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アメリカの環境政策

日本において、環境政策は、過去においては公害対策に代表されるように、経済成長の過程において大きな負の影響を受け、司法においても救済が行われていなかった特定地域の権利侵害に目を向け、「声なき声」を掬い上げて立ち上がるという側面が強かったと思う。しかしながら、現代の環境政策は、GXをはじめとして、成長戦略の文脈で語られることが多い。即ち、世界全体の課題である気候変動にいち早く対応した社会をつくり、次代の日本経済の柱となりうる新たな産業を興そう、というものである。

他方、アメリカで環境政策が語られる時によく出るのが、”Disadvantaged Community”という言葉である。これは、例えば、ネイティブアメリカンが多く住む地域や、移民の低所得者層が多く住む地域など、アフリカン・アメリカンも含め有色人種が多く住んでいて、かつ低所得者層が多い地域のことを指す。格差、特に、人種間の格差や分断が顕著なアメリカにおいて、環境政策は、そのような格差を解消し、社会の統合を維持するための社会政策の文脈で語られることが多い。これは、社会格差の是正に比較的積極的な民主党政権下でインフレ抑制法(IRA)が推進されたこととも無関係でないように思う。現在、IRA法案が日本のClimate Techスタートアップ領域でも関心を集めつつあるようだが、このような側面について認識しておくことも重要だと思う。(ちなみに、インフラ投資法と紛らわしい点に注意。)

もう一つ、面白いと思うのが、排出権取引に関する議論である。ここでも、アメリカでは、”Disadvantaged Community”への悪影響を指摘して、排出権取引に否定的な立場をとる議論をよく見るが、日本ではこのような言説は一般的ではない。Disadvantaged Communityには、地価の安さを理由として、有害なガスを排出する工場や、廃棄物処理施設等のいわゆる迷惑施設も立地しやすい。このため、無制限にカーボンクレジットの償却を企業に認めると、温室効果ガス排出量規制で制限されていたはずの工場の操業が抑制されず、結果としてより多くの有害物質が放出されることとなり、特定地域に対して健康被害を生じさせる可能性が高くなるというものである。ここから、カーボンクレジットの償却範囲にも地理的制限を設け、例えば、特定地域に立地する工場に対してはクレジット償却を認めるべきでない、もしくはこのような事情への配慮を必要とする制度設計が必要という結論が導かれる。

ところで、日本の地球温暖化対策法は、2021年に改正されているが、この中の改正項目の一つは、温室効果ガスを多量に排出する企業については、「事業所」ごとの排出量データも含め、全ての情報を政府に公表し、その情報を、全ての国民がアクセス可能なウェブサイトで「開示請求なくして」公表するというものである。立法課程において、本改正項目は、温室効果ガスの排出量という情報が持つ、公的な性格に注目し、そのような情報の公表を進めることは、国民の知る権利に資するとして、環境法学界からも概ね支持を得た。他方、産業界からは、他の国の競合会社に自社工場の稼働状況を知られるのは競争上の懸念があるとのことで、一部反対意見も寄せられていたところである。しかしながら、ここにおいても、排出権の償却と、特定地域のリンクに言及する意見はあまり見られなかった。

21年の改正温対法で意図されているものの一つは、日本においては、各工場の排出量を誰もが、WEBサイトで確認できるようにすることである。今後の議論の方向性としては、例えば、工場の立地が集中する地域において、クレジットの利用を制限する等、地球温暖化対策推進法上の公表制度と、J-クレジットの償却を認める地理的範囲をリンクされるような議論を展開していくことも考えられる。


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