TRAPPIST-1の惑星の奇妙な気候変動


今回の研究はTRAPPIST-1の惑星系をモデルケースとして、潮汐固定された惑星の気候について調べた研究が公開されています

[2302.11561] Sporadic Spin-Orbit Variations in Compact Multi-planet Systems and their Influence on Exoplanet Climate (arxiv.org)

この研究はNASAのゴダード宇宙飛行センターの研究員であるHoward Chen 氏を筆頭とするアメリカとカナダの研究者からなる国際研究チームによって行われたものです。

この研究をまとめた論文は2023年2月21日にプレプリント(草稿)としてarXiv投稿され、22日に公表されました。arXiv投稿に際する著者コメントによるとこの論文はアメリカ天文学会の学術誌アストロフィジカルジャーナルのレター版に受理され掲載予定とのことです。

TRAPPIST-1

2016年から2017年にかけて発見されたTRAPPIST-1の惑星系(Gillon et al., 2016, 2017)は次の点で大きな注目を集めています

  • -- 7つの地球型惑星が存在する

  • -- そのうち3つがハビタブルゾーン内にある

  • -- 現在または近未来の技術で惑星の大気の詳細な観測が可能な状況にある(Fauchez et al., 2019)

ハビタブルゾーンとは、その日射量から考えて惑星の表面に海洋が存在可能な軌道範囲のことです。

今回の研究では7個あるTRAPPIST-1の惑星のうち、惑星e惑星fをハビタブルゾーン内の惑星と想定しています。

惑星eとfは地球よりはるかに主恒星に近い軌道を公転していますが、主恒星の光度が太陽の1000分の1しかないためハビタブルゾーン内に収まっています。

潮汐固定

月が地球に常に同じ面を向けているのは良く知られた事実です。これは潮汐固定という現象で、伴星(惑星や衛星)が主星から強い潮汐力を受ける場合に普遍的に生じるものです。

TRAPPIST-1の惑星は主恒星に近い軌道にあるため、主恒星から受ける潮汐力も非常に強く、常に同じ半球を主星に向けた潮汐固定の状態にある可能性が高いと考えられています。


惑星が潮汐固定されるとどうなるのか

潮汐固定された惑星の表面から空を見上げれば常に同じ位置に主恒星が輝いて見え、地球の昼夜のようなサイクルは存在しません。

潮汐固定されると自転軸の傾きも0度に固定されて季節変動がなくなります。

公転軌道が楕円の場合は季節変動が生じ得ますが、TRAPPIST-1の惑星はほぼ真円の軌道を持つためこのメカニズムによる季節変動もほとんど生じません。

このような特徴のため潮汐固定された惑星の気候・気象は地球とは全く異なるものになると考えられて多くの研究が行われています。

潮汐固定された惑星では日射の変化が乏しいため非常に安定した気候が現れます。

また近年の研究では潮汐固定された惑星では日射が増大しても温室効果の暴走が起きにくくなり、ハビタブルゾーンの範囲が拡がるという結果も得られています (Kopparapu et al., 2016)

地球では赤道から南北の極へ向けて温度が低下していくという帯状の気候パターンが生じているのは公知の通りです。このような帯状のパターンはある程度高速で自転している惑星にだけ見られるものです。

一方で潮汐固定された惑星では、恒星に面した側の半球の中心点である恒星直下点 (substellar point) を中心とした同心円状の気候パターンが生じます。恒星直下点では地球の赤道直下の熱帯のような高温湿潤な気候、昼側の半球の外周に向かうにつれ温度が低下し、昼夜境界線に近づくと地球の高緯度地域、北極や南極のような気候になります。昼夜境界線を越えて夜側の半球に入ると永久に太陽の登らない極寒の世界になります。

この結果として予想される惑星の気候パターンが「アイボールアース」と呼ばれるものです。
アイボールアース状態の惑星は、最も温暖な地域である恒星直下点の周囲でのみ海洋が存在し、それ以外は氷に覆われています。
アイボール(目玉)は海洋を黒目に、雪原を白目になぞらえた呼び方です。

完全に潮汐固定された惑星では惑星表面に対する主恒星の位置が動くことはありません。このためアイボールアース状態の惑星では昼夜のサイクルが存在しないことに加え、日射パターンの変化に伴う長期的な気候変動も発生しません。

これに対して地球のような自転する惑星では歳差運動(自転軸の方角の変化)や自転軸の傾きの大きさの変化などの要因で日射パターンが変化し、この変化に起因する気候変動に常に晒されています。これらの変化はミランコビッチ・サイクルと呼ばれ、氷河期・間氷期の複雑な移り変わりをもたらし、生物の進化に影響を与えてきました。

