小質量星のホットジュピターの存在頻度
NASAの系外惑星観測衛星TESSのデータを使用した研究で低質量星におけるホットジュピターの存在頻度に関する新知見が明らかになりました。
この研究はユニバーシティカレッジロンドンのEdward M. Bryant氏を筆頭とするイギリスの研究チームが行ったもので、2023年3月1日arXivにプレプリントとして投稿され、3月2日に公表されました。
[2303.00659] The occurrence rate of giant planets orbiting low-mass stars with TESS (arxiv.org)
なおarXiv投稿に際した著者らのコメントによるとこのプレプリントはイギリスの学術誌「王立天文学会月報 (MNRAS)」に受理され今後正式に出版される予定だとのことです。
ホットジュピター
ホットジュピターとは主星に非常に近い軌道を公転する巨大ガス惑星(=木星型惑星)のことです。
「非常に近い軌道」の定義としては「公転周期10 日以下」という基準が一般的です。
ちなみに今回の研究では
半径が木星の0.6~2.0倍
公転周期が10日以下
という、2つの条件を同時に満たす惑星をホットジュピターと定義しています。
ホットジュピターの統計
1995年に発見された最初の確実な太陽型星を公転する系外惑星であるペガスス座51番星bはホットジュピターの典型例でした。
質量や半径が大きく公転周期が短いというホットジュピターの特徴はホットジュピターが非常に観測に掛りやすいという状況を生み、初期(90年代から00年代)に発見された系外惑星のなかでホットジュピターは大きな割合を占めました。その後観測の蓄積や精度の向上によってホットジュピター以外の系外惑星も発見できるようになります。そうすると一転してホットジュピターは珍しい惑星だと考えられるようになりました。
系外惑星の発見数が増えた00年代以降は単に系外惑星を「発見」するだけの時代から、系外惑星のタイプ別の存在頻度などの統計研究の時代に移り変わっていきました。そのような時代において網羅的な観測が容易なホットジュピターは真っ先に研究対象となり、ホットジュピターの存在頻度について以下のようなことが明らかになっていきました。
存在頻度は太陽類似星で1%以下
太陽より質量の小さい恒星では頻度が低下
主恒星の金属量が高いほど存在頻度が上昇
このような統計は、ホットジュピターの形成論ひいては総合的な惑星形成論を検証する上で非常に重要な情報になりました。
ケプラー宇宙望遠鏡の限界
2009年、NASAの系外惑星観測専用宇宙望遠鏡「ケプラー」が打ち上げられ、系外惑星の研究は新時代に突入することになります。
ケプラーの目的は真の地球類似惑星、つまり太陽型星を公転する地球サイズの長周期の系外惑星の存在頻度について統計的情報を得ることでした。その過程でホットジュピターの存在頻度もこれまでにない精度で得ることができました。
ここで得られた太陽型星のホットジュピターの存在頻度は0.4%で、従来の推定よりやや低い値でした。この食い違いはいくらかの議論を呼びましたが、最終的に従来の推定の誤差の大きさを考慮すれば従来と矛盾しないという結論に落ち着いています。
50万個以上の較正を観測しこれまでにない豊富な統計的情報をもたらしたケプラーにもある大きな限界がありました。
それはケプラーの主目的が太陽型星であり、特に太陽より低質量の恒星については観測ターゲットにあまり含まれていないという点でした。
このため赤色矮星(太陽の0.08-0.6倍の質量の恒星)についてはホットジュピターの存在頻度について精確な値はこれまで分かっていませんでした。
ケプラーの観測した比較的少数の赤色矮星の統計に基づいた研究はありますが、それらの赤色矮星はターゲット選定基準の都合上高質量側に偏って分布していたため、赤色矮星の中でも質量の小さいグループ(太陽質量の0.4倍未満)の正確な統計は得られていませんでした。
2017年に打ち上げられた系外惑星観測衛星TESSは、ケプラーの「狭く深い範囲を長く」観測する観測戦略とは異なり、「広く浅い範囲を短く」観測する戦略を採用しています。この結果としてTESSの観測ターゲットには低質量の赤色矮星が豊富に含まれています。
今回の研究はそのTESSの観測データを利用し、これまでよくわかっていなかった低質量の恒星(0.71太陽質量以下)におけるホットジュピターの存在頻度を解き明かしたものです。
今回の研究で対象となったのは質量が太陽の0.088~0.71倍の範囲の主恒星の周囲にあるホットジュピターです。この範囲の下限である太陽の0.088倍という質量は、恒星質量の理論上の下限値に対応します。これより質量が小さい天体は中心核での軽水素核融合反応が起きないので、その定義上、恒星ではなく褐色矮星になってしまいます。このサンプル全体を対象としたホットジュピターの存在頻度は
0.194±0.072 % (M: 0.088-0.71 Msun)
と計算されました。これは太陽類似星(1.0太陽質量前後)の頻度が0.5~1.0%と推定されているのと比べると明らかに低い頻度で、従来の「主星質量が小さくなるほどホットジュピターの存在頻度が下がる」という統計を強力に裏付ける結果となりました。
今回の研究では十分なサンプル数が得られたため0.088-0.71太陽質量の恒星を質量によって3つのグループに分割してそれぞれについてホットジュピターの存在頻度を計算することが可能となりました。
0.137±0.097 % (質量範囲: 0.088-0.26太陽質量)
0.103±0.087 % (質量範囲:0.26-0.42太陽質量)
0.29±0.15 % (質量範囲:0.42-0.71太陽質量)
小質量グループと中質量グループの差は誤差に埋もれる程度でしかありません。一方、大質量グループは他の2グループよりも高めの頻度となっています。主星質量とホットジュピター存在頻度の関係性が0.7太陽質量以下の領域にまで続いていることが見て取れます。また質量範囲が0.088-0.26太陽質量という最も低質量の赤色矮星でもなお存在頻度は「完全にゼロ」にはならないということも確認されました。
このような低質量星の恒星のホットジュピターの存在頻度の特徴は、ホットジュピターや惑星系全体の形成プロセスを絞り込む上で重要な情報となります。
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