GJ9287系の最新の観測

惑星大気の研究ターゲットとして注目されている惑星系「GJ9287」の3つの惑星の質量を最先端の観測装置ESPRESSOを用いて高精度で測定したという研究が公表されました。

この研究はスペインのカナリア宇宙物理研究所の V.M. Passegger氏を筆頭とする国際研究チームがプレプリント(論文の査読前の草稿)としてarXivで公開したものです。なおプレプリントに付された著者コメントによればこの草稿は学術誌『アストロノミー・アンド・アストロフィジックス』に受理されたものだとのことです。

[2401.06276] The compact multi-planet system GJ 9827 revisited with ESPRESSO (arxiv.org)

GJ9827は太陽系から96.7光年の距離にあるK型主系列星で、太陽と赤色矮星(M型矮星)の中間の質量や半径を持ちます。

GJ9827の主星の物性

GJ9827には2017年に3つの惑星が報告されています。これはケプラー宇宙望遠鏡の延長ミッションとして行われたK2ミッションの観測データの分析で発見されたもので、もっとも外側の惑星でも公転周期が6日しかない短周期で高温の惑星です。

3つの惑星はスーパーアースと呼ばれるタイプの惑星で、半径が地球の1.4倍から1.9倍の間に分布しています。GJ9827系の3つの惑星は「半径の谷」として知られる惑星サイズの領域に跨っているという点で発見当時から注目されていました。

半径の谷とは、短周期のスーパーアースのサイズ分布の統計を取ると地球の 1.5-2.0倍の範囲のものが低頻度でしか存在しないという特徴を言い表した言葉です。半径の谷の成因についてはこの特徴の存在が初めて報告された2017年以降、太陽系外惑星に関する主要なトピックの一つとして議論されています。

GJ9287系の3つの惑星と地球のサイズ比較

GJ9827系の3つの惑星はこの半径の谷に重複するサイズを持ち、これらの惑星の内部構造や大気成分について観測を行えば半径の谷をめぐる議論の上で重要なデータとなり得ます。また、GJ9827は太陽系から比較的近い距離にあるため見かけの等級が11等級と比較的明るく、大気観測を行う際に光量不足によるデータの劣化に悩まされにくいという点でも良好なターゲットになり得ると期待されています。

K2ミッションではトランジット法と呼ばれる技法で惑星の検出を行いました。この技法では惑星の物性については惑星のサイズしか測定できません。しかし、惑星大気の観測データの正確な解釈のためには惑星の表面重力の情報が必要で、表面重力を求めるには惑星の半径と質量の双方を正確に測定する必要があります。

そのためには惑星の質量を測定可能な視線速度法でGJ9827のフォローアップ観測が必要となり、PFS・HARPS・HARPS-N・HIRRESなどの高精度分光器を用いた観測が既に行われ、2018年から2021年にかけていくつかの研究チームが成果を発表しています。今回の研究はこれらの研究に連なるものであり、南米チリに設置されたESPRESSO分光器を用いた観測で従来よりもさらに高精度な質量の測定を行ったものです。

ESPRESSOは2016年にチリのVLT望遠鏡に設置された高分散高精度分光器です。VLT望遠鏡はヨーロッパ南天天文台が開発・運用する4台の8m望遠鏡からなる望遠鏡群です。

ESPRESSOは多目的な分光器ですが、視線速度法による太陽系外惑星の観測を主要な目的の一つとして設計され、惑星の公転運動が主恒星に与えるわずか秒速50cmの速度の変動をドップラーシフトを通じて測定可能な能力を持っています。

ESPRESSOによるGJ9827の観測は2018年から2019年にかけて計54回行われました。このデータセットを従前のPSF・HARPS・HARPS-N・HIRESのデータセットと統合して分析することにより3つの惑星の質量が内側からそれぞれ地球の4.3・1.9・3.0倍であることが明らかになりました。これらの値は従来の研究と誤差の範囲で一致する一方、過去最小の水準まで誤差を絞り込むことに成功しました。

この新しく測定された質量を元に計算された惑星の平均密度は内側の惑星からそれぞれ7.9・7.1・2.45g/cm3でした。この密度を惑星の内部構造モデルと比較すると、内側の2つは岩石惑星と鉄惑星の中間の密度を持ち、地球と同様に金属核を持つ岩石惑星であるという従来の推定を補強する結果になりました。

一方で、もっとも外側にある惑星dは半径の割に質量が小さく、内側の惑星よりも大幅に低い2.45g/cm3という平均密度が導出されました。これは、この惑星が岩石惑星ではなく水素・ヘリウムからなる低密度な外層(エンベロープ)を持つ「ミニネプチューン」であることを示しています。

惑星の平均密度だけでは惑星の組成や形成過程を絞り込むことには限界があります。惑星大気の観測を行いその組成を突き止めればGJ9827系の惑星の性質や半径の谷の謎について有力な手掛かりが得られると期待されています。今回の研究は大気観測のための下準備という意味合いもあり、今後ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や欧州超大型望遠鏡(2025年ファーストライト予定
)を使った観測で惑星大気についてのデータが得られることが期待されます。


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