「亡国の環境原理主義」を読んで

気候変動対策の推進のためには、気候変動否定派に対して、科学に基づき、きちんと反論していくこと、それを分かりやすく伝えて社会的合意を形成していくことが重要と学んだので、本書について書評を書いてみようと思う。

本書の前半で気候変動に懐疑的な見方が紹介されているが、一部統計を恣意的に使っていたりしてミスリードな記述が散見されるため、主要なところを指摘しておきたい。故意であえてそのような統計の使い方をしているのかもしれないが、科学的知見に基づかない方向へ世論を誘導する恐れがある。

温暖化によって台風の発生数が上がるか?日本ではあがっていないといった記述(16p)もあるが、最新のIPCC報告書によると、温暖化により台風の発生数が上がることは(High Confidence)、強度が上がることは(Medium Confidence)。発生した台風が日本に上陸するかは、気流や温暖化以外の状況にも左右されるので、世界の温暖化と日本への上陸数を比べるのはミスリード。世界の温暖化により台風の発生数が上がるのを否定するのは、科学者の間では少数派なのでここを見誤るべきでない。

現状の気候変動の予測手法が一部のデータを過剰に解釈しており恣意的(17p)という指摘があるが、IPCCの報告書は世界中の科学機関が策定した30近くのモデルを使って予測を行い、その結果が重なりあっている部分を将来予測に使っている。たった一つのモデルの恣意的な分析で全てが左右されるような状況にはない。また、何度上昇するかに応じたシナリオも提示されているし、直近の各国の温室効果ガス削減目標を合算した結果では、2℃上昇を避けられない結果となってしまっているのも指摘しておきたい。現在、むしろ懸念すべきはティッピングポイントと呼ばれる現象で、例えば、南極の氷が溶けて氷より太陽光を吸収しやすくなった結果、ある一定の点を超えると、氷が自動的に溶け続けるという現象が発生してしまう恐れがある。既存のモデルはこれらの影響をまだ正確に予測できていないので、2℃の上昇に仮に抑えたとしても、上記のティッピングポイントを超える可能性があるため、科学者は1.5℃上昇に抑える必要性を指摘している。

気候変動によって破局が訪れる気配もない、といった印象論も紹介(17p)されているが、UNDPRの分析によると現時点において、気候変動が与えている損失額は世界で年間21兆円という試算が出されている。個人の感覚にいちいち反論するのもいかがなものかと思うが、一応、分析に基づくデータとして紹介しておく。

化石燃料の輸出拡大についても正しいといった趣旨の記述(9p)があったが、第一に、化石燃料プラントの発電費用より、再生可能エネルギーの発電費用の方が下がっているというデータがあるので、途上国に安価な電源を供給するという観点からは再エネプラントの輸出の方が理にかなっている。第二に、化石燃料プラントは高効率であっても、それを使い続ける限り再エネプラントと比べて多量の温室効果ガスを出し続ける(ロックイン効果)ので、脱炭素化の観点からも正当化できない。途上国のベースロード電源用に高効率火力発電を輸出するというならわからなくもないけど、そうでなければ、高効率火力発電の輸出は、多少のお金になっても(年間1億円程度)、途上国の経済発展や環境の観点からは日本の名声を傷つける行為であり、これが国益に資するとは少なくとも自分は思わない。

パンデミック、難民、戦争も気候変動が原因であるとった見解がナンセンスであるように紹介(22p)されているけど、まず、気候変動による干ばつや海面上昇により難民が発生していることは事実。そして、干ばつの影響として水源を巡る国際紛争が発生しているのも事実。パンデミックについては、コロナと気候変動の関係については、現在分析が行われているところだが、例えば、マラリアと気候変動の影響は既に指摘されている。なので、ここも、あえてやっているのかもしれないが、意図的に事実を見ずに発言して世論をミスリードしているようにしか見えない。

IPCC報告書では1.5℃目標を達成しないと「人類は滅亡する」(22p)とまでは言ってないものの、1.5℃目標の達成が非常に重要だし、このことはグテレス事務総長も指摘している。また、ご本人のスピーチを見れば、ニュアンスとしては人類の滅亡を防ぐために1.5℃目標の達成が必要と話している方に近いことが分かるはず。これらの状況に目を向けないのは、科学的・国際的感覚の欠如の現れであり、筆者が批判的に取り上げている日本を敗戦に導いた欠点そのものなのではないかという気もしなくはない。

後半の環境政策の逆進性(52p)の指摘は参考になるという点もフェアに指摘しておきたい。急進的な気候変動政策が黄色いベスト運動といった反発を招いたこともまた事実。気候変動政策を実際に進めていくには、公正な移行の観点が重要であり、気候変動政策の推進と産業転換や雇用政策をいかに推進していくかは重要な論点。ただ、イギリスでは既に2040年に電力需要の全てを再生可能エネルギーで賄うことを打ち出していること、日本も、炭鉱の閉山といった転換を進める過程で産業転換の経験を持っていることなど、参考になる事例があり、この点を具体化して進めていくことがこれからの政策的課題の核心であることは言を待たない。

あと最後に、科学者の叛乱という運動が起きていて、科学者が逮捕を覚悟して政府の気候変動政策の推進を求める抗議活動を行なったり、これまで科学者の意見が十分に政策に反映されなかったことに抗議して焼身自殺したりといったことが起きている。気候変動否定派の見解があることは致し方ないが、これらの真摯な抗議活動が展開されていることは知っておいて良いと思う。

ウクライナ情勢を契機として、化石燃料派の巻き返しが来るかなと思っていたら、やはり来たというのが正直な印象。ただ、アメリカでも気候変動否定派は一定の影響力を持っているし、強い否定派は、それ以外のグループより気候変動についてそれなりに情報取集を行なっているというデータもある。世論が分断されていると政策が進みにくくなったり、ひどい場合には逆行してしまうことがあるので、気候変動派の見解については、科学的知見に基づききちんと反論し、正しい認識を広めていくことが不可欠だと思う。

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