『西洋料理通』は『BEETON'S BOOK of HOUSEHOLD MANAGEMENT』の抜粋翻訳本
『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』には、日本の西洋料理史研究に詳しければ詳しい人ほど、驚くような情報が載っています。
その一例が『西洋料理通』の元ネタを明らかにしたことです。
現存する中では、『西洋料理指南』と並ぶ日本最古(明治5年)の西洋料理書である仮名垣魯文の『西洋料理通』。
凡例には横浜のイギリス人家庭の料理マニュアル(手澤帖)である、と書かれています。当然その中身はイギリス料理です。
そして当時(明治5年=1872年)、イギリスでベストセラーとなっていた料理書(家政書)が、イザベラ・ビートン編『BEETON'S BOOK of HOUSEHOLD MANAGEMENT』。
この日英2つの料理書を読むと、「あれ、そっくり?というかビートン夫人が元ネタなの?」とすぐ気づくはずです。
つまり『西洋料理通』は、『BEETON'S BOOK of HOUSEHOLD MANAGEMENT』の抜粋翻訳本なんです。
しかしながら『西洋料理通』の元ネタが『BEETON'S BOOK of HOUSEHOLD MANAGEMENT』であることに気づいた人は(おそらく)誰もいなかった。
私は10年ぐらい前には気づいていたので、言いたくてウズウズしていたんですけれども、もったいないので黙っていました。そしてようやく『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』で情報公開となりました。
この情報がなぜ重要かというと、「ロゼッタストーン」だからなんですね。
『西洋料理通』と『BEETON'S BOOK of HOUSEHOLD MANAGEMENT』を比較することで、イギリス料理がどのように日本に翻訳されたのかがわかるとともに、イギリス料理の暗号解読にもつながるんです。
例えば『西洋料理通』唯一のパン粉揚げカツレツレシピ「綿羊の冷肉を斬の義」は、ビートン夫人の「CUTLETS OF COLD MUTTON (Cold Meat Cookery)」の翻訳。
この2つを比較すると、「綿羊の冷肉を斬の義」の“滴りし獣の膏(あぶら)”が、drippingの翻訳であることがわかるのです。
イギリスではロースト時に滴り落ちた肉汁はグレービーとして、脂分は収集し精製して揚げ油に使っていたんですね。
「一等の汁種」は「MEDIUM STOCK」の翻訳なので、『西洋料理通』の汁種がbrothではなくstockであることがわかる。
brothとstockの違いは非常にわかりにくいので『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』の解説参照。
onionを使うところ葱で代用しているので、当時の横浜では玉ねぎが入手しづらかったことが推測されます。
ハーブの束(ブーケガルニ)に至っては、代用品も使っていない。最初から諦めています。
他にも『なぜアジはフライでとんかつはカツか?』には、驚くような情報が載っています。続きます。