記録は自分への信頼の鍵

行動記録を続けてディズニーランドに行ったCさん

先日、私の外来を受診したPOTS患者のCさんが、

「初めて東京ディズニーランドに行ってきました!」

と報告してくれました。もちろん、すべて自力で移動するのは無理ですが、園内で借りられるカートを使って、楽しく過ごすことができたそうです。

この方は30歳の女性で、中学2年生のときにPOTSを発症して以来、いくつもの医療機関で治療を続けていました。主治医だった先生の異動をきっかけに、5、6年ほど前から私の外来に通っています。

成人のPOTS患者さんの中には、Cさんのように小児期から症状が持続するケースもあります。残念ながら、このような患者さんの多くは重症で、改善に時間がかかるのです。Cさんも長く外来で治療を続けていますが、まだ外出や家事などの日常生活を一般の方と同じように送ることができません。

POTSの症状が改善する早さは人によって異なります。むしろ、ゆっくりと変わることのほうが多いでしょう。あなたも「たしかに、少なくとも悪くはなっていないけれど、自分が思うほど良くもなっていない」と感じているかもしれません。

そんなときは、毎日の行動の記録をとってみてください。

初めて私の外来を訪れたとき、Cさんは直近1か月の自分が歩けた距離や、運動の記録を持参してくれました。そこには、一日の歩数だけでなく、起立訓練を行った時間や腹筋運動など体幹トレーニングの内容まで細かく書かれていました。記録を一読しただけで、その日の病状がよくわかりました。

感銘を受けた私は、治療を進めるにあたって、ぜひこの習慣を続けてくれるようお願いしたのです。

記録をとることで、自分ではわからない僅かな変化に気づけるようになります。

Cさんは当初、週の半分以上はほとんど寝て過ごして、調子のいいときでも一日に2000歩程度しか歩けませんでした。しかし、治療を何年か継続した結果、歩数は6000まで伸びました。もちろん、そこまで歩けるのは週に3日が限度ですが、大きな進歩だと思います。

じつは、最近まで本人はこの変化を体感できていなかったそうです。あるとき、私の外来に来た当初と最新の行動記録を比較して見せたところ、

「いつのまにか、こんなに動けるようになっていたのですね!」

と驚いていました。このときは、その数日前にテーマパークに行って楽しめたことも、自信につながったようです。

このあと、自分にできる仕事があるかどうかをハローワークに問い合わせて、さっそくリモートでできるパソコン作業のトレーニングを始めたそうです。

睡眠の記録も役に立ちます

POTS患者さんを悩ませる不眠や、朝起きられないという問題にも記録が役に立ちます。

Dさんは21歳の男性で、Cさんと同じく中学生でPOTSを発症しました。

17歳のころから朝起きられなくなり、立ちくらみの症状もありました。すぐに近くのクリニックを受診してメトリジンを処方してもらい、いったんは調子がよくなったそうです。

ところが大学に入学した年の夏に、再び具合が悪くなりました。

寝ている状態から立ち上がると、脈拍が毎分で40拍以上も増加して気分が悪くなり、それ以上は立ち続けることができません。

以前に診てもらったクリニックでもう一度メトリジンを出してもらいました。立ったときの動悸やふらつきがするだけでなく睡眠のリズムが整わなくなり、学校に通えなくなってしまいました。

そのクリニックの先生にPOTSを疑われて私の外来を受診しました。 

初めて来たときに、Dさんは持参した睡眠記録を見せてくれました。その記録を見ると、朝の5時に寝て、昼の1時過ぎに起きるという昼夜が逆転した生活を送っていることがわかりました。

同時に、横になっているときの血圧に加え、脈拍と立ち上がったあとの血圧と脈拍の変化も記録してくれていました。

もともとDさんの血圧は低く、安静にしていると上が90㎜Hgないときがあったそうです。毎日の記録でも、ずっと血圧は二桁で、立ち上がっても変わらないのに、脈拍毎分で120拍を超える日もありました。

「以前は、ここまでひどくはなかったのです。でも、目が覚めても疲れた感じが残って、なかなか起き上がれず、どんどん起きる時間が遅くなっていきました」

POTSの患者さんには、眠れない、寝つきが悪いという方が多く、Dさんのように徐々に睡眠のサイクルが後ろにずれてくる場合があります。

昼夜が逆転しても生活に差し支えなければ何の問題もありません。しかし実際には、起きられなかったり、日中に強い眠気やだるさを感じたりすることが多く、たいていはその方の生活に支障をきたします。

Dさんにはメトリジンだけでなく、身体の水分を増やしてくれるフロリネフという薬を追加しました。

そして、睡眠-覚醒リズム(内因性概日リズム)のずれに関しては、メラトニンという脳内の松果体から分泌されるホルモンと同じような作用をするロゼレム(一般名:ラメルテオン )を飲んでもらいました。

Dさんはこの治療を始めたあと、少しは起きて活動できる時間が増えてきたものの、通常の学校の時間割にはなじめませんでした。現在は通信制の大学に移籍して勉強を続けています。

その後、彼は得意のパソコンで独自の記録用紙を作成しました。いまでも診察のときは毎回、睡眠の結果を見せてくれます。

最近では朝10時くらいまでには起きられるようになりました。でも、調子の悪いときは昼過ぎまで寝てしまうようです。自分でも記録を見て、起床時間が遅くなってきたときは生活のペースを落とすなどして自己管理に役立てているそうです。

最近では行動や睡眠の様子を、スマートフォンやスマートウォッチをはじめとしたウェアラブルデバイスで手軽に記録できるようになりました。

なかなかよくならないと思ったときは、自分の症状や行動を記録してみてください。まずは2週間だけ続けるつもりで、気軽に始めるのがおすすめです。

現代に生きる私たちの日常は、数万年前と違って、生死の瀬戸際での素早い判断や行動が必要というわけではありません。POTSを放置したからといって、すぐさま生命の危機に及ぶことはまずないでしょう。

それよりも、朝起きられない、思うように体が動かないといった症状によって、家庭や学校や職場などで、周囲の人々の期待や要望に応えられないことが問題ではないでしょうか。

POTSの治療には、薬で症状を和らげると同時に、自分に合った環境を整えることが欠かせません。記録を通じて、自分がどのような条件なら活動できるかを見つけて、できるだけそれに近い状態で生活するように心がけてください。



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