人新世の資本論を読んで
気候変動についての科学的知見や、思想的立場がコンパクトにまとめられているため、気候変動についての議論の大枠を捉える本として適している思う。また、気候変動についてのラジカルな立場、即ち、資本主義の転換を求める立場の考え方を理解する本としても適している。ただし、気候変動政策や脱炭素経営の実務を見てきた立場からすると、本書の主張には違和感も感じる。
筆者の立場にもよるところだと思うが、金融機関や企業サイドの脱炭素に向けた努力や、政策サイドの国際面・国内面での努力、すなわち、既存の資本主義制度を前提としながらも、その改良を通じて温室効果ガスの排出量を減らしていくための実践についての記載が大きく削がれている点が気になる。今後も、温室効果ガスの排出量を減らしていくことが必要なことは言を待たないが、国際社会は2℃目標に合意し、1.5℃目標の実現に向けて、温室効果ガス排出削減の野心引き上げを追求している。
また、各国の年金基金がポートフォリオのカーボンニュートラル目標を掲げたり、化石燃料からのダイベストメントを進めたりしている。そして、ブラックロックといった機関投資家が企業に脱炭素目標の設定を求めているといった動きに目を向けなければ、金融サイドからの脱炭素に向けた強力な働きかけが生じている現状を見誤ってしまうことになる。
さらに、企業の側にも、脱炭素目標を設定し、自分たちの事業活動が気候変動や生物多様性に与える影響を削減するための取組(非財務情報の開示)を進める動きが広がっており、また、企業内の意思決定を変える仕組みとして、ICP(インターナル・カーボンプライシング)を導入する動きが広がっている。このような現状に目を向けない議論は、やはり現実からはやや乖離してしまう。
気候変動の議論を進める上で、資本主義の転換を求める立場があることを理解し、新たな施策のヒントを得ることは重要である。他方、実際には、上記にあげたような金融・企業・政策サイドの動きを更に加速し、これらに加えて再生可能エネルギーの活用やカーボンクレジットの活用を進めることで、世界の排出量を着実に減らしていくという立場が実務を動かしている。
経済成長と持続性という二つの価値がせめぎ合う現実の中で、少しでも持続性に社会が舵を切れるようになるためには、どのような戦略が必要なのか。また、国際競争力が削がれていく日本において、気候変動政策をどのように位置付けていくべきか。これを考え、実践していくことが、少なくとも実務においては重要な考え方なのではないかと思う。
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