新刊無料公開『新しいカレーの歴史 上』 「謎の幻視と『美味しんぼ』から始まった、間違いだらけのカレー史研究」その1
新刊『新しいカレーの歴史 上』〈日本渡来以前の諸国のカレー〉発売しました。よろしくお願いいたします。
新刊では海外の最新研究動向をふまえ、嘘・間違いだらけの日本のカレー史研究を全面的に刷新します。
それでは『新しいカレーの歴史 上』、冒頭部分をお楽しみください。
第一章 謎の幻視と『美味しんぼ』から始まった、間違いだらけのカレー史研究
1.ガラパゴス・デマが跋扈する日本のカレー史研究
・イギリスに初めてカレーをもたらしたのは、初代インド総督ヘースティングズ
・初めてカレー粉を商品化したのは、イギリスの会社C&B
これらの史実は、カレーの歴史に関する日本語の書籍において繰り返し述べられてきた、ありふれた史実である。カレーの歴史に少しでも興味あるものならば、これらの史実は誰でも知っていることだろう。
ところが、これらの史実が載っていないカレー史の書籍がある。リジー・コリンガムの『インドカレー伝』と、コリーン・テイラー・センの『カレーの歴史』だ。
この二冊だけではない。英語圏で出版されたカレー史の書籍、David Burnett, Helen Saberi『THE ROAD TO VINDALOO』、David Burton『THE RAJ AT TABLE』、Jo Monroe『STAR OF INDIA』、Jennifer Brennan『Curries and Bugles』、Sejal Sukhadwala『THE PHILOSOPHY OF CURRY』、Shrabani Basu『Curry in the Crown』、これら全ての書籍において、日本で流布しているこれらの「史実」は書かれていない。
なぜなら、ヘースティングズ総督がイギリスに初めてカレーをもたらした、C&Bが初めてカレー粉を商品化したといった「史実」は、日本人だけが信じている嘘情報、ガラパゴス・デマだからだ。(注 ヘースティングズに関する以下の情報のいくつかは、2016年に漆原次郎によって指摘されている JBpressオンライン記事「カレーの歴史を洗い直したら大きな謎に突き当たった」参照)
イギリスにおいて初めてカレーのレシピが掲載された料理書はHannah Glasseの『THE ART OF COOKERY Made PLAIN and EASY』(Glasse 1747:52)、その出版は1747年。1732年に生まれたウォーレン・ヘースティングズが15歳のときには、既にイギリスにカレーが伝わっていた。
1998年の旭屋出版編『カレー ハヤシライス オムライス』に掲載されたC&Bの広告によると、C&Bのカレー粉の誕生は150余年前、つまり1840年代。
Peter Atkinsによると、C&BがCrosse and Blackwell's Unsurpassed Currie Powderを販売したのは、1840年のインドへの輸出業務開始後に(もともとC&Bは卸売/小売業)インドとの関係を持ったことがきっかけ(Atkins 2013:4)。やはりカレー粉販売は1840年代以降の話だ。
Edmund CrosseとThomas Blackwellが鯨油、アザラシ類(seal)の油、ピクルスの販売を主業務にしていたWest & Wyattを引き継いで、二人の名を冠したC&B(Crosse & Blackwell)を創業したのは1830年(Atkins 2013:3)。C&Bがカレー粉を製品ラインナップに加えたのは、創業から10年以上経ってからということになる。
ところがその半世紀以上前には、既にカレー粉が商品として流通していた。
James M. Holzman『THE NABOBS IN ENGLAND』によると、カレー粉の販売広告が登場するのは1784年(Holzman 1926:90)。The Morning Post紙に掲載されたこの広告は、大英図書館のウェブサイト上で、イギリス最古のカレー粉広告として紹介されていた。
その広告の内容は、キャプテン・クックの世界一周航海に参加したスウェーデンの植物学者、ダニエル・ソランデルが東インドから持ち帰ったカレー粉を、ピカデリーのSorlie's Perfumery卸売店(Warehouse)で販売するというもの。つまり最古の広告は、インドから輸入したカレー粉の広告だったのだ(ただしキャプテン・クックは当時インドに寄港していない。後に述べるように、実際にカレー粉を輸入していたのは東インド会社)
料理書へのカレー粉の登場はこの広告よりも早い。1773年のSarah Mason『THE LADY'S ASSISTANT FOR Regulating and Supplying her TABLE』の「A Curree of chickens」レシピにおいて curree powderが(Mason 1773:245)、1780年のSusanna Kellet, Elizabeth Kellet, Mary Kellet『A COMPLETE COLLECTION OF COOKERY RECEIPTS』の「A CURRY of CHICKENS」においてcurry powderが(Kellet et al. 1780:28)使用されている。
注目すべきは、この二冊の料理書のいずれにも、カレー粉の説明もなければ、スパイスを混合してカレー粉を作成するレシピも掲載されていないということだ。
つまり1773年には既に料理書の読者にとってカレー粉の存在は既知のものであり、しかも自分で作らなくともよい=イギリスで市販されていたと考えられるのだ。
Elizabeth Austenという主婦の1775年の家計簿には、実際に瓶詰めカレー粉を購入していた記録が残っている。
ちなみにへーステイングズの評伝・Alfred Lyall『WARREN HASTINGS』によると、へーステイングズは総督就任の4年前、1769年にインドに渡航。1785年に総督を辞任し帰国するまで16年間インドに滞在し続けており、イギリスに帰国していない(Lyall 1889:24-177)。イギリスにカレー粉が広まリ始めたのはへーステイングズがイギリスにいない時期だった。
そしてDarlene Michelle Waldrop『A CURRIED GAZE』によると、この時期、18世紀後半に使われていたカレー粉は、イギリス国内産のそれではなく、“imported curry powders”=インドから輸入されたカレー粉であったという(Waldrop 2007:28)。
こう主張するのはWaldropだけではない。カレー粉の発祥地はインドであり、イギリスのカレー粉はインドからの輸入品がその起源であるというのが本当の「史実」だ。この点については後ほど、英語圏の研究成果を引用しつつ詳述する。
ヘースティングズ総督がイギリスに初めてカレーをもたらした、C&Bが初めてカレー粉を商品化したといった日本人だけが騙されている嘘情報は、1989年に出版された新書版・森枝卓士『カレーライスと日本人』によって提唱された(ただしヘースティングズ伝承説は2015年の文庫化の際に撤回)。
そして翌年1990年に出版された当時の国民的人気マンガ『美味しんぼ』第24巻にこの本が取り上げられたことで、嘘情報が日本全体に拡散され、定着してしまったのである。
次に続きます