潮汐固定された惑星ではそのような複雑な変動は起きません。このため潮汐固定された惑星では大量絶滅も躍進的な進化も発生せず、安定し過ぎた生物学的環境下で変化に乏しい単調な生態系が完成したところでそれ以上の進化が起こらなくなり、地球のような複雑な生命体は出現しないという説すらもあります。

今回の研究では惑星の重力相互作用が惑星の自転に与える影響を調べる力学シミュレーションと気候シミュレーションを組み合わせたものです。

潮汐固定化にある惑星の気候シミュレーションは既に数多く行われていますが、今回の研究は自転に関する力学シミュレーションを組み合わせているという点で斬新な研究となっています。

力学シミュレーションの結果、惑星eや惑星fの自転は潮汐固定状態から不規則に抜け出すことが明らかになりました。

潮汐固定から抜け出すと惑星の自転周期は公転周期から数%程度がずれた状値となり、自転と公転の同期が失われる結果、恒星直下点はゆっくりと経度方向に移動しはじめます。この恒星直下点の移動は周期性や規則性のないカオス的な挙動を示し、シミュレーション開始当初の恒星直下点を中心にランダムに振れ動くようなパターンを示します。

恒星直下点の移動のパターンは複雑で、振れ幅が経度にして数十度以内の静穏期が続いたかと思えばある時期を境に突然振れ幅が増大して完全に一回転するというような挙動もシミュレーション中で見られました。これらの自転の挙動を反映した上で気候シミュレーションが行われました。

恒星直下点の移動は

  1. 光合成生物に直接的な影響

  2. 惑星全体の気候への影響

をもたらします。

1については振れ幅が90度を超えると最初恒星直下点だった土地が昼夜境界線を越えて夜側の半球に突入してしまうというような状況ですので、移動や休眠などの何らかの対策手段を持たない植物は光合成が不可能になり死に絶えるでしょう。潮汐固定された惑星の生物学的環境は安定しているという見方を覆す結果です。

2.について結論から言えば恒星直下点の移動幅が大きくなると惑星が寒冷化するということが明らかになりました。

これは次のようなメカニズムによります。まず前提としてアイボールアース状態の惑星では最も温暖な恒星直下点には『黒目』に相当する海洋が広がりそれ以外は白目に相当する海氷に覆われています。

恒星直下点は惑星状で最も日射量が大きい地点です。恒星直下点の振れ幅が小さいときはこの日射量が最大の地点は『黒目』を中心に照らしていることになります。振れ幅が大きくなると恒星直下点が海洋から逸脱して『白目』つまり雪原を照らしている時間割合が大きくなります。

海洋は太陽光の90%以上を吸収するのに対し、氷雪は50%未満しか吸収せず残りを反射します。日射量が最大の恒星直下点が海洋から雪原に移動すれば惑星全体として吸収する熱の量は減少し、惑星の平均気温も低下に向かいます。

今回の研究ではTRAPPIST-1の7つの惑星のうち惑星eと惑星fが気候シミュレーションの対象になりました。
惑星eは相対的に主恒星に近い軌道にあり比較的温暖な惑星である一方、惑星fはハビタブルゾーンの外縁に近い寒冷な惑星です。

シミュレーションでは惑星fは恒星直下点の移動が引き金となって寒冷化が進行し惑星全体の海洋が凍結するスノーボールアース(全球凍結)状態に陥りました
一方で惑星eでは恒星直下点の移動による寒冷化の影響は限定的なものに留まりました。

なお恒星直下点を移動させない惑星fのモデルも比較検証用にシミュレートされており、こちらはスノーボールアースに陥ることなくアイボールアース状態を維持することが確認されました。

これらのシミュレーション結果は、

  1. TRAPPIST-1系のような複数の惑星が密集した惑星系では惑星相互の重力によって潮汐固定は成り立たなくなり、恒星直下点の移動が無視できなくなる

  2. 恒星直下点の移動はハビタブルゾーン外縁付近にある惑星の気候を不安定化させる効果がある

  3. ただし内縁付近にある惑星にはあまり影響を与えない

  4. 恒星直下点の移動を考慮に入れるとハビタブルゾーンは従来の推定より少し狭くなる

  5. TRAPPIST-1系の惑星fはハビタブルゾーンから外側にはみ出している可能性が高まった(惑星eはセーフ)

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