新刊一部公開『新しいカレーの歴史 上』 第五章:シャーロック・ホームズに学ぶ19世紀末のカレー(その1)
新刊『新しいカレーの歴史 上』〈日本渡来以前の諸国のカレー〉発売中です。よろしくお願いいたします。
新刊では海外の最新研究動向をふまえ、嘘・間違いだらけの日本のカレー史研究を全面的に刷新します。
以下に、「第五章:シャーロック・ホームズに学ぶ19世紀末のカレー」の一部を、試し読みとして公開します。
1.なぜホームズはハドソン夫人を称賛したのか?
シャーロック・ホームズシリーズにおいては、1892年発表の「白銀号事件」、1893年発表の「海軍条約文書事件」においてカレーが登場する。
このうち「海軍条約文書事件」については、当時の食文化の知識がないと理解できない、あるいは誤解・誤訳してしまう部分があるので、ここで解説をしておきたい。
「海軍条約文書事件」では、朝食にチキンカレーが登場する。後ほど説明するが、このカレーはホームズ専用のチキンカレーではなく、前日から宿泊している事件の依頼者とワトソンも食べる、3人前のカレーである。つまり日常食としてのカレーではなく、来客が食べることを前提とした非日常のおもてなしカレーだ。この前提を理解しないと、次のホームズの発言は理解できない。
ホームズはチキンカレーを見たとたんに、ハドソン夫人は気が利いている、アイディアに長けていると称賛した。この時点で蓋が開いている料理はチキンカレーのみ。ということは称賛の理由はチキンカレーということになる。なぜ来客向けの朝食にチキンカレーを出すと称賛されるのだろうか?
筆者が所有している朝食レシピ料理書のうち、「海軍条約文書事件」発表の頃に出版された料理書は6冊。
1873年のMary Hooper『HANDBOOK FOR THE BREAKFAST TABLE』、1875年のMarion Harland『BREAKFAST LUNCHEON, AND TEA』、1887年のMajor L『BREAKFASTS, LUNCHEONS, AND BALL SUPPERS』、1890年のCharles Herman Senn『BREAKFAST and SUPPER DISHES』、1893年のLouisa E Smith『BONNES BOUCHES AND RELISHABLE DISHES FOR BREAKFAST AND LUNCHEON』、1893年のMary L Allen『BREAKFAST DISHES FOR EVERY MORNING OF THREE MONTHS』。
この6冊のうち5冊において、朝食用カレーレシピおよび献立例が掲載されている(Hooper 1873:46)(Harland 1875:82)(L 1887:4-15)(Senn 1890:69)(Allen 1893:14,16,19,38,42,60)。
つまり朝食にカレーを出すこと自体はありふれたことであり、称賛の対象にはならない。
ホームズが称賛したのは、カレーではなくその材料であるチキンの方。なぜなら当時のchicken(若鶏)、fowl(年齢性別問わずニワトリ一般)は高級食材だったからだ。
(後に述べるように)ハドソン夫人への来客向け朝食の作成依頼は、前日の夕方以降という急な依頼であった。それにも関わらず、おもてなしにふさわしい高級料理チキンカレーを用意するとは、ホームズも予想していなかったであろう。短期間に高級料理を用意したこのハドソン夫人の手腕を、ホームズは称賛したのだ。
第一章において述べた通り、ビートン夫人の『BEETON'S BOOK of HOUSEHOLD MANAGEMENT』には来客用のディナー献立例が96例収録されている。ディナーにおいて最も重要視されるアントレのカレーとして、ロブスター、ウサギ、Sweetbreads(膵臓あるいは胸腺)とともに例示されていたのが、ニワトリ(fowl)のカレー。ビートン夫人にとっても、鶏肉のカレーは来客用の高級料理だったのだ。
