TOI-4603b 超大質量のホットジュピター

大質量のホットジュピターであるTOI-4603bを発見したという研究が公表されました。

この研究はインド物理研究所の氏を筆頭とするインド・ドイツ・スイス・アメリカの研究者からなる国際研究チームによって、2023年3月21日にプレプリントとしてarXivに投稿され、3月22日に公開されました。

[2303.11841] Discovery of a massive giant planet with extreme density around a sub-giant star TOI-4603 (arxiv.org)

TOI-4603bはNASAの系外惑星観測衛星TESSの観測データから惑星候補として検出され、

  • インドのアーブー山赤外線天文台1.2m赤外線望遠鏡/PARAS分光器

  • アメリカ・アリゾナ州のF.L.ホイップル天文台ティリングハスト1.5m望遠鏡/TRES分光器

を使ったフォローアップ観測で惑星であることが確認されました。


TOI-4603bは木星の1.04倍の半径と12.9倍の質量を持つ惑星で、
14.1g/cm³という高い平均密度を持ちます。
これは鉄や鉛よりも高い密度ですが、自重による圧縮効果を強く受けるこの質量範囲の天体としては典型的なものです。
この惑星は7.4日周期で半径0.09天文単位(1天文単位=地球と太陽の距離)の軌道を公転しています。この惑星は、主星との距離が近いことに加えて主星の光度が大きいため高温に加熱されており、平衡温度は1677ケルビン(=約1400℃)に達しています。

この天体の質量は惑星と褐色矮星の境界とされる13木星質量付近に位置しています。
12.9木星質量を有するTOI-4603bは惑星の上限として13木星質量という基準を採る限りにおいてほぼ最大質量の惑星です。

TOI-4603bのような大質量のホットジュピターは木星クラスの質量のホットジュピターと比べて相対的にかなり珍しい存在です。


なお主恒星のTOI-4603は太陽より大きく重く高温で明るいF型準巨星です。
準巨星とは、寿命が近づいて巨星段階へ向けて膨張を始めつつある恒星のことです。主恒星の諸元は次の通りです。


TOI-4603は質量が大きいため寿命が短く、誕生から16億年しか経っていないにもかかわらず既に寿命が近づきつつあります。また、太陽と比べて金属量がかなり高いという点も特徴です。

惑星と褐色矮星の境界をめぐる論争


13木星質量を惑星と褐色矮星の境界とする基準ではTOI-4603bの質量(=12.9±0.6木星質量)は惑星と褐色矮星の間に誤差の範囲で跨っているということになります。

ところが、惑星と褐色矮星の境界の定義は長年の議論があり、国際天文学会 (IAU) による定義も変遷しています。何を境界の基準とするかは、以下のようなさまざまな考え方が提案されています。

  1. 重水素核融合を経験しているかどうかで分ける派

  2. どのように形成されたかで分ける派

  3. 分けること自体が無意味派

  4. 軌道力学派

重水素核融合派

1.の重水素核融合とは、水素(軽水素)の同位体である重水素が起こす核融合反応です。この反応は通常の恒星が起こしている核融合(=軽水素核融合)よりも低質量の天体でも起きるという特性があります。
軽水素核融合を起こすのに必要な質量は木星の85倍程度です。
この質量は恒星と褐色矮星の境界の定義に用いられています。
一方で重水素核融合に必要な質量は13木星質量程度であり、こちらを惑星と褐色矮星の境界に用いようという考えが古くからあります。
この定義は簡潔で明瞭であるため、一時期IAUで公式な定義として採用されていました。

しかし重水素核融合を用いた定義に対しては、非本質的な基準だという批判が長年存在してきました。
重水素核融合の『燃料』となる重水素は水素の同位体の一つですが、基本的には存在比が少ない(=0.1%以下)同位体です
このため褐色矮星で起きる重水素核融合は『燃料』の枯渇により短期間で終息し、天体の恒久的な物性にはほとんど影響を与えずに終わります。
これが1.の定義への批判の背景にある事情です。

形成プロセス派

より本質的な分類基準としては、単純に質量で分けるのではなく、その天体がどのように形成されたかによって分類するべきという 2.の主張があります。木星程度から木星の数十倍の質量範囲にある天体の形成プロセスには

  1. コア集積

  2. 重力不安定

の2つが知られています。

1.のコア集積は木星型惑星が形成されるのと同様のメカニズムです。
「塵→微惑星→原始惑星コア→ガス惑星」と、
小さいものから大きいものへと段階的に成長していくというモデルです。
このメカニズムは木星クラス以下の質量の惑星を主に生み出します。

重力不安定は質量の大きい原始惑星系円盤が自己重力により不安定となって崩壊し、
その断片が重力収縮してワンステップで直接ガス惑星になるというモデルです。
こちらのメカニズムは木星の数倍から数十倍の質量をもつ天体を短期間で生み出します。

2つのメカニズムで生み出される天体の質量の範囲は互いに重複しているため質量だけでは判別不能です。


形成過程を基準とする分類は本質的なものと言えますが、形成過程を判別するためには詳しい研究が必要で、それが行われるまで分類を確定できないという大きな問題があります。

不可分派

3.の惑星と褐色矮星を分割すること自体を否定する考えは、
一見すると身も蓋もないように見えますが、
0.3-60木星質量の範囲にある天体はその質量に応じてスムーズに物性が変化するという天体の内部モデルに基づく理論予測が主張の背景にあります。
つまり、重水素核融合が起きたかどうか・どのような過程で形成されたかによって天体の物性に特別な違いは生じないのです。
そうであれば、この範囲にある天体を2つのカテゴリーに分割すること自体が非本質的で、この範囲の天体はまとめて1つのカテゴリーの天体として扱うべきだという主張がなされています

軌道力学派

4.の考えは新しく登場した基準で、軌道力学的に惑星と褐色矮星の違いを定義するというもので、2022年に国際天文学会の公式定義に採用されました
この定義では、伴星が軽水素核融合を起こしておらず、なおかつ主星と伴星の質量比が十分に大きい(主星が伴星の25倍以上の質量がある)場合、その天体を惑星と分類するというものです。
25倍という数字は、「ラグランジュL4, L5点の安定性の成否」という軌道力学上の条件に由来します。
太陽系ではこの境界質量は42木星質量となり、重水素核融合の基準よりかなり大きな値になります。

この条件をTOI-4603系に当てはめると、74木星質量以下の伴星はすべて惑星、74-85木星質量の範囲のみが褐色矮星ということになります。13木星質量のTOI-4603bは余裕で惑星に分類されることになります。

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