赤色巨星に「有り得ない」系外惑星が発見される
赤色巨星の周りに有り得ない惑星を発見したという研究が公表されました。
この研究は米ジョンホプキンズ大学の Samuel Grunblatt氏を筆頭とするアメリカとオーストラリアの研究者からなる研究チームがプレプリントとして2023年3月12日にarXivに投稿し、3月14日に公開されたものです。arXivへの投稿に際する著者らのこめんとによれば、この論文は学術誌『サイエンス』に投稿したものだということです。
[2303.06728] An unlikely survivor: a low-density hot Neptune orbiting a red giant star (arxiv.org)
発見されたTIC365201670bは赤色巨星TIC36201670の周囲を4.2日で公転する海王星質量の惑星です。
短周期の海王星サイズの惑星では光蒸発 (photoevaporation)により数億~数十億年の時間スケールで大気を喪失すると考えられています。
大気を喪失した海王星サイズの惑星はサイズが縮小しもはや海王星サイズの惑星ではなくなります。そのため公転周期の短い軌道には海王星サイズの惑星が存在不可能な「海王星砂漠」が生じることが観測・理論の両面で示されています。
TIC365201760bはそのような海王星砂漠の中に存在する珍しい惑星の1つです。
加えて、TC365201760bの特徴は主星が赤色巨星だ、ということです。
惑星TIC365201760bは半径が地球の6倍以上あります。比重は0.44しかなく、太陽系で最も密度が低い土星(=比重0.7)よりずっと低密度の惑星です。
地球の6.2倍というサイズは太陽系で言えば土星と天王星の中間サイズです。
これらの特徴があるため、現在もなお大量の水素・ヘリウムから成るガス層を維持しているとみられています。
TIC365201760bのような例外的な惑星が『海王星砂漠』の中に低頻度で存在する理由としては、
大気の流出は起きているが単純に惑星系が形成されて時間が経っていないのでガス層が残っている
という考えがあります。
しかしTIC365102760bの主星TIC3635201760は年老いた恒星である赤色巨星で、年齢も74±12億年と比較的高い精度で求まっています。
そのため流出に晒される時間が短かったという可能性は排除できそうです。
また、TIC365102760bは質量の割にサイズが大きく平均密度が低いという点でも大気の流出率が高くなりやすい条件が揃っています。
実際に、研究とチームは既存の大気流出モデルでTIC365201760bの大気流出率を計算しました
その結果、TIC365201760bは惑星系の年齢(=主恒星の年齢)の間に現在の質量の半分以上に相当する量のガス層を喪失するすると推定されました。
さらに、この結果は大気流出の効率を低く見積もった「控えめな」推計であり、実際の流出量はこれよりさらに大きくなると考えられています。
つまり、TIC365201760bは主星が赤色巨星に変化するよりはるか前に完全に大気を喪失していたはずなのです。
また、研究チームは一つの可能性としてTIC365201670bがかつては現在よりもサイズの小さい惑星だったという仮説を提示しています。
この説によれば現在のTIC365201670bの、地球の6倍を超えるサイズは主恒星が赤色巨星となって光度が増大したのに伴って惑星が膨張した結果であるとされます、主星が赤色巨星になる以前のTIC
365201670bの半径が地球の5倍程度だった場合、大気の流出速度は半減すると計算されています。
これまでにも準巨星や赤色巨星の周囲に異常に大きなサイズを持つホットジュピター(高温の木星型惑星)がいくつか発見されています。そのことが「主恒星の赤色巨星化に伴う惑星の膨張」という仮定を裏付ける根拠となっています。
TIC365201760bは存在自体が従来の理論で説明できない天体であり、海王星砂漠や大気の流出プロセスに対する理解の向上に資する研究ターゲットとして注目されます。
光蒸発とは
光蒸発とは主恒星が放射する高エネルギー放射(紫外線やx線)を惑星の上層大気の気体分子が吸収して、過熱された大気が、惑星の重力を振り切って飛び去ることで大気の流出が起きる現象のことです。
光蒸発では分子量の小さい水素やヘリウムが選択的に散逸します。
光蒸発は星雲や惑星大気に起きる現象としてはありふれたものです。
太陽系においても地球型惑星の水素・ヘリウムを中心とした原始大気の喪失をもたらし、現在の金星・地球・火星に見られるような高分子量の二次大気の形成に一役買ったと考えられています。
赤色巨星とは
赤色巨星と寿命が近づき膨張した恒星のことです。
太陽クラスの質量を持つ恒星は、
前主系列星→主系列星→準巨星→赤色巨星→核融合の停止
という進化段階を辿ります。
TIC365201760はこのうち準巨星から赤色巨星に変化して間もない状態にあるとみられています。
赤色巨星は末期には太陽の数十から数百倍のサイズにまで膨張しますが、TIC365201760bは赤色巨星になって間もない段階であるため、
まだ太陽の3倍程度の半径でしかありません。
海王星砂漠とは
海王星砂漠 (Neptunian Desert)とは、海王星サイズの惑星が短周期の軌道に低頻度でしか存在しないことを言い表した用語です。
「海王星にある砂漠」ではありません(そもそも海王星には地表が存在しません)
このような統計的特徴はケプラー宇宙望遠鏡の観測データに基づいて2016年のMazehらの研究で最初にその存在が指摘されました。
横軸に公転周期、縦軸に惑星サイズまたは質量を取った散布図グラフで明瞭な空白地帯として見ることができるため「砂漠」と呼ばれます。
海王星砂漠が発見されて以来その成因を説明する仮説がいくつか提唱されています。
中でも人気のある大気流出説では、海王星~土星サイズの惑星は光蒸発による大気流出の影響を最も強く受けるため、大気流出に伴ってサイズが縮小することによって砂漠の領域から下方向に追い出されるというものです。
この仮説では、砂漠領域の下側にある小サイズの惑星は大気を喪失したガス惑星の残骸であり、砂漠領域の上側にある木星サイズの惑星はその重力の大きさ故にガスの流出を免れたということになります。
海王星砂漠の成因を説明する仮説としてはこの他に、
形成過程が異なる2種類の惑星の分布の谷間が海王星砂漠として見えているという説や、
海王星サイズの惑星は他のサイズの惑星よりも外側の軌道から短周期の軌道に移動(マイグレーション)しにくいため、という説
もあります。
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