ブロイラーの品種改良により安い肉となった現在の鶏肉だが、かつてのイギリスでは高級食材だった。「海軍条約文書事件」発表の1年前、1892年に出版された料理百科事典『ENCYCLOPEDIA OF PRACTICAL COOKERY 3』におけるニワトリ(fowl)の説明。
富裕層向けの食材だった鶏肉の、実際の価格を見てみよう。
1895年出版の『BOOK OF HOUSEHOLD MANAGEMENT』(BEETONが題名にないが、ビートン夫人の本である)における食材の価格表によると(Beeton 1895:24-26)、牛肉の中でも高価な部位サーロインが1ポンド(454グラム)あたり9ペンス、チキン(若鶏)が1羽2シリング(24ペンス)から3シリング6ペンス(42ペンス)。つまりチキン1羽とサーロイン1~2キログラムの値段が同じだったのだ。
チキン1羽の重さだが、現在のブロイラー(ブロイラーは若鶏=chicken)の出荷時重量は3キログラム弱。これが日本にブロイラーが導入された60年前だと、1.2キログラムしかない。60年間の品種改良によって重量が2.5倍に増えたのだ。
ブロイラー登場以前の、19世紀末のイギリスにおけるチキン1羽の重さが、さらに軽かったことは想像に難くない。鶏肉はサーロインよりも高価な食材だったのである。
ちなみにブロイラー導入以前の日本においても、鶏肉は和牛よりも高価な高級食材であった。
日本の昭和初期におけるカレーライスの値段は、須田町食堂などの大衆食堂が10銭前後、デパートの食堂では20~30銭。ところが新宿中村屋は約1円という非常に高価なカレーライスを出していた。
中村屋のカレーライスが高価だった理由は、本格的なインド料理を再現していたこともあるが、材料として大衆食堂のような牛肉ではなく、若鶏(チキン)を使っていたことも理由であると宮崎昭は考えている。
かつての日本において鶏肉がいかに高価だったかについては、拙著『焼鳥の戦前史』において多くの事例を提示しているので、興味のある方は参照していただきたい。
閑話休題。ハドソン夫人が来客むけに翌日の朝食を出すよう依頼されたのは、前日の夕方以降、ひょっとすると夜になってからの遅いタイミングであった。
というのもホームズとワトソン、依頼人のフェルプスは、その日ロンドンではなくウォキングという場所にいたからだ。昼食後にホームズは、鉄道でロンドンに出発するワトソンと依頼人のフェルプスを見送りつつ、自分はウォキングにとどまり翌朝にベーカー街に戻ると告げる。
つまりハドソン夫人が客人が宿泊し朝食を食べることを知ったのは、その後のホームズからの電報か、もしくはワトソンがベーカー街に戻ってから。いずれにせよ夕方以降ということとなる。
遅い時刻にもかかわらず、どうやってハドソン夫人はチキンを入手したのであろうか?そして翌朝になって、どのような手順でチキンカレーを作ったのであろうか?
2.ハドソン夫人はどうやって材料を揃えたのか?
さて、既に述べた通り、ビートン夫人の鶏肉のカレーレシピは、生肉を使ったCURRIED FOWLと、ローストチキンなどの前日の料理の残り肉を使ったCURRIED FOWL OR CHICKEN (Cold Meat Cookery)の2種類がある。
来客向けのディナーの献立として指定されているのは、全て前者の生肉を使ったCURRIED FOWLである。当然のことながら、自分が食べ残した肉を客人に食べさせることなどありえないからだ。
Curried fowl with remains of cold fowl(残り肉を使ったニワトリカレー)は全て、PLAIN FAMILY DINNERS、つまり家族の日常的な夕食の献立表に登場する。
来客向けのチキンカレーである以上、ハドソン夫人は生の鶏肉を入手しなければならなかったのだが、どうやって夕方以降に生の鶏肉を入手し、翌朝まで保存し、調理したのであろうか?
無料公開部分はここまでです。急な依頼に対し、ハドソン夫人がどのように鶏肉を入手したのか、どうやって保存したのか、どうやって調理したのか、その意外な手段については『新しいカレーの歴史 上』を参照してください。
第五章:シャーロック・ホームズに学ぶ19世紀末のカレー 一部無料公開、「白銀号事件」のマトンカレーへと続きます