水道事業を民営化するにしても公営事業として続けるにしても、より一層議論を深める必要がある。しかし水道法改正案は、衆議院ではたった8時間の審議で強行採決がなされてしまった。衆議院の様子を見る限りでは、参議院でも強行採決が行われるだろう。その場合、我々はどうすればいいのか。各自治体に水道事業民営化、コンセッション方式の導入を拒否するよう働きかけるしかない。
2013年に大阪市が水道事業民営化を事業計画書に盛り込んだが、市民の反対運動が始まったことから、すぐに撤回をし、事業計画書から民営化の文字が消えた前例がある。もし水道法改正がなされれば大阪市などは法施行と共に、すぐにでも水道会社と契約を結び民営化へ向けて舵を取るであろう。市民が各自治体の動きに注視して、手を取り合い団結し反対の声をあげることこそ、水道民営化への動きを止める唯一の方法である。
一方で水道法改正に反対する自治体もある。福井県議会は『水道法改正案に慎重な審議を求める意見書』を、新潟県議会は『水道法改正案に反対する意見書』を提出している。福井県、新潟県ともに自民党議員でさえ政府に対し、国民生活に影響を及ぼす、公共の福祉を脅かす事態となりかねないと反対を表明しているのだ(新潟県に関しては公明党が意見書に反対をした)。あなたの自治体は水道法改正案をどのように考えているのか、自治体のHPをチェックしてみると良いだろう。
水道法改正案が可決する前でもできることはある。来年には参議院選挙がある。立候補者が喉から手が出るほど欲しい一票を持つ支持者として、水道法改正案を推し進めようとする議員の事務所に訴えかければ、効果は絶大だろう。世界の潮流と逆行する水道民営化について、参議院にて慎重な審議を継続させる、勇み足ではないかと立ち止まらせるために必要なのは有権者の声を議員に直接届けることである。
参考記事:https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20181115-00104161/
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https://note.mu/ksty/n/n716d2f020550